呪いを解くには、セ×クスするしかありません?!

文野

手下分にプロポーズされました4

 仕事を終えてもまだ午前だ。8月の日差しが暑い。
 午後からのオーディションのために、弁当を作って持ってきている。
 どこで食べよう。
 ぶらぶらと新宿をうろつく。
 ナレーションへのリスペクトが足らなかったとの反省は、萌の視野を広くしていた。
 清掃だって、先輩はプライドを持ってやってた。ゴミ一つ見逃さないっていう気迫があったよね。
 天馬くんのおかげで目が覚めたみたいだよ。私、リスペクトを忘れてた。
 仕事を終えた充実感も、萌の感情の盛り上がりに拍車をかけている。
 私はこの声を活かして、誰かに何かを届けたい!
 そんな思いを強くする萌に、路地裏で誰かがうずくまっているのが目に飛び込んできた。
 ホームレスではなさそうだ。
 いつもの萌なら通り過ぎたかもしれなかったが、意気揚々とした気分の萌は見過ごすことができなかった。
 回り回って萌は助けられているのだ。私だって困った人を助けなきゃ。
 近寄ってみると、高齢の女性だった。

「大丈夫ですか?」

 萌は声をかけた。返事はない。

「きゅ、救急車」

 スマホを取り出そうとして、女性は首を横に振った。

「救急車は困る……」

 意識はあるのね、よかった。

「水、飲みますか?」
「あ、ああ、くれ」

 ペットボトルを渡すと、開封したものにもかかわらず、女性は勢い込んで飲んだ。ごきゅっごきゅっ、と喉がすごい音を立てている。
 すっかり空にしてしまった。

「う、うまかった。ありがとう、礼を言うぞ」

 このおばあさん、ちょっと喋り方が変。

「立てます?」
「腹が減っておる」

 おばあさんはチラッチラッと萌に目を向けてきた。食べるものを催促してるの?
 結構、図々しいわね。だからこの年まで生き延びられたのかな。見た感じ、三百歳は超えてそう。
 萌はお弁当を取り出した。

「あの、手作りですけど、食べます?」
「おお、かたじけない」

 萌も路地裏に座り込んだ。おばあさんが萌のスカートの裾を掴んで離さなかったせいもあるし、低収入の身とあって、弁当箱一つ無駄にはできず回収しなければならない。

「優しいな。食べ終えるのを待ってくれるのかい。食べたら礼をする」
「ありがとう、って、言ってくれるだけでいいです」
「それはできん」
「何でです?」
「ありがとう、って言えない呪いをかけられとる」

 いや、今、言いましたよね? 口に出しましたよね? 水飲んだ後もはっきり言いましたよね?

「わしが食べ終わるまで待っておれ」

 一人称が「わし」って人、初めて生で見た。
 ちょっと変だな、この人。
 萌はそのまま座り込んで、アメを取り出して舐め始めた。おばあさんは、ちゃっかり手を出してきたので、しわしわの手のひらにもアメの包みを乗せる。
 弁当を食べ終えると、おばあさんはお腹を撫でた。

「おなご、うまかった。おなごが作ったのか」

 おなご、って私のこと?

「はあ、まあ。作ったなんて言えるのは卵焼きくらいですけど」
「ブロッコリーの湯で加減も良かったし、肉もうまかったぞ」
「タレのおかげだとは思いますが」
「まあ、自信を持て」
「はあ、ありがとうございます。もう元気になりましたか? そろそろ帰っていいですか?」
「お礼に、何か願いを一つ叶えてやろう。遠慮なく言うがいい」
「えっと、じゃあ、お姫さまになりたいです」
「冗談じゃないぞ、何でも叶えてやる。わしは魔女だ。普段は、『支払い』に応じて、望みを叶えてやるのだが、おなごには世話になった。ただで叶えてやる」

 そろそろ行ってもいいかな、私。

「本当だ、本当だから。頼む、萌ちゃんの願いを叶えさせてくれ」

 おばあさんは萌のスカートを引っ張って離さない。
 もしかして、この人、女優の卵のなれの果てかしら。
 それを思えば萌はぞっとする。もしかしたら、私も永遠に声優の卵のままで、老人になっても夢見て演技をしてたりして。
 ううん、リスペクトよ。このおばあさんだって、一生懸命生きてきたからお腹だって減ってるんだろうし、何か理由があって魔女だって言ってるに違いないわ。
 それが認知症とかそういうものだったとしても、ちゃんと敬意をもって人に接するべきよ。
 真剣に話している人には真剣に話し返さなきゃ。

「じゃあ、私、声優になりたいです」
「声優?」
「映画やアニメの台詞を言う人です」
「なるほどな」
「私、声優になれます?」
「確かに、おなごは声がいい。ずっと聞いていたくなるような声だ。では、実現してしんぜよう」

 おばあさんは、スティックを手にしていた。
 え……?

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