一途な淫魔の執着愛

森本イチカ

ーー洸夜side2

「俺を捨てた母親の名前なんか忘れたよ」


 もう思い出したくはない。悠夜の胸ぐらを掴む手に更に力が入る。日和が見ていなかったらボロボロに殴っていたかもしれない。


「やっぱり何にも知らないんだ。お前の母親は子供を捨てたんじゃない、DVしてくる旦那から逃げたんだよ」


 ……は? 何を言っているんだ?


 驚きで掴んでいた手の力が抜け落ちた。


「母さんはDVを受けてたんだよ。お前の父親にな。お前は会社の跡取りだから可愛く育てられたのかもしれないけどね」


 ……母さん? 父親? DV? 


 急な情報量が頭の中を駆け巡り何がなんだか分からない。自分は今地に足がちゃんとついているのだろうか? 身体がクラリとする。


「悠夜さんはもしかして、コイツの兄弟……なの?」


 日和の声でハッとした。自分の母親と悠夜の母親は同一人物ということだろうか?


「日和さんのほうが頭の回転が早いんだね。母さんはDVを受けていた男から逃げた後に俺を妊娠していることに気がついたんだ。つまり僕とコイツは正真正銘の血の繋がった兄弟ってこと」


 ドカンと大砲で身体を撃ち抜かれたような衝撃。立っているのが精一杯だ。自分を捨てた母親は父親からの暴力から逃げるためだった。そして日和を犯そうとしていたこの男が自分の血の繋がった弟……ということは淫魔、なのか……?


 頭が痛い。ズキズキするこめかみを押さえながら突然の事実をひとつひとつたたむようにして頭の中で整理する。


「……何も知らなかった」


 知りたかったが父親はなにも教えてくれなかった。それは母親に暴力を振るっていたことを知られたくなかったからなのだうか。なにも知らずに五歳の俺は母親に捨てられたとばっかり思って絶望していた。もう考えたくなくて、事実を知ろうとするのを止めたのは自分だ。もし、もっと自分がもがいていれば何かが違ったのだろうか。母親がDVに苦しんでいる事を知っていれば五歳の自分でもなにか出来ただろうか。悠夜もこんな風に人を憎しむことはなかったのだろうか。日和がこんな目に遭わなくてもすんだのだろうか。


 ――だったのだろうか、が頭の中をぐるぐると巡る。


「だろうね。なんにも知らないで金にも困らず裕福に暮らしてきたんだろう? 女だって淫魔だから好きなだけセックスし放題だもんね。日和さんのことだってどうせ精気目当てなんでしょう? 可愛そうな日和さん」


 酷い言葉を日和に投げつけた。悠夜は日和の身体だけではなく心まで傷つけようとする。


 洸夜は悠夜を力強く押し飛ばし、悠夜はドサッと尻餅をついた。日和の元へ駆け戻るといつも強気で力強い日和の瞳が悲しげで弱々しく洸夜を見つめてくる。


「そうなの……?」


 そんな顔をさせたくなかったのに……他の女なんてだたのその辺の道端に転がっている石ころ。日和だけが強く光り輝く宝石だ。


 洸夜は強く、強く抱きしめた。


「確かに俺は淫魔だけど日和しか抱いてない。日和、あんな奴の言うことはもう気にするな。俺の部屋に行こう」


 小さな身体を抱き上げた。手首には強く握りしめられた後が赤黒く残っている。声にならない怒りを抑え込み、今はとにかく日和を安心させてやることが第一だ。自分の事はどうでもいい。


「なに? 逃げるの? やっぱり弱虫なんだなぁ」


 クスクス洸夜を馬鹿にする笑い声。腹が立つ。弱虫なんてこと自分が一番よく分かっている。そう怒鳴りたくなった。でもギリっと奥歯を噛み締めて我慢する。


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