呪いを解くには、セ×クスするしかありません?!

文野

手下分にプロポーズされました2

 萌の両親は声優に最初から反対だった。母親は事あるごとに萌に言う。

「そういう業界なんてね、怖いところなんだから。萌ちゃんなんかすぐに悪い社長やプロデューサーに騙されてしまうんだからね」
「そうだぞ、萌。普通の会社員が一番だぞ」

 母親の言葉に父親も追随する。
 両親は萌の生き方が気に食わないらしい。
 バイトと奨学金で声優学校を卒業してからも、定職につかない萌を見る目は冷たい。

「いつまでもふらふらしてないで、ちゃんと働きなさい。それか結婚しなさい」
「そうだなあ、嫁に行くのは寂しいけど、このままじゃあなあ」
「ママはあなたの年で結婚したのよ。25歳を過ぎたら売れ残り、あと2年とちょっとじゃないの」

 もう百回聞いた、その話。いつの時代の価値観だろう。
 定職に就け、それか、結婚しろ。最近は、こればっかりだ。
 田舎に住んでる従姉妹たちが早々に結婚していったことも、拍車をかけている。

「でも、私の同級生はまだ一人も結婚していないよ。結婚なんかまだ先ってみんな言ってる」

 萌がそう言おうものなら、がみがみお母さんと、のんびりお父さんの両方で口撃が始まる。

「だから、日本の少子化が進んでいるのよ! 大体女性にはねえ、出産適齢期ってものがあるんだから」
「そうだなあ、晩婚化も少子化の原因だよなあ」
「若い子が自分のことにかまけて、まともに将来を見据えてないからこうなったんでしょうよ」
「そうだなあ、そうかもなあ」
「萌ちゃんも少子化の原因を作ってるんだからね」

 少子化まで、まるで萌の責任のように言ってくる。
 最終的に萌がブチ切れて「うるさい!」と怒鳴って、二階の子ども部屋に行くことになる。
 そうして、また、隣家のベランダに飛び移ることになるのだ。
 天馬は、すぐに気付いて窓を開けてくれる。

「大丈夫だった? 何かすごい声出してたね」
「うるさかったでしょ。ごめんね、近所迷惑だよね」
「別にいいけど」

 萌は天馬に愚痴を吐き出した。

「定職に就け、結婚しろって、うるさいの。何とかならないかな。天馬くんの両親みたいに自由にさせてくれたらいいのにな」

 萌は天馬と両親とが喧嘩しているのを見たことがない。昨年、天馬の両親は、Uターンで田舎に戻ったが、東京にいる間、天馬と両親とはいつも穏やかに過ごしていた。

「まあ、俺のところは、ほったらかし、が正しいかなあ。おかげで、すごく自由にさせてもらってるけど」
「定職に就けって言われたことないんでしょ?」
「うん、ない」

 萌は、棚の上のバスケットボールを見た。
 おそらく両親は、天馬にあの・・ことがあったから、天馬に甘いのだ。

「もし、足の怪我がなかったら、今でもバスケ続けてる?」
「そりゃ、やってる」

 天馬はいつものおっとりとした口調ではなく、語尾が強かった。
 まだ、無念なのかもしれない。
 天馬はスポーツ特待でバスケットの強豪校に進学し、高校卒業後、アメリカに渡り、プロバスケットチームに所属した。
 てっきり次に天馬に会うときには画面越しだろうと思っていたが、渡米の二年後に、日本に戻ってきた。
 中学から帰宅した萌は、母親との会話でそれを知った。

『天馬くん、怪我したって。試合中の事故だって』
『えっ?』
『後遺症は残らないけど選手としては再起不能だって』
『大丈夫なの?』
『見た感じあっけらかんとしてたけど』

 急いで、天馬の部屋に行ってみた。

『おかえり』

 と言えば、『うん、ただいま』と笑顔で天馬は言った。
 けれども、萌と目を合わせていた天馬の両目に、涙がにじんでいるのを萌は見落とさなかった。

『あれ、おかしいな、萌の顔見たら』

 そう言って天馬は笑おうとした。

『笑わないでいい。天馬くん、笑わないでいいんだよ』

 萌はベッドに腰かける天馬の前に立って、頭をそっと抱いた。

『天馬くんは誰にも心配かけたくないから泣けなかったんでしょ。私の前では泣いてもいいよ、私は天馬くんの心配なんかしないから』
『うん』

 天馬は萌にしがみついて、肩を震わせて泣いた。
 いつも優しい天馬くんは、大きいくせに泣き虫だ。五歳年下の私の前でも、こんなに泣いちゃうんだから。
 泣き止むまでずっと、萌は天馬の背中を撫で続けた。

