致し方ないので、上司お持ち帰りしました

柚月しずく

16 続いて欲しいと願う安らぎ




 同居生活をして数週間が過ぎた。
 

 カーテンの隙間から朝日が差し込み、自然と目が覚めた。朝晩と真白さんが作ってくれる栄養満点のご飯を食べて。一人暮らしの時より、遥かに規則正しい生活を送るうちに、朝の目覚めが格段に良くなった。ゆっく背伸びをして身体を伸ばすと、喉に猛烈な渇きを感じる。のどを潤したくてキッチンへのそのそと移動する。
 
「あ、泉さん。おはよー」

 リビングから顔を出したのは、スーツに身を包む真白さんだ。まだ早朝というのに髪の毛はセットされて肌はつやりと輝いている。

「おはようございます。今日は早いんですね」

 朝から綺麗な顔の真白さんとは正反対に、私は寝ぐせ満載。パジャマ姿のまま会話を繰り広げる。
 寝起きのすっぴんを躊躇なく見せられるくらいに、真白さんとの生活に馴染んでいた。
 

「今日は急ぎの案件があってね」
「ふわー。がんばってくださいねー」

 真白さんに心を許しすぎて、あくびをしながら返事をする。

 
「あ、朝ごはんあるから、レンジであたためてから食べてね」
「わーい。ありがとうございます」
「泉さんも遅刻しないようにね。いってきます」
「いってらっしゃい」

 最近まで、ただの上司と部下の関係だったのに「いってきます」「行ってらっしゃい」の挨拶をすることも、あたりまえになっていた。
 

 寝ぼけまなこでキッチンに向かうと、完璧な朝食が用意されていた。焼き鮭にだし巻き卵。味噌汁まである。

 料亭の朝ご飯じゃん。
 キッチンに目を向けると、洗い物は残っておらず、シンクは綺麗なままだった。

 本当に完璧だ。
 真白さんは非の打ち所がない。家事も料理も得意で、嫌な顔せず自らしてくれるところもポイントが高い。
 同居生活が進むにつれて、嫌な部分が見つかるかと思っていたのに。本当に欠点が見当たらないのだ。
 一緒に過ごす時間が増えるにつれて、惹かれる要素しか見当たらない。
 
 だけど、真白さんはだめなんだ。女性が苦手なんだから。好きになってはいけない相手。
 芽生えてしまいそうになる邪な気持ちを打ち消すように何度も唱えた。

 いそいそと準備をして、真白さんが作ってくれた朝ご飯を食べる。

「あったかい」

 ほんのりと熱が残るご飯はあたたかくて、誰かが自分のために作ってくれた料理がこんなにも美味しいものなのかと実感させられる。

 最高すぎる生活。一人暮らしのころは自炊する気力なんて存在せず、コンビニ弁当や、インスタント麺ばかりだった。
 綺麗な部屋に住めて、朝晩のご飯付き。おまけに家事はしなくて良い。
 都内のホテルより、至れり尽くせりだった。

 ただ、この幸せは期間限定。
 ストーカー被害が収まれば終わってしまう。

 私たちの交際宣言をして以来、秋月さんはマンションで待ち伏せをすることはなくなった。会社でも真白さんに迫ることはなく、おとなしかった。

 私はというと。楓くんからの着信も、だいぶ減っていた。

 当初の作戦が成功しているのかもしれない。
 互いのストーカー問題が解決しつつあるのだ。

 ということは。この生活も終わりが近づいているのかもしれない。わかっていたはずなのに、なぜか寂しさを覚えながら、身支度を整えた。


 

 

 
「おはようございます」
「おはよー。泉さん」
「中山さん。おはようございます」

 ニヤニヤと口角を上げて近づいてきたのは中山薫なかやまかおるさん。同じ営業部で、3つ年上の先輩。
 仕事の面でもとても信頼できる人だった。

「どうなの?」
「え、」
「真白さんとはうまくいっているの?」
「まあ、ぼちぼちですかね」
「いいなー。若いなー。にやけちゃうわー」

 にやにやと顔を緩ませながらひじで小突かれた。
 真白さんと付き合っていることは、噂で営業部内には回っていた。皆の前で宣言したのだから話が回るのは必然だ。

「エリートイケメン! 数々の女からモテたであろう真白さんをゲットするなんてね!」
「……」

 朝からテンション高めな中山さんを見ると、嘘をついている罪悪感が押し寄せてくる。
 そうだ。私と真白さんは交際しているふりなのだ。

 交際しているふりだと知っているのは、私たち本人だけだ。みんな私たちが付き合っていると信じて疑わないので、同じ部署の社員からは、あたたかい視線を受けることが増えた。


 ただ、秋月さんだけは違った。文句を言ってきたりすることはなかったが、時折睨まれているような気がする。でも、実害はないので、放っておくことにした。


 今までは、毎日のように秋月さんに絡まれていた。その日常が消えた。仕事上の必要最低限の会話以外は、私に近づいてくることはなくなったのだ。

 寂しいというより、心はほっとしていた。やはり、私と秋月さんは合わなかったんだと思う。話しかけられない日常に心の安らぎを感じてしまっているのだから。





 

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