空を飛べない私は嫌いですか?

みとしろ

スッキリしようよ

 「コスメの店舗のレセプションパーティーなんですが、ショッピングモールに入る店舗が合同で開催します。各店舗のモデルにランウェイを歩いてもらう予定なのですが、我が社は日本初出店という事でトリを務めさせて頂く事になりました。何か一ひねり演出がしたいと思いますので皆さんの案をお聞きしたいです。あまりコストのかかる事は出来ませんのでそこを踏まえてアイディアをお願いします。」
東条と久遠が二人で話しているのが目に入ると、会議中にも関わらず胸が痛くなる。不自然に目で追ってしまいそうになるのを堪えるのが大変だ。
「当日、ランウェイを歩くモデルは一人なのでお手軽な演出だといいですね。インフルエンサーも招待されてますのでSNS映えするものだといいのですが。中々難しいですかね。」
結構、難しいなあ。お金と時間をかければ色々出来るけど。いつもは直ぐに意見が出るが皆、考え込んでいる。
「はーい!」
やばいのが手を上げた。大丈夫か心配になる。
「姫野さんどうぞ。」
「花火なんかどうですかぁ?」
大丈夫ではなかった。コンサートも出来るホールとはいえ花火なんて普通に考えてやれる訳ないよね?コストかからないって言った傍からそのアイディアを言うのはある意味凄い。
「予算的に難しいと思います。屋外でもないですし。」
本部長が冷静に言い返す。ああ。もうカッコよすぎて大好き。
「なぜ、検討もせずに直ぐにそこで却下なんですか?」
姫野!どうして食い下がるんだ!屋外ではないって言ってるでしょ!どーしたんだ!?周りの皆も困った表情だ。
「インフルエンサーも来るんですよね?やっぱ派手にした方がいいと思いますよ!ねえ、伊藤課長!」
まだまだ食い下がって来る!?課長、ここはさすがにビシッと言わないといけませんよね?
「いやあ。いい案だと思うのですがここは他にアイディアも出ないようですし決めて頂いていいのではないでしょうか?」
同意しちゃってるーーー!?まあ、百歩譲ってアイディアを出した事はいいとしてもそれを決めるのはあんたらじゃない!
「すいません。私からもいいですか?」
思わず手を上げてしまった。
「とりでモデルがランウェイを歩き始めるタイミングでくす玉を割って中から紙吹雪を散らして、星が輝いたり雪が舞う様なイメージを演出するのはどうでしょうか?アナログですがコストもそこまでかからずに紙吹雪が舞う事で視覚的に効果はあると思いますが。」
成人式なんかでくす玉を割るの見ると何となくワクワクした記憶がある。ありきたりなアイディアだけど出さないと暴走を止める事は出来ない。
「そのアイディアいいと思います。」
褒めてくれたのは東条ではなく久遠だった。あまりこういう場で意見を言わない人なので驚いた。
「まず、花火は常識で考えてあり得ません。そのアイディアを提案しようとした勇気は認めますが。」
少し低音のハスキーな声でピシャリと斬る姿はとてもカッコよかった。
「では、くす玉で紙吹雪を散らしてモデルにランウェイを歩いてもらいましょう。普通に割るのだと物足りない気がしますので何か演出を考えましょう。」
東条がそう締めると姫野は不機嫌そうな顔でスマホをずっと弄ってる。すぐ後に伊藤課長は東条に呼び出された。さすがにあの意見を通そうとするのはよくないだろう。とりあえず自分の仕事は終わったしトイレにでも行って帰ろう。

