致し方ないので、上司お持ち帰りしました

柚月しずく

27 足掻いた想い



「えっと。なんて言えばいいのかな……」
 
 目を細めて笑った真白さんの笑顔は、どこかぎこちなく見える。悩まし気なその表情が終わりを伝えるようで胸が苦しくなる。

 真白さんは優しい人だ。私のことを気遣って同居解消を言い出せないのかもしれない。
 
 そう思った私は自ら口を開いた。


「真白さん……たくさんお世話になりました。ストーカー被害にあっていたとはいえ、他人の私を住まわせていただきありがとうございました」

 無理やり笑顔を張り付けて、一生懸命に笑ってみせた。
 
「解決できてよかったよ。ほんとう」
「真白さんとの生活は、楽しかったです。私、家族以外の誰かと一緒に住むって、初めてだったんですけど。居心地がよくて……ほんとうに楽しかったです」

 泣きそうだった。感謝を伝えると、頭の中で楽しかった記憶が思い浮かぶ。
 泣いてはだめだ。泣いたら真白さんを困らせてしまう。

「あの、たくさんお世話になって、図々しいお願いかもしれないんですが、新しい部屋が見つかるまで、もう少しだけ住まわせてもらえないでしょうか?」

 最後にわがままで足掻いた。数秒の無言が流れる。数秒のはずなのに長く感じた。
 もう少し。もう少しだけ真白さんと一緒に過ごしたい。その想いから口走ってしまった。

 しかしそれは間違いだったと気づく。真白さんは黙ったまま、口を開かないからだ。もう同居する理由が存在しないのに、私のわがままでここにいられるはずがなかった。

 
「……」
「……」

 沈黙の時間が痛い。言わなければよかった。後悔が押し寄せる中、やっと真白さんの口が開いた。


「新しい部屋、決まったの?」
「まだ、なんです。あ、でも。急いで探しているので……」
「困るよ」

 胸が痛かった。わかっていたのに、心臓あたりが痛い。

 
「は、早く出て行くないと困りますよね。すみません」
「いや、泉さんに出て行かれたら困る」
「困りますよね。早く出ていき……え?」


 今、なんていった?
 私の耳は自分の都合のいいように聞こえる耳に狂ってしまったのだろうか。

「困りますよね? 早く出ていかないと、」
「泉さんに出ていかれたら困る」

 聞き間違いではなかった。正常に耳が機能していた。

 
「私がいて迷惑なんじゃないんですか?」
「迷惑なわけないよ」

 迷惑じゃないと言われて嬉しい反面、どうしても昨日の言葉が引っかかる。「この生活も終わり」と言っていたことは事実だったからだ。

「え、だって真白さん、『この生活も終わりかあー!』って言ってましたよね? だから早く出ていって欲しいんだと……」
「あー。それは……。わざわざ言うことじゃないと思ったから言わなかったんだけど。この生活が終わりっていうのは、夜な夜な見張りをする生活が終わってホッとしたって意味で……。実は、夜に泉さんのアパートの前を張ってたんだよ」
「え。もしかして、楓くんが待ち伏せしないか見張ってたんですか?!」
「心配だったんだ。元カレが泉さんに接触してこないかと。裕也に調べてもらって、本名が発覚と同時に前科もあることも分かったし。最初の頃は、裕也が見張りをしてくれたんだけど、裕也も仕事があるからさ。最近は、俺も見張りを担当する日が増えてたから、帰りが遅かったんだ。昨日直接対峙して、あそこまで言えば。もう泉さんに接触してくることはないだろ? だから、もう見張りも終わりだと思って、安心して出た言葉だったんだよ」


 夜に見張りをしてくれていたなんて……。
 真白さんが帰りが遅かった理由って、残業じゃなくて。私のアパートで楓くんを張っていたからだとは考えもしなかった。

 私は真白さんと同居を始めて、アパートに帰らないから大丈夫だと、安心し切っていた。裏で真白さんと、裕也さんが見張りをしたり、動いてくれていたなんて、知らなかった。
 

「知らなかった……。それで、帰りが遅かったんですか?」
「あー。バレちゃった。バレない方がかっこいいのにー」

 拗ねたように口を尖らせた。

「そんな……ありがとうございます。ごめんなさい。裕也さんにも迷惑かけて……」
「俺が勝手にしたことだから。裕也は警察官の仕事だし! 気を使わせちゃうかなって、泉さんには内緒にしてたんだ」

 知らなかった。真白さんが私のために、たくさん動いてくれていた事を。
 

「私と会いたくなくて、避けられてるんだと思ってた。態度も素っ気ないし……」
「態度を素っ気なくしたつもりはないんだけど。ただそれは別件で……」

 言いづらそうに視線を逸らした。


「やっぱり、私のこと迷惑なんじゃ」
「違うんだ……。俺の個人的な理由なんだよ、」
「それって……?」

 真白さんは顔をゆでだこみたいに真っ赤にさせて俯いた。

「キ、キ、キ、」
「キスのせいですか?」

 言葉を詰まらせるので、被せるように問いかけると。うん、と深く頷いた。

 
「……俺にとっては一大事だったのに、泉さんは『皮膚と皮膚が触れただけ』なんて言うから、俺だけ気にしてんのかなって」

 キスをされたあの日。確かに『皮膚と皮膚が触れただけ」と言った。
 本当は恥ずかしいくらい動揺していた。動揺を見せまいと強がって出た台詞だったのだ。

 その台詞のせいで、真白さんを動揺させてしまっていたなんて。

 
「ずっとキスのこと気にしてたんですか?」
「泉さんといると、ヤバくて」
「や、やばいとは?」
「いい年して恥ずかしいんだけど……自我が効かなそうなんだ。だから、会社で会っても……まともに顔見られなくて……」
「えっと、」
「性欲ないし、そういう目で見ることはないって、あれだけ大口で言い切ったのに……俺、」
「発情期到来したんですか?」
「……」

 答えは返ってこなかったが、耳まで真っ赤に染まる彼の反応が答えだと思った。真白さんが女性に発情したなら、少し前進したかもしれない。


「発情期じゃないよ、」
「違うんですか」

 声がしんなりとしてしまう。真白さんに発情期が到来してくれたら、少しは私にもチャンスがあったかもしれないのに。期待してしまった分のショックで気分が落ち込んでしまう。

 

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