致し方ないので、上司お持ち帰りしました

柚月しずく

26 幸せの終幕



 次の日。仕事帰り不動産屋に向かった。
 早く引越し先を決めなくては。と分かっていたけど、真白さんとの暮らしの居心地の良さに甘えていた。

 ストーカー問題が解決した現在。同居する理由がないのだ。なにより、真白さんは「この生活も終わり」と零した。その言葉の意味くらい理解できる。
 

 本腰を入れて探すと、条件に合った部屋はすんなりと見つかってしまった。家賃も会社からの距離も、希望通り。即決してもいいくらいの物件だった。好条件なのに即決が出来ないのは、真白さんと暮らしに未練があるからだろう。物件の資料をいただいて、その日は帰ることにした。


 玄関を開けて、暗い部屋に照明の光を灯す。真白さんは帰ってきていない。長時間誰もいなかった部屋は、冷たい冷気を纏っている。
 この部屋にくるのも、あと何回だろう。今日で最後かもしれない。

 アパートを引き払ってしまったので、新しい部屋が見つかるまでいさせてもらえるように頼もうか?
 この生活に未練がましい自分に笑ってしまうほどだ。

 暗く静まり返る部屋で、一人でぽつんと考えた。

 どうせ終わってしまうなら、いっそのこと「好き」と伝えてしまおうか。
 でもそれでは同居当初にした約束を破ってしまうことになる。

 約束を破って好きになってしまったのは私だ。ルール違反した私は好きと伝える権利なんてない。

 真白さんが私を好きになることはないとわかっていて、告白をするなんて。完全な自己満足でしかない。
 冷たい部屋を見渡すと、楽しい記憶が簡単によみがえる。

 正直、他人と暮らすなんてストレスでしかないと思っていた。だけど、この部屋で感じたのは、満ちた幸せばかりだった。


「でも、いつかは終わるんだよね、」

 言葉を零しながら、不動産情報の資料をテーブルに並べた。きちんと選別しなければならないのに、どうしても気力がでない。

 
 しばらくボーっとしていると、玄関ドアが開かれた。

「ただいま」

 真白さんだ。もう少し帰りが遅いと踏んで油断していた。急いで不動産情報の資料をテーブルの上から片づけた。
 
「お、おかえりなさい」
「ただいま」

 この挨拶を何度したことだろう。最初は歯がゆかった挨拶が今では当たり前に交わされるようになった。

「元カレのあの彼だけど……逮捕されたって」
「え。でもまだ被害届出してないのに」
「別件で逮捕されたらしいよ。結婚詐欺。女性からお金をだまし取る常習犯だったらしい」
「そう、なんですね」

 身体中の力が抜けるようだった。やはり楓くんは女性からお金を騙し取る詐欺師だったのか。
 改めて言われると、心にのしかかるものがある。捕まってよかった。楓くんにはしっかり反省してもらい、二度と同じ過ちを繰り返してほしくない。
 


「これで、本当に安心だね。お互いにストーカー問題解決だ」

 ずきん、胸の奥が痛い。
 真白さんの言う通り、ストーカー問題は解決した。嬉しいはずなのに、素直に喜べない。
 ストーカー問題解決ということは、私たちの同居も解消だからだ。
 
 はじめからストーカー問題が解決するまで。期間限定の同居だった。私の身の危険を心配してくれた真白さんの善意によって成り立っていた。ストーカー問題が解決した今。同居を続ける理由がないのだ。

「そうですね。解決……ですね」
「本当、よかったよ。これで一安心だ」
「……」
 
 真白さんの言葉を聞くのが怖かった。いつ同居解消の話が出てくるのか。怖くて耳をふさぎたくなった。


「泉さん、今日は話がしたくて、仕事切り上げてきたんだ……」
「それって、同居についての話ですか?」
「そうだ、な。こうしてストーカー問題も解決できたことだし」

 胸が苦しい。痛くて、苦しくて胸が締め付けられた。
 それは真白さんの話の内容が予測できてしまうからだ。

 この生活がずっと続けばいいのに一ー。
 いつの日からか、そう願っている自分がいた。

 だけど、この生活に終わりがくるようだ。

 
 
 

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