「はあ。」
やっぱりトイレの個室は落ち着く。ボーっと考え事出来るし、屋上のトイレだと空いてるからいいわ。一人で色々と考え事をしてると急に賑やかな声が聞こえて来た。
「あー!疲れたー!コスメ立ち上げで人取られてるから仕事増えるよねー。」
「やばいね。書類チェック係が居ないと意外と大変―!」
ん?書類チェック係?まさか私の事じゃないよね。
「ねえ、なんで東条本部長って和倉先輩の事名前で呼んでんの?」
「あーそれ、私も疑問だった。なんか知り合いだったらしいよ。」
「え!?マジ?姫野さん狙ってんのに。また奪われちゃうね。」
「えーやば、それ酷いけどウケる。」
いやいや待ってくれ。どうして私が負け前提で、東条は姫野を好きな設定なんだ?
「なんかコスメチームの子が言ってたんだけど、和倉先輩が姫野さんに辛く当たってるらしいよ。一度、注意したけど聞く耳持たなかったって聞いたんだけど彼氏とられた腹いせなのかな。」
あ、恐らく「姫野と仲良くしろ」って言って来たあの男性社員が噂を広げてんだな。何のためにその噂流すんだよ。あーこの流れがイライラする。深呼吸して平常心を保とう。
「レセプションパーティーの演出がくす玉なんだって。オッサンが割る奴っしょ?やばくない?コスメチームは頭抱えてるらしいけど。東条本部長と久遠さんは昭和な感じなのかな。」
私の何かがプツっと切れた。
「あのさ噂話は大いに結構だと思うけど、業務に関係することをベラベラ言うのはよくないかなあー。」
バーンと個室の扉を開けて洗面台へ向かい噂話をしていた後輩の中を割って入り手を洗った。私は東条が馬鹿にされる的になるのは許せなかった。
「え、せんぱ…い」
余りにもビックリしてグロスを落としていた。それはビックリするだろうね。今まで馬鹿にしてた張本人が出て来るんだから。
「貴方たちなぜその“くす玉”に決まったか経緯知らないよね?今から東条本部長と久遠さんの所に行って説明してもらおうか。」
「あ、いえ、すいません。」
さっきまでの楽しそうな井戸端会議の雰囲気はなくなり今にも泣きだしそうだ。
「別に私の噂話は何してもいいわよ。ニューヨーク支社の人達を馬鹿にするのは止めて貰えればいいから。」
それだけ言うとツカツカとトイレを出て行った。私はどちらかというと強いタイプだと思う。高校の時は部活で辛くても耐えて泣かなかったし、入社してからも色々と課長なんかに嫌味言われてもスルーして来た。それに聡とあんな別れ方しても平気で居られる。家に帰るとシーナが居るし別に大丈夫。そう自分に言い聞かせて早く帰ろうと急ぎ足になった。
ドンっ!!
俯き加減で歩いていたら誰かに思いっ切りぶつかってしまった。
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
その人は尻もちをついた私に優しく声をかけ手を差し伸べてくれた。
「こちらこそ申し訳ありません。東条本部…ちょ…」
強いと思っていたはずなのに、心配そうな顔で覗き込まれると喉が熱くなり涙が出て来た。
「え?え?緑子さん!そんなに痛かったですか?」
そんな風に言われるとますます泣けて来る。もう自分の力では涙を止める事が出来なくなっていた。
「とりあえず、会議室に行きましょう。」
こんな顔を見られるなんて恥ずかしい。最低だ。東条は一番近い会議室に入ると私を椅子に座らせた。
「こんな、すいません。いい年した女がボロボロ泣いちゃって。」
東条はハンカチを渡してくれた。とてもいい匂いがする。呼吸を整えて落ち着こうとしていると東条が横に座った。
「どうして謝るの?いい年って何?素晴らしい年の女性って事ですか?緑子さん、どうぞ泣いて下さい。泣いてスッキリしましょう。それに僕でよければお話聞きますよ。」
ダメ。甘えたいけど甘えられない。もしここで甘えてしまったら憧れに近い好きは恋に変わってしまう。
「ありがとうございます。もう大丈夫です。涙出たらスッキリしちゃいました。」
私はニッコリ笑った。これ以上踏み入れてしまうと苦しくなる。
「緑子さん。これから付き合って欲しい所があるんですが。」
「え?!」
「二時間程、お時間大丈夫でしょうか?」
「え?え?はい。私は大丈夫です!」
「では、僕とスッキリしましょう。」

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