 バスケットでの挫折があって、両親は天馬に強く言えないのだろう。
 やはり、天馬くんは両親に恵まれている。萌は思う。

「私も、天馬くんちの子どもになりたかった。そしたらうるさく言われないのに」
「それは困る」
「何で?」
「兄妹なら結婚できないでしょ」
「どういう意味?」

 何だかおかしなことを言ってるな、と、萌が天馬を振り返れば、天馬は目を細めた。

「萌は俺と結婚すればいい」
「急に何を言い出すの? 天馬くんのくせに」
「前から言ってるでしょ、俺、萌のことが好きだって」
「天馬くんの冗談、いつもつまらないからね」

 呆れ顔の萌に天馬は真顔で言ってきた。

「冗談じゃない。俺、本気で言ってる」

 その顔に、萌はぞわっとくる。いつもの穏やかで優しい天馬ではなかった。
 何よ、急におすを出して、天馬くんのくせに。

「私も天馬くんが好きだよ、でもそういう好きじゃないから」
「じゃあ、どういう好きなの?」
「手下分として可愛いというか、まあそんな感じ」

 天馬は唖然とした顔になった。

「え、俺、そういう立ち位置だったの?」
「だって、天馬くんは私の言うこと何でも聞いてくれるでしょ。愚痴も聞いてくれるし、いつも味方してくれるし、優しいし、しょっちゅう車を出してくれるし」
「そう、か……、俺、その位置だったんだ」

 天馬はショックを受けているようだった。項垂れている。

「あ、でも、一番のお気に入りだから」
「俺は手下分だったんだ……」

 え、そこまで落ち込む……?
 天馬はがっくりを肩を落とし、周りには哀愁が立ち込めている。
 顔を覗き込むと、目に涙を浮かべていた。泣かせちゃった?
 あまりにひどい天馬の落ち込みように、萌は天馬が可哀想になってきた。
 ちょっと手下分はひどかったかな。子分のほうが良かったかな。
 萌は天馬の顔を下からのぞき込んで、両手で頬を包んだ。そして、唇に唇を重ね合わせた。
 チュと唇と唇を重ねてから外す。

「キスできるくらいには好きだから」

 あれ?
 私、何やったんだ?
 キスしたよね。
 でも、全然嫌じゃなかった。初めてだったのに。
 そうだな、もしかしたら、天馬くんと結婚するのもいいかも。
 ずっと一緒にいても苦じゃないし。むしろ落ち着くし。
 天馬は呆気に取られている。
 萌はそのまま天馬と顔を合わせ続けるのが恥ずかしくなって、うつむいた。

「萌、俺を見て」
 
 上げないでいると天馬が萌のあごをすくいあげた。

「萌、顔が真っ赤だ」
「だって、恥ずかしいもん」
「手下分に恥ずかしがるの?」
「いいでしょ」

 キスしたことで、萌は急激に天馬のことを意識し始めた。
 天馬くんなのに見つめられるのが恥ずかしいなんて。
 萌は目を逸らした。

「手下分とは結婚できない?」
「できないことはない」
「じゃあ、できる?」
「できることもある」

 何だか顔が熱くなってきちゃった。もうやめたい、この話。
 しかし、天馬は萌の肩に手を置いて逃してくれそうにない。

「じゃあ、俺と結婚してくれる?」
「えっと、今はだめ。とりあえず、声優、って堂々と言えるようになりたい。それから考える」
「わかった。じゃあ、俺、今まで通り、萌を応援する」

 天馬は目を細めて笑った。
 萌は頬にますます熱が集まってきて、焦ってきた。
 ここはひとまず退散だ。

「じゃ、じゃあ、帰るね。愚痴、聞いてくれてありがと」

 萌はベランダを飛び移って、自室に戻った。


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