致し方ないので、上司お持ち帰りしました

柚月しずく

25 解決したら終わる関係



 私はポカンと口を開けたまま、立ち尽くしていた。今起きている現状に頭が追いついていかない。そんな私に優しい声が降りてくる。

「怖かったよね。もう大丈夫だから」
「ま、真白さん! 調べてもらったって……?」
「あー。裕也に調べてもらった」
「裕也さん?!」
「あいつ警察官だから」
「裕也さんが、警察官?!」

 チャラい見た目と陽気な話し方が警察官と結びつかなかった。まさか裕也さんが警察官だったとは。

 現状を理解しようと、頭をフル回転させるうちに、ある記憶を思い出した。同居初日に、元彼の名前を聞かれたことを。


「も、もしかして。同居初日に元彼の名前を聞いたのって……」
「そうだよ。あの時から裕也に調べてもらってた」


 同居初日に「花田楓」と名前を聞いた真白さんは、警察官の裕也さんに相談したらしい。
 その後も待ち伏せを続けている楓くんを現行犯で目撃したため、犯罪歴がないか警察官の立場から捜査していた。そこで、「花田楓」が偽名であり、本名「飯田圭太」と発覚したのだ。

 まさか、そんなに前から動いてくれていたなんて。そんな素振り微塵も見せなかったのに。


「本名と顔が割れているから、被害届を出せば逮捕できるよ。本当、泉さんが無事で良かったよ」
「真白さん、大変なご迷惑かけて……すみません」
「迷惑なんかじゃないよ。良かった。泉さんを守れて……」

 さっきまでの殺気が溢れた表情とは一変して、ふにゃりと優しい真白さんに戻っていた。


 安堵すると共に、頬に一筋の冷たい液が伝う。
 
「あれ」


 頬を手でなぞると涙が流れていた。頬に感じた冷たい感触は涙だった。自分でもなぜ泣いているのかわからない。

 楓くんに会社で待ち伏せをされて怖かった。
 心ない言葉を浴びせられて心が痛かった。
 真白さんが走って駆け付けてくれたことが嬉しかった。
 避けられていた真白さんが今近くにいて、会話ができることが嬉しい。

 涙が流れる理由には、思い当たる節が多すぎた。

「い、泉さん?! 大丈夫? どこか痛い?」
「だ、大丈夫です。真白さんが守ってくれたから」
「あのカフェで少しだけ待てる?」
「え、」
「速攻で仕事終わらせてくるから」

 目の先にあるカフェまで送ってくれた。「この距離なら一人で行けます」と何度言っても、すぐ後ろをついてきた。徒歩2分の距離。それでも心配だからと送ってくれたのは、楓くんとの騒動があったからだろう。真白さんの優しさに、さっきまで抱いていた恐怖感も消えていた。

 真白さんが再び戻ってくるのは、想像以上に早かった。10分も経っていない。肩を揺らして息をしているのをみると、また走ってきてくれたんだと見て取れる。

 心の底から愛おしさがこみあげてきてしまう。

 2人で一緒に帰宅する。冷え切った部屋でも、1人ではなく2人というだけで、心まで冷えることはなかった。
 

「今日はご飯食べて、ゆっくりお風呂に入って、寝よう」
「……はい」

 
 冷蔵庫の残り物で作ってくれた炒飯を食べて、ゆっくりとお風呂に入る。幸せな日常と、優しい真白さんのおかげで、嫌な記憶を思い出さずにすんだ。


「おやすみなさい」
「うん、おやすみ。本当によかったよ。あー。この生活も終わりかあー!」


 おやすみの挨拶の後に、真白さんは安堵のこもった声で零した。「この生活も終わり」考えなくても意味はすぐに理解できた。


 そうだ。ストーカー問題が解決した今。同居解消は当然だ。
 分かっていた事なのに、胸が痛くて苦しかった。


 

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