致し方ないので、上司お持ち帰りしました

柚月しずく

21 冷静ではいられない



「あ、真白さん。ドラマそろそろはじまりますよ? 前回も見てましたよね?」
「見る見るー!」

 ソファでテレビを見ていた私は真白さんに声をかけた。先週も一緒に見たドラマの二話が放送される時間になったからだ。不倫ものでドロドロなドラマだけど、意外にも真白さんはこういうドラマが好きらしい。

 呼びかけに反応した真白さんは、あたりまえのようにすぐ隣に腰をおろした。最初のころは妙に距離があったが、今ではソファに並んで座ることが日常になっていた。隣で食い入るように見つめている。

 昼間に見た真白さんの裸が脳裏にチラつく。いつもは緊張しない何気ない日常にもドキドキしていた。真白さんに悟られないように、必死に冷静を装い続ける。


「これはドロドロなドラマですけど、さわやかな恋愛ドラマは見ないんですか?」
「うん? たまに見るよ。でも学園ドラマは見れないかも。なんかこの歳になると気恥ずかしくて」
「私は逆に見ます! 若さと甘酸っぱさを吸収して、養分してます!」
「あははっ。養分ってなに」

 会社での真白さんは、キリッとしてたまにしか笑わない印象だったが、家にいる時の真白さんは笑い上戸でもあった。目をクシャっとさせて笑う笑顔がとても好きだった。

「おもしろいなー。泉さんは」
「褒めてますか?」
「大いに褒めてるよ」
「あははっ。ありがとうございます」

 何気ない会話をしていた。本当にただ団欒としていただけだったのだ。

 それは本当に突然だった。
 
 唇にあたたかい感触が伝う。
 真白さんがふいに、キスをしたのだ。

「は、」
「え、」

 驚きの声が重なる。真白さんは我に返ったと言わんばかりに、口をぱくぱくさせて、あたふたと動揺を見せる。

 あまりにも動揺をみせるので、その行動が意識的ではなく、思いがけずしてしまった行動だと悟る。

「ご、ごめんっ! 何してんだろう、俺」

 いまだに混乱しているようで、頭をぽりぽりとかきながら、行動に落ち着きがなくて慌ただしい。

「どうしよう。嫁入り前のに手を出すなんて……。あー、明日親御さんに謝罪に行ってもいいかな?」

 自分のしたことを大いに反省しているようで、見当違いなことを言い始めた。声も表情もどこか弱々しい。

「あの。真白さん、キスくらいで親に謝罪はしなくていいですよ?」
「キスくらい?!」

 驚いた反応を見せるので、私の考えが間違っているのかと錯覚に陥る。
 冷静に考え直すと、やはり間違ってはいないと思う。うん、大人はキスしただけで親に謝罪はいらない。


「と、とにかく。大丈夫です! 皮膚と皮膚が触れただけですので!」
「皮膚と皮膚が触れただけ……」
「……」
「皮膚と皮膚が触れただけ……」


 真白さんは私の言った言葉を、力なく繰り返し唱えた。


「わ、私。今日は早めに寝ますね。おやすみなさい」

 まだ混乱している様子の真白さんを置いて、部屋へと逃げた。バタンとドアを閉めた途端に、力なくその場にしゃがみ込んだ。

 心臓が破裂しそうなほど、ドキドキしていた。
 深いキスをしたわけではない。ただ軽く触れ合うだけのキスだ。

 初キスなんて大昔に経験済みだし。今までに軽いキスなんて、何度もしてきた。なのに、真白さんに触れられた唇はやたらと熱かった。




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