一途な淫魔の執着愛

森本イチカ

ーー1ー2

「嫌だけど、売れるのよねぇ……」


 綾乃が細い目をしながらホールケーキを見つめる。


「そうなんだよね。なんなのかな、本当。クリスマス怖い!」


「とか言って、今日の夜はやっと会えるんでしょう、社長に」


「ま、まぁそうなんだけど……」


 やっと会える。しっかりと洸夜に会うのはいつぶりだろう。向こうも仕事が忙しいらしい。やはり恋人たちの一番盛り上がるイベントのクリスマスだ。婚活会社も大忙しなんだろうなぁと。


 だって夢にもまるっきり出てこないんだから!!! なんだか私だけが会いたいみたいで悔しいじゃない……。


 年甲斐もなくむぅっと頬を膨らませたくなった。


「あのさぁ、俺から頼みがあるんだけど〜」


 休憩から戻ってきた健の手元には大きな紙袋を抱えている。


「お兄ちゃん、何?」


「はい、コレ! 二人に似合うと思うから買っておいた。これ着て今年は路上販売よろしく〜今年はガンガン売り上げ伸ばして来年に繋げるよ〜」


 有無を言わせない、と強引に押し付けられた紙袋の中にはアラサーには恐ろしい真っ赤な服がチラリと見えた。


「ま、まさか……」


「そう、そのまさかのまさか。二人ともまだまだ若いから大丈夫! 頼むよ〜」


「ぜーーーったいに嫌!!! こんなサンタのコスプレなんて着れるわけないじゃない! 三十よ!? 三十の独身女がコスプレって痛すぎるでしょ!? そうよね!? 綾乃!」


「え? そう? 私は全然イケるけど。むしろこれ着て運命の出会いとか訪れないかなぁ〜日和もサンタコスして社長にせまっちゃえば? 今夜は燃えるわよ〜」


「あんた達二人して……あ〜〜〜もうっ! 着るわよ!」


 兄妹そろってコスプレになんの抵抗もなし。二対一の多数決で完全なる敗北。


 泣く泣く夕方になりサンタのコスプレ服に袖を通した。久しぶりに履く膝上のスカート。恥ずかしいけど、着るしか無いともう諦めた。サンタの帽子を被って、いざ綾乃と一緒に外に出るが――極寒の寒さだ。一気に身体に鳥肌が湧き上がった。


「さ、寒すぎぃぃぃぃ〜!」


「た、確かにコレはめっちゃ寒いわね。でも大丈夫、ここでお助けアイテムホッカイロと足元用ヒーターを準備したわ。お兄ちゃんの私物よ!」


 業務用テーブルに赤い布を掛け、その下にお客さん側からは見えないように小さなヒーターが設置されている。カチッとスイッチを入れるとブオーっとゆっくり温かい風が出てきた。


「あ〜小さいけど結構あったかい。コレなかったら泣いてたわ」


「じゃあ、私の素敵な男との出会いのために路上販売頑張るわよ〜!」


 あ、そうでしたか。だからコスプレにも気合が入ってるってわけだと日和は納得した。


 けれどサンタのコスプレのお陰なのか? 例年より売れるペースが早く、小さな子どもなんかはサンタの格好をした二人を見て「可愛いサンタさんだ」なんて無邪気に喜んでくれるものだから、毒気を抜かれた気分だ。


 ……店長、あんなに嫌がってごめんなさい。


 夕方とはいえ外はもうすっかり闇に包まれている。だが今日はクリスマス、街のイルミネーションの明るさが暗さを全く感じさせない。赤、黄、青、緑、白、キラキラ光る電飾たちは店の前を歩く人々の顔を明るく照らす。もちろん笑顔じゃない人だっている。そんな人達にこそシュガーベールのケーキを食べて笑顔になってほしい。「クリスマスケーキいかがですかー?」と大きな声を張り上げた。


 時刻は夜の七時、あと十個のホールケーキが残っている。これが売り切れれば今日の仕事は無事に終わりだが、売れなければ売れるまで終わらない。いくらヒーターがあるとはいえ寒くて地獄のような時間だ。


「寒いっ! 早く終わりにしたい! もうイケメンも運命の出会いも何も無いじゃない。前を歩く幸せそうなカップル……滅亡してしまえばいい……リア充爆死……」


「あ、綾乃……?」


 寒さで思考回路まで凍結されつつあるようだ。でも、言っている気持はよく分かる。今日洸夜と会うはずなのだがいつも通りなんの連絡もない。日和は自分から連絡しようか悩み、一度はスマホを手に取ったが一旦止めた。


 仕事が終わってから連絡してみよう……。


 穏やかな夜の風が身体に纏わりついて本当に寒い。身体を小さく丸めて両手で自分の身体を擦っていると「日和さんっ!」と、イルミネーションにも負けないくらいのキラキラ笑顔の悠夜が手を振りながら近づいてくる。条件反射か、日和の身体はほんの少しだけビクリと強張ってしまった。あの日以来悠夜には初めて会う。


「あ、爽やかイケメンじゃない」


 あの日の出来事を綾乃は知らない。言えるわけがなかった。でも何かを察してくれたのか何日経っても綾乃はいつものように何があったのよ〜、とは聞いてこなかった。


「日和さん、サンタの格好凄い似合ってますね!」


「あ、ありがとう……」


 何もなかったかのように普通に話しかけてくる悠夜にどうしても警戒心が抜けず、寒いはずなのにギュッと握る手のひらにじわりと汗が浮き出てきた。

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