空を飛べない私は嫌いですか?

みとしろ

羊の皮を被った鬼

本部長、連れてきました。」
「え!?早くないですか!?そんなに疲れた顔をして少し休みませんか?」
「いいえ!大丈夫です。それよりモデル候補を見てやってください。」
そう言うとシーナを連れて来た。その時の皆の表情が忘れられない。あの姫野ですら驚きを隠せない顔をしている。通りすがりの人も振り向く程だ。しかもシーナはスッピンで洋服も私の部屋着だ。衣装に着替えてメイクをすればもっと輝けるのが一目瞭然だ
「素晴らしいです。イメージにピッタリだ。」
私の頭の中を読み取ったシーナはイメージに合わせて振る舞ってくれている。
「守。控室を用意してあげて。姫野さん、今回は緑子さんが連れて来た方をモデルにしますので姫野さんは通常の業務でお願いします。」
西郷に連れられてシーナは控室に案内された。それはシーナをモデルにするという事だ。その言葉に姫野は怒りで顔が般若みたいになっている。。
「なんで!?私の方がよくないですか!?どこの誰かも分からない様な人をモデルにするんですか?信じられない。」
怒りで満ちた表情は小悪魔というより鬼だ。
「姫野さん。もうこの辺にしておきましょう。貴方、昨日和倉さんから仕事を引き受けたにも関わらずその仕事を放置して挙げ句に、自分がモデルで出ますなんて、少し酷いですよね。」
久遠が痺れを切らせてそう言うと姫野は声を荒げた。
「だから、私はそんな仕事受けてません。それに貴方は誰なんですか!?よその会社首を突っ込まないで下さい!この会社は部外者が我が物顔する様な会社なんですね。」
「落ち着いてください。姫野さん。」
東条がなだめようとするが姫野は聞く耳を持たない。
「大体、なんで私が先輩から仕事を引き受けた前提で話すんですか?部外者のくせにおかしいですよ!名誉棄損ですから。」
怒り狂った姫野はチグハグな事まで言い始めた。
「昨日、私、和倉さんが姫野さんにモデルの手配したかどうかの確認しているの見ました!姫野さん、“私が信用ならないのか!”とかって言って怒ってました。」
証言したのは姫野の隣のデスクでいつも仕事を押し付けられる気の弱い女の子だった。
「その後も姫野さんは、そんな作業をしている感じではなかったんです。さっき心配になって、私が和倉さんに聞いてみたんです。」
その子は声が少し震えていた。きっと勇気を振り絞ってくれたのだろう。
「何なの!?そんなデタラメ言ってんじゃないわよ!」
目をひん剥いて肩で息をしながら言い返している姿は可愛さのかけらもない。
「デタラメなのはどっちかな。僕も昨日、君が和倉さんにその仕事やらせて欲しいって言うの見てたよ。」
久遠は優しく言ったが姫野の興奮は止まらない。その姿に姫野親衛隊も戸惑い始めた。
「君は、男の顔しか見えてないみたいだね。僕はあの子に任せて大丈夫なのか?と和倉さんに確認しました。まあ、姫野さんに仕事を割り振ってってお願いしたのは僕だし、和倉さんはそれに従っただけですから。ねえ、和倉さん。」
「え…?」
姫野は何が何だか訳の分からない顔をしていた。
「はい。その通りです。久遠優紀さん。」
私がそう返事すると周りがざわついた。
「僕が誰かも分からずにあーだこーだ言うのはよくないですよ。それとコスメチームに入ってずっと思ってたのですが、周りの男性社員ももう少し地に足を着けて物事や色んな事を判断した方がいいですね。恋をするなとは言いませんが相手はきちんと見極めた方がいいかもしれませんね。」
冷静な声でそう諭すと姫野親衛隊は恥ずかしそうな顔をしていた。
「本部長!私、シーナの準備の手伝いに行って来ます。」
「あ、私もお手伝いさせてください!」
勇気ある気弱な女性社員も声をかけてくれた。
「では、二人で一緒に行ってきてください。それでは皆さんも行きましょう。」
東条がビシッと声をかけてくれた。姫野親衛隊も各々の仕事へと戻って行った。それにしても久遠優紀が鋭すぎて気持ちがよかった。

「緑子!こんな格好恥ずかしいよー。」
衣装に着替えたシーナは天使以外の何者でもなかった。
「これは地上に舞い降りた天使ですね。」
「そうですね。」
シーナを見た西郷と気弱な女性社員も見とれていた。
「シーナは天使じゃないよ!悪魔だ…」
変な事を口走りそうになるシーナをグイっと引っ張った。
「さあ!早く行きましょう。」
パーティーは思っていたよりも盛り上がって、私達のコスメも注目が集まっていた。それに何よりも注目が集まったのがシーナだった。メイクをしたシーナはこの世の者とは思えない美しさだ。インフルエンサーも皆こぞって写真を撮っている。これはいい宣伝効果になりそうだ。
「緑子さん。あの方を連れて来るのとても早かったのですが、もしかして空を飛んだのですか?」
東条がこっそりと聞いてきた。私は少し複雑な気持ちだった。シーナを迎えに行って戻って来るのに力を使い果たしてしまったのだ。東条は私が空を飛べるから気にしてるのであって、飛べなくなってしまったら興味が無くなるのではないだろうか。
「はい、あの実はその事で伝えておきたい事があるんです。私のこの魔法は回数に制限があるんです。三回なんですがもう今日でその力を使い果たしてしまったんです。だから、もう私は本部長が興味を持ってくれたあの時の空を飛べる私ではないんです。」
心臓がバクバクしている。
「緑子さん…」
東条が何か言いかけた。
「あ、晃!和倉さん!ランウェイ始まるから早く来て。」
西郷が急いでる様子で呼びに来た。
「は、はい。今行きます。」
東条が何を言おうとしていたかとても気になる。
「じゃ、また後で。」
東条はそう言うと会場に戻って行った。
「じゃ、西郷さん行きましょう。」
「うすっ。ところであのシーナさんは今までモデル事務所とかに所属はされてなかったんでしょうか。今までメイクしてきた中で群を抜いて綺麗です。肌は陶器の様でニコニコとして天使みたいな方です。」
惜しい!天使ではなくて悪魔なんだけどね。
「ああー。外国の暮らしが長いし本人はそういうの余り興味ないみたいです。お菓子とかすごい食べるのに全然太らないんですよ。てか西郷さんがメイクしたんですか!?凄い!」
「そういえば、前にお菓子大好きな友達が居ると言われてたのはあの方なんですね。和倉さんの普段の生活の話をしたら凄く喜ばれましたよ。」
「ええ。なんの話したんですか!?恥ずかしい。」
「小さい子の為に木の上に引っかかっている風船を取ってあげられた事とか。あれは本当に魔法みたいで驚いたと。」
「あははは。あの事ですか!」
胸が少しズキっとなった。あの一回がなければまだ魔法は使えていたはずだ。もう今の私には何もないしそしてもうすぐシーナとのお別れも来てしまう。


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