致し方ないので、上司お持ち帰りしました

柚月しずく

2 それは偶然だった


 また・・詐欺師に騙されかけたことを引きずりながらも、そんな素振りを見せずに仕事は遂行する。

 大手食品会社に勤めて6年目。営業部で内勤を担当している。たまに外に出ることもあるが、基本は営業の補佐だ。毎日パソコンと向き合い仕事に追われる日々だが、仕事面では中堅という立場にもなり、それなりに充実していた。

 
いずみさーん。今日、真白さんの歓迎会ですよね」
「そうだねー」

 声を掛けてきたのは、入社二年目の秋月綾乃あきづきあやのさん。彼女が新入社員のころ、私が指導を担当した。はっきり物事を言う性格で「飲み会とか、接待費として時給発生しないのおかしくないですか?」と、飲み会が開催されるたびに口癖のように言っているような子だ。色白に潤んだ瞳は男子社員を誘惑するようで、秋月さんを狙う男性社員は後を絶たない。

 いつもは飲み会と聞くと嫌な顔をするのに、今日の飲み会は違うらしい。声を高らかに弾ませて、鼻歌まで聞こえてくる。彼女がこんなにも上機嫌な理由は、真白さんの歓迎会だからだろう。

 真白桔平ましろきっぺいさん。人事異動でこの営業部にやってきた。
 若くして次の課長候補と言われているやり手のエリート社員だ。長身でスタイルも良く、端正な顔立ちでまさにイケメンというやつだ。イケメンでエリート。女性社員が放っておくわけがなかった。異動後早々に、社員の女の子たちは目をハートにして喜んでいる。私はもちろん全く眼中にない。だって、イケメンは100パーセント非童貞。私の恋愛条件はただひとつ。童貞であること。よって、イケメンは自動的に除外されるのだ。
 

 
「泉さん、不参加ってなってますけど、強制参加からしいです」
「えー、」

 強制参加? 何それ聞いてない。不満げにする私をよそに、「泉さんも参加で―す」なんて声を張りあげた。ここで拒否できない私も悪いが、それすらも知っていての行動なような気がする。秋月さんは悪気なく目を細めてにんまりと微笑んでいた。

 
「泉さん! 飲み会で私のこと持ち上げエピソード言ってくれません? 私、真白さん狙っているんですよ」

 前のめりで話し出す。マスカラがばっちり塗られた瞳は目力が強い。思わず圧倒されて頷いてしまいそうになる。

「いやー、そういうのは。ちょっと……」
「お願いしましたからね!」

 私の返答を聞くことなく、勝手に決定されてしまった。私の方がだいぶ先輩なのだが、若いって怖い。先輩とか関係なしに意見を言ったり、ダメ出しをされることもあったりする。悪い子ではないと思いたいが、正直苦手だった。
 
 
 


 
 その日の歓迎会は凄かった。部署のほとんどの女子が真白さんに群がり、真白ハーレム状態だ。他の男性社員はもちろん、面白くない。ぶつぶつと文句を吐き出しながら、酒を喉に流し込んでいる。
 真白さんに女子全員が群がる中、唯一私はこちら側だ。「イケメンエリートなんて滅亡してしまえ」そう零した30歳の独身男性田中さん。「まあ、まあ、」なんてなだめている私はなにをやっているんだろう。と自分でも思う。

 帰りたくて仕方がなかったが、空気を読んでしまう私は、その場の空気を壊したくなくて。結局最後まで居座り続けた。真白さんの気を引きたい女子たちは、他の男性社員と話もろくにしない。そのつけは全部私にくるので、いつもの飲み会の倍は気を使った。終わりの挨拶と共に、やっと帰れる。と安堵のため息が漏れた。

 外の冷たくなった風を浴びながら、酒が入ったみんなは上機嫌だ。真白ハーレムを見てげんなりしていた男性社員たちも外の風を浴びた途端元気を取り戻していた。
 
「二次会行く人ー!」
「はーい!」
「行きまーす!」

 声を高らかに上げて呼びかけに反応する人が大多数だ。早く帰りたい私はそっとその場から離れた。
 誰も気づくことはないだろう。私がいないところでなんの支障もない。イケメン真白さんと若い女子社員で仲良く二次会に行ってくれ。そう心で呟きながらタクシーに乗り込んだ。

