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ミッドサマードリーム ~虐げられた伯爵令嬢は森の泉で世にも醜い怪物に出会う~

ひだまりのねこ

本文


 とある王国にアリシャという女の子がいました。

 それなりに裕福な伯爵家の長女として生まれたアリシャは、美しく優しい母、聡明な父親の下、真っすぐで優しく育ちます。

 しかし、ある日両親が事故で亡くなってしまったことをきっかけに、アリシャは叔母に引き取られ保護されることになります。


「いいかいアリシャ、お前はまだ小さいからね、家のこと、難しいことは全部私がやってあげよう。その代わりお前はしっかりと働いて家のことを手伝うんだよ、良いね?」

「はい、叔母さま」

 アリシャの叔母は、聡明な父とは違って非常に計算高く狡賢い人でした。

 アリシャの保護を名目に、伯爵家の財産を自由にしようとしていたのです。


「アリシャ、そこ埃が落ちているわ。お肌に良くないから早く掃除してちょうだい」

「ごめんなさい、お姉さま、すぐに!!」

 叔母の娘たちはアリシャをまるで使用人のようにこき使いました。

 そしてアリシャの財産を使って贅沢な暮らしを満喫するのです。



 時が経ち、アリシャは十六歳になりました。

 本来であれば婚約者が決まっていなくてはおかしい年齢でしたが、アリシャが結婚してしまえば財産を自由に出来なくなりますから、叔母は手放すことはしません。一生この家で生かさず殺さずこき使うつもりです。

 もちろんパーティーやお茶会には連れて行きませんし、ドレスどころか替えの服すら満足に与えていないのです。

 ボロボロで継ぎはぎだらけの服、滅多に水浴びすらさせてもらえないので、髪もお肌も見る影もなく荒れています。

 それでも母親譲りの綺麗な顔立ちは隠せません。

 そんなところも嫉妬に火をつける結果となり、アリシャはますます虐げられる羽目になっていきました。



「アリシャ、今年の夏は暑いから、たくさん水を汲んできてちょうだい」
「はい、叔母さま」

 その夏は、過去に例がないほどの猛暑で、アリシャは水を汲んでくることを命じられます。

 普段なら水売りから買うのですが、飲み水や水浴びに使うにはそれでは到底足りません。


「えっと……森の泉で汲んで来れば良いのですね」

 お屋敷から少し離れた森の奥には、清らかな水がこんこんと湧き出る泉がありました。

 アリシャはバケツを二つ持って森へ向かいます。


「ふふ、アリシャは行ったようね。森の泉には醜い化け物みたいな管理者がいるともっぱらの噂。どうなるのか見てみましょう」

 アリシャが化け物に襲われてしまおうが痛くはない。仮に死んでしまえば財産はまるまる自分たちの元に入ってくるだけのこと。ちゃんと水を汲んできてくれるのなら、それはそれで助かるし文句は無いのですから。


「わあっ!! なんて素敵な森なのでしょう」

 普段日光も入らないジメジメとした穴倉のような部屋に寝泊まりしているアリシャにとって、花が咲き誇る明るい森は天国のような場所に感じられます。

「素敵……お花さん、少しだけ分けていただいてもよろしくって?」

 お花たちはどうぞどうぞとアリシャに首を垂れます。

「お水にお花を浮かべたら、叔母さまたちもきっと喜んでくださるに違いないわ」

 アリシャは夢中でお花を選びます。

 
「あら、いけない、早く泉へ行かなければ」

 急いでお花を摘み終えたアリシャは、森の奥へと進みます。


「ネズミさん、怪我をしているの?」

 アリシャは途中、ぐったりとしているネズミを見つけました。

 どうやら倒木に尻尾と脚を挟まれて動けなくなっているようです。
 
 アリシャがなんとか倒木をