致し方ないので、上司お持ち帰りしました

柚月しずく

10 心が高鳴る理由


 それからとんとん拍子で話が進み、数回の話し合いの末、真白さんのマンションで同居をすることが本決まりとなった。非常事態とはいえ、大胆な決断をしてしまったな。と今更ながらに思う。

 大きな家具等の移動は後日行うとして。泉さんのことが心配だからと、早速今日から真白さんのマンションに住むこととなった。

 1時間残業となってしまった私は、真白さんのマンションに向かっていた。今日は同居初日ということもあり、きちんと挨拶をしたい。真白さんは立場上、上司だ。待たせるのは気が引けて自然と早歩きになる。

 酔っぱらった真白さんを送った時に一度は入ったことがあるとはいえ、今は状況が違う。
 男女が同じ家で暮らす。緊張で胸が張り裂けそうだった。

 ピンポーン。
 部屋の前でインターホンを押した。

 ガチャっと重いドアが開かれると、真白さんが優しい笑顔で出迎えてくれた。

「お、お邪魔します……」
「おかえり」
「あ、ただいま……です」
「今日から、泉さんの家でもあるからね」

 優しい出迎えに緊張がほぐれた気がした。
 緊張がほぐれた理由はもう1つ。真白さんがエプロンを身につけていたからだ。紺色のシックなエプロンが似合っていて様になっていた。

「真白さん、エプロンするんですね」
「ちょうど料理してたからさ」

 男の人がエプロンをしている姿を見るのは新鮮だった。女の私ですら、料理をする時エプロンをしないのに。


 広いリビングテーブルには、ハンバーグ、ミネストローネ、サラダ。二人分にしては多すぎるほどのメニューが並んでいた。食欲を刺激するよい匂いが部屋中に漂っていた。
 


「これ、全部真白さんが作ったんですか?」
「同居初日は、お祝いしたくてさ」

 正直私は料理が得意ではない。
 私の料理の腕では到底作れないレベルの献立が並んで巻いて驚いた。

 料理も家事も任せて。と言い張る理由がわかった。料理のレベルが非常に高い。
 ご飯は温かいうちに食べようという真白さんの提案で、挨拶もほどほどにご飯を食べることなった。


「おいしい! レストランの味かと思いました」
「ははっ。大袈裟な」

 お世辞ではなかった。ハンバーグにかけられたデミグラスソースも。ミネストローネも。本当に美味しくて、お店を出せるレベルだった。炒飯くらいしかまともに作れない私は、きっと彼の前で手料理を振る舞うことはないだろう。この味を食べて、手料理を振る舞う度胸は出てこない。

 お酒も用意してくれたので、至れり尽くせりの夜ご飯だった。
 
 
「今日から同居……。宜しくお願いします」
「こちらこそ。よろしくお願いします。あれから元カレから連絡あった?」
「そうですね。何度か着信は来ているみたいです」
「元カレの名前聞いてもいい?」
「え? 花田楓。です」
「ありがとう」
「どうして名前を?」
「ちょっと思うことがあってね」

 意味深に零した言葉が引っ掛かったが、お酒も入っていたためすぐに忘れていた。 
 
 
 お酒もほどよいく回ってきて、ふわふわと心地よい。真白さんはお酒に強くないらしく、目がトロンとしていた。頬を赤く染めて、潤った瞳に色気を感じてしまう。純粋で無垢な瞳を向けられると、心の奥がズキっと傷んだ。


「あ、あの! お風呂に入らせていただいてもいいですか?」
「大丈夫? お酒少し抜けてからの方がいいんじゃ?」
「いつもなので、大丈夫です!」

 邪な気持ちがバレる前にその場から逃げたくて、半場無理やりお風呂に入ることにした。
 
 洗面所の扉をバタンと閉めると、いまだにドキドキが収まらない胸元に手を当てた。

「ドキドキしたら、ダメなのに」

 落ち着くまでしばらく動けなかった。真白さんはそんな気さらさらないのに、一方的にふしだらな目で見てしまった自分を悔いた。

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