鷹ノ眼忌譚

祇光瞭咲

12. 作戦会議(前)

 不可思議な異界渡りを終えた今貫いまぬき飛鷹あすたかは、再び現世の地に足を着けた。硬いアスファルトの感触。飛鷹は着地によろめいて膝をついてしまった。

「大丈夫か?」

 今貫が身を屈める。と、彼は顎に手をつき、まじまじと飛鷹を眺め回した。飛鷹もきょとんとして見つめ返す。

「……なんだ?」
「ほぅ……これはまた、煽情的な……」

 飛鷹は自分の恰好を見て驚愕した。白い着物に薄っすらと透ける色は衣の模様か、飛鷹自身の色なのか。肉のない脚のほとんどが露わになっており、腰に巻いた帯が辛うじて恥部を隠していた。

「ばっ、ばばばばかっ!」

 飛鷹は真っ赤になって立ち上がり、急いで着衣を正した。そこに駆け付けたしのぶが今貫の後頭部を殴打する。どさりと倒れたその隙に、忍がジャケットを飛鷹の肩に掛ける。

「飛鷹様に近寄るな、変態!」
「え、俺? そんな格好している飛鷹が悪くない?」

 などと言う今貫は、追い付いた晴珂はるかからも白い眼を向けられる。彼女は長めのトレンチコートを着ていたので、飛鷹に貸してやった。

「飛鷹くん、久しぶり。まさかこんな風に再会できるなんて……」
「僕だってできればこんな格好で再会したくはなかった」
「そういう意味じゃなくってね」

 彼女は今貫に向き直った。

「飛鷹くんがここにいるということは……異界経由で飛鷹くんのお家に行ったってことよね? 連れてきてしまってよかったのかしら。お家の方が心配されるんじゃ……」
「だって晴珂さん、あんな酷いところに置いて来れないですよ。座敷牢みたいでしたもん」

 ぶーっと膨れっ面をする今貫。飛鷹は苦々しい顔で視線を落とす。

「僕だってあんなところにはいたくない……でも、あやには迷惑を掛けてしまうかもしれないな」
「そのようですね。先程から鬼のように電話が入っています」

 忍がスマートフォンを摘まみ上げる。

「飛鷹様のお世話は綾に一任されていますから、当分気付かれることはないでしょうが。匠眞たくま様に知られたら……」

 物言いたげな忍の瞳に、飛鷹は硬い表情で頷きを返した。

「覚悟の上だ。今貫が僕のためにここまでしてくれたのに、黙って見ているだけなんて嫌なんだ。頼む、忍。事が終わるまで、兄上に告げ口するのは待ってくれ」
「そんな……端からそんなつもりはありませんよ」

 忍はポリポリとこめかみを掻きながら視線を逸らす。彼もまた微妙な立場なのだ。
 まずは飛鷹にきちんとした格好をさせるため、一度解散ということになった。ここから一番近い今貫の家に連れて行き、その間に忍が着替えと靴を買いに走る。取り急ぎ、晴珂の靴を飛鷹に貸すことになった。

「駄目だ、晴珂。晴珂を裸足でなんて行かせられない」

 飛鷹が頑なに受け取ろうとしないので、晴珂は困った顔で笑うしかなかった。

「大丈夫よ。私は自転車に乗るだけだし、研究室に戻ってサンダルを履いてくるから」

 すかさず今貫もいいところを見せようとする。

「いや、だったら俺の靴を貸すって言ってるだろ。俺なら裸足でも大丈夫だから」
「それは生理的に嫌」
「酷くない?」

 結局、晴珂のパンプスを借りることになる。
 生足トレンチコートの飛鷹はそれだけで人目を引くが、さらに顔立ちが美少女とあって、嫌でも視線が集まった。いつも通りの大股な歩き方が余計に滑稽である。今貫は笑いを堪えながら言った。

「なあ、俺たちって絶対に訳ありカップルに見えるよな」
「本当か? 今すぐ首を吊りたくなってきた」
「そこまで言う?」

 などと言っているうちに、今貫の家に着く。
 この家を訪れるのは、飛鷹が姿を消したあの晩以来だ。薄暗い部屋に足を踏み入れるなり、二人の間に気まずさが腰を下ろす。今貫はそそくさと電気を点け、飛鷹を見ないようにしながら貸せる服を探し始めた。