 タクシーに乗り込むと、居心地の悪い飲み会から解放された解放感で満たされる。
 早く帰って、撮りためていたドラマでも見よう。そう思った次の瞬間。

 閉じかけていたタクシーのドアが乱暴に再び開いた。ドアが開くと同時に、急いで乗り込んでくる人物が。

 
「ごめん! 泉さん。一緒にタクシー乗せて?」
「は、」

 乗り込んできたのは、スーツがとても似合うイケメン。真白さんだ。
 ほっと息をついて完全に気を抜いていた。唐突に真白さんは現れたので、瞬時に反応が出来ない。

「お客さん、大丈夫?」

 言葉を発しない私を心配した運転手さんが、ミラー越しに心配の眼差しを向ける。その声にハッと我に返った。

「あ、大丈夫です。知り合いです。真白さん? 二次会は?」
「とりあえず、出してください!」

 私の問いに答える前に、真白さんは運転手に向けて言い放つ。タクシーの外には、女性社員がきょろきょろ辺りを見渡して、真白さんを探しているようだった。その様子から状況を察した。二次会に誘われるのが嫌で黙って逃げてきたのだと。

 タクシーが出発すると、真白さんは深いため息をついた。そして綺麗な瞳をゆっくり閉じる。

「泉さん、これ、俺の住所。運転手さんに伝えてくれる?」

 免許証と共に渡された1万円札。聞きたいことは山ほどあったが、私の分のタクシー代も払ってくれるということだろう。タクシー代を払わなくて済むなら有難い。現金なもので、それならいいかと納得した。



 免許証に記載された住所に到着した。車の窓から見上げると、綺麗めな高層マンションだった。さすがエリート社員。私のような平社員では到底住めなそうなマンションに住んでいる。
 
「真白さん、つきましたよー。家ですよ! おーい」

 困った。揺さぶっても叩いても起きない。完全に眠っている。困り果てている私に運転手からの圧の眼差しを向けられる。「早くしろ」と言わんばかりにぎろりと睨まれた。大人の男を抱えてマンションまで送っていくなんて、1万円じゃ割に合わない。

 運転手からの圧に耐え切れなくなり、仕方がないので、真白さんの腕を肩に乗せて引きづりながらタクシーから降りた。このまま道路に置いていきたいと思ったが、さすがに私の中の理性が止めた。

 長身で重い真白さんの身体をなんとか引きづりながら、部屋へと向かう。

「なんで。私が、こんなエリートイケメンなんか」

 不満をぶつぶつ零す。
 愚痴だって零れてしまう。一般的な女子なら、喉から手が出るほど羨ましい状況かもしれない。しかし、童貞としか恋愛しないと決めた私にとっては、イケメンエリートなんて、何の意味もないのだ。

 文句を吐き捨てながら、なんとか部屋にだどり着いた。
 真白さんのカバンの中から探し出した鍵で玄関ドアを開ける。

 
 ドアを開けると、白で統一された綺麗な玄関がお出迎えしてくれた。煌びやかな外観に負けじと、玄関から高級感を感じる作りだった。
 
 
「真白さん! つきましたよ! いえ! 家ですよ!」

 耳元で声を張っても起きる気配がない。ぺちぺちと頬を叩いてみても、肩をぐらぐらと揺らしてみても、全く起きる気配がない。仕方がないので玄関に置き去りにして帰ろうと玄関ノブに手を掛けた。

 身体がツンと引っ張られる感覚。不思議に振り返ると、真白さんが私の服の袖を掴んでいた。


「さむい、」

 綺麗な顔で目を閉じたまま、ぽつりと零した声がやけに耳に残った。普段の真白さんは終始キリッとしていて仕事人間という印象だ。そんな彼の新しい一面が見られて、きゅっと、なんだか胸の奥が疼いたような感覚に陥る。

 子供みたいに服の袖を掴んで離さないので、ため息と共に観念した。

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