致し方ないので、上司お持ち帰りしました

柚月しずく

14 日常に隠れた幸せ

 


 就業時間終了の時刻が迫ると同時に、胸が弾んでいた。ただ真白さんと一緒に帰るだけだというのに、なぜか心が弾んでしまうんだ。

 先に仕事を終えた秋月さんに帰り際、ぎろりと睨まれた。他の社員にはきちんと「お先に失礼します」と挨拶をするのに、私にだけは挨拶をしなかった。彼女は態度が極端で分かりやすすぎる。

 これからも、同じ営業部で仕事をしていかなくてはいけないのに、やらかしてしまったかな。そう思う気持ちとは逆に、これで秋月さんの機嫌を伺わなくていいんだ。と安心している自分もいた。


「泉さん、お待たせ。帰ろうか」
「はい」

 長身でスタイルの良い真白さんはスーツが良く似合う。ちらりと真白さんを見上げると、あまりにも綺麗な横顔だったので、見惚れてしまいそうになる。彼がこちらを向いたので、ふいっとすぐに視線を逸らした。

 
「日用品と言ったら、ドラックストアかな?」
「そうですね」
「男の一人暮らしの部屋には足りないもの多いでしょ? なんでも好きなものカゴに入れて?」
「はい。自分の分は自分で払いますからね?」

 シャンプー、コンディショナー。コップ、箸、タオル。真白さんの家にあるものを借りて使っていたが、ある程度必要な日用品を購入した。自分で買うと宣言したのに、あっさりと真白さんにお会計を済まされてしまった。

 それは見事なほどにスマートで負けてしまった。そのスマートさはどこで身に着けたのだろう。童貞のくせに。


「ま、真白さん。払わせてください! せめて自分の分だけは……」
「泉さんは肉と魚。どっちが好き?」
「えっと、魚かな。って話逸らさないでください!」
「逸らしてるのバレた? 俺さ、恋愛経験ないから言葉も上手くないんだよ。だからカッコいい台詞とか吐けないわけ」
「えっと?」
「見栄くらいはらせてよ」

 頑なにお金を受け取ってはくれなかった。言葉が上手くないと言っていたけど、そんなことはなかった。
 なぜなら、真白さんの言葉に私の心は動かされていたから。

 ドラッグストアの後に、食材を買うためスーパーに寄った。普段は1人で買い物をするので、真白さんと並んで買い物をすることが不思議で仕方ない。
 
 
「今日はサバの味噌煮と、豚汁と、ホウレンソウのお浸しにしようかなー」
「え、サバの味噌煮ってお店じゃなくても作れるんですか?」
「作れるよ! ただちょっと時間はかかるけどね」

 男性が作るメニューにサバの味噌煮やら豚汁が出てくるとは思わなかった。仕事で疲れているというのに、手の込んだメニューを作ろうとする意識も高すぎる。

「えっと、サバの臭みを取るネギでしょ! 豚汁にいれる豚肉と……」
「真白さん! 今日、鍋にしませんか?」
「鍋?」
「凝った料理もいいですが、今日はお互い仕事帰りで疲れているし、少し楽をしましょうよ?」

 買い物カゴに入った食材を確認する。ネギと、豚肉はそのまま鍋で使える……。あとは野菜を切るのも結構な手間になるから――。
 
「あとは、時短のため、すでにカットされている、カット野菜と鍋の元を買えば完了です」
「カット野菜かあ! 買ったことなかったなー。泉さんといると勉強になるなあ」

 真白さんは感心したように何度も頷いていた。
 彼が考えていたメニューを変更したのに。私の意見を否定することなく、すんなりと受け入れてくれた。今まで付き合った人は、まず否定してくるし。なにかと難癖をつけてくる人が多かった。穏やかな真白さんと比べて、安らぎを感じてしまう。
 
 ただ買い物をしているだけなのに、心は幸福感に満ち溢れていた。

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