「えーっと、スウェットでいいよな?」
「なんでもいい」
「えっ。ワイシャツ一枚でもい――」
「スウェットを貸してくれ」

 案の定、今貫のスウェットは飛鷹には大きすぎたが、これはこれで味がある。今貫が満足げに頷いてみせ、飛鷹が往復ビンタを喰らわせている間に、晴珂が到着した。

「あら。飛鷹くんたら、その格好も可愛いわね」

 飛鷹は長い袖を折りながら首を傾げる。

「晴珂はこういう服装が好きなのか?」
「飛鷹は何着てもかわいいよ」
「今貫は黙っていてくれ」

 この格差はなんだろうか。今貫は不満が隠せない。

「それはさておき。今貫、夜目繰よめくり退治の目処はついているのか? 今の僕には兄上の術が掛かっていないから、絶対に夜目繰が僕を探しに現れるぞ」

 三人は座卓を囲んで本題に入った。今貫は考え込みながら人差し指を振る。

「それなんだけど、実は飛鷹を連れてきたのはそれが目的でもあるんだ。夜目繰は絶対に飛鷹を追って来るんだろ?」
「そうなの? どうして?」

 晴珂が問う。飛鷹は珈琲のマグカップを両手で包みながら答えた。

「眼だ。夜目繰は僕の眼を狙ってる」
「眼?」
「僕の眼は千里をも見通し、不可視のモノを捉えることができる」

 飛鷹は指で片眼の瞼を下げた。ギョロリと覗くは黄褐色。その中央で、瞳孔がぽっかりと深淵を空けていた。

「すごい。それって普段は――」
「晴珂さん、話を逸らさないで」

 今貫は辛抱強く説明した。

「正面から打ち合っても勝ち目はない。だから、飛鷹には囮役を頼みたいんだ。危険だけど、やってくれるかい」
「ああ。もちろんだ」

 飛鷹は即答した。今貫は感謝を込めて頷き返す。

「作戦は単純だ。飛鷹に夜目繰を誘導してもらい、俺が異界の隙間を抉じ開ける。そこに夜目繰を追い立てて封印するんだ」

 今貫はクリアファイルに挟んだ退魔札を二人に見せた。

「匠眞さんにもらった封印用のお札だ。こいつを夜目繰の額に貼りさえすればいいらしい」
「簡単に言うが、楽じゃないぞ。僕らが通ったせいで異界の歪みはさらに大きくなっているはずだ。この間よりも実体化している可能性が高い」
「それなんだよなぁ……」

 匠眞にもされた指摘だ。今貫は弱った声を上げる。
 理論上は上手くいきそうに思えるが、それは夜目繰が素直に誘導に従ってくれれば、の話である。あの巨体と素早さを相手に上手く立ち回れというのは至難の業だ。

「そうだ」

 考えに考えた末、今貫がぽんと手を叩く。

「飛鷹、目からビーム出してただろ。あれまたやってくれないか?」
「出してない。あれは霊力を放っただけだ」
「ビームじゃん」

 だが、飛鷹は首を振る。

「やってもいいが、君も見ただろう。あれを使うと気を失う可能性が高いんだ。瞬間的に全霊力を放出するわけだから」
「霊力ってのがよくわからないけど……でも、それは確かに危険だなぁ」
「飛鷹くんには囮になってもらうんだから、それは自衛の手段としてとっておいてもらうべきよ」

 晴珂が険しい顔で口を挟む。

「それよりも、夜目繰の弱点を探しましょう。妖怪退治の逸話を沢山読んできたのだけれど、大概の鬼や妖怪には苦手なものがあるわ。夜目繰だって例外ではないはず」
「そうだ。実は夜目繰というのは目が見えていないらしい」

 これは飛鷹が年代記から得た情報だ。夜目繰は食べた獲物を吸収して大きくなるが、もともと備わっていない目玉だけは造り出すことができないらしい。夜目繰が執拗に目を狙うのもそれが理由なのだという。

「えっ。あんなに口の中に目があるのに?」
「口の中にあるから見えないんだろう」

 飛鷹は自分でも確信が持てないといった風に眉を顰めながら言った。

「夜目繰は目の代わりに嗅覚でものを見る。ということは、鼻が弱点とも言えるんじゃないか?」
「なるほど」

 すると晴珂も興奮気味に身を乗り出した。

「強い臭いは魔を追い払うと言われているわ。例えば、端午の節句で葉菖蒲やヨモギを飾るのも、魔除けのためなのよ」
「げっ。どっちも春の草ですよね?」
「一応ヨモギは越冬する植物だ。ただ、摘んできても匂いが残っているかは……」
「なんとかなるんじゃない? ヨモギはお餅にも使ったりするんだし、意外とお店に粉末とかが売ってるかも」
「そんなの置いてる店あるかなぁ……」

 不安は残るが、少しでも可能性があるなら試したい。三人は後程手分けして店を回ることに決めた。

コメント

コメントを書く

「ホラー」の人気作品

書籍化作品