致し方ないので、上司お持ち帰りしました

柚月しずく

6 心が動く理由


 いつの間にか降り注いでいた雨が止んでいた。歩道のあちこちに水たまりが出来て、夜の光が反射している。待ちゆく人の群れをかき分けて歩いていく。


「真白さん!」

 小走りで進む足は呼びかけでピタリと止まった。そして慌てた様子で、繋がれた手をパッと離した。
 彼のぬくもりが消えた右手は行き場をなくして、風がやたらと冷たく感じる。


「ご、ごめん! 俺、許可なく手を引いたりして。なにやっているんだろう。申し訳ない!」
「そんな。謝ることじゃないですよ?」

 ただ手を引いて歩いただけなのに、本気で申し訳なさそうに謝ってくるので、なんだかおかしかった。
 会社での真白さんは身なりもきちんとして、仕事も出来て。頼れるエースと言われている。なのに、目の前の彼は手を繋いだだけで、こんなにも慌てているなんて。同一人物とは思えない。

「このまま、家に行きますよ?」

 一瞬躊躇した様子を見せて、ゆっくり口を開いた。

「いいのかな?」
「はい。そうだと助かります」
「え。助かるって?」
「あ、実は……私も1人では帰りにくい理由がありまして……」
「帰りにくい理由?」
「えっと、すみません。実は真白さんを持ち帰ったのはやましい気持ちがあります」

 正直、楓くんが待ち伏せしているアパートに帰れなくて困っていた。そこで真白さんの電話があったので、少し安心できた自分がいたんだ。

 
「え、やっぱり。泉さんは童貞キラー?」

 私が元彼にストーカーされているという事実を知らない真白さんは、言葉だけを受け取り変な方向に勘違いを走らせている。身体を後ずさりさせた。警戒態勢ばっちりなようだ。

 
「違います! 童貞キラーじゃないです! 実は、私も元カレに待ち伏せされていて……」
「待ち伏せって?! アパートの前で?」
「真白さんから電話が来る前にアパートについていたんですけど、うろうろしている元カレを発見しまして」

 アパートの前で元カレに待ち伏せされていたことを話した。真白さんは驚いたような表情をして、次の瞬間には申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめん!」

 勢いよく謝られた。頭を下げて謝られるが、真白さんに謝られる理由が見当たらない。

「ま、真白さん? なんで真白さんが謝るんですか?」
「泉さんがストーカー被害にあっていることを知らなかったとはいえ、助けを求めてすまない」
「そ、そんな。だって真白さんだって待ち伏せされたんですから」
「全然違うよ。俺は男で、泉さんは女性でしょ?」

 真剣な眼差しを向けられる。突然女性扱いされて、どくん。と心臓が跳ねた。
 
 童貞のくせに、急に男出すの辞めて欲しい。
 心の動揺を悟られないように、必死に平然を装うが、どくどくと心臓の音はうるさいままだ。

 
「とにかく、泉さんの家に行こう。まだ元カレがいたなら好都合。俺が話付けとくから」

 きりっとした顔で淡々のいう言葉には圧が感じられた。さっきまで、あたふたしていた真白さんとは大違いだ。
 確かに、楓くんがアパートの前で待ち伏せを続けているうちは、怖くて部屋に帰れそうにない。
 
 待ち伏せされたことなど初めてで、時間差で今頃恐怖がのしかかってきた。今こうして真白さんがそばにいてくれていることで、正気を保てていた。

「大丈夫、かな」
「大丈夫。俺、真顔だと迫力あるって言われたことあるから」

 確かに真白さんの端正な顔立ちは真顔だと迫力がある。それに長身なので圧も強い。楓くんは小柄で168センチくらいだったので、身長差と圧で楓くんは怯みそうな気もする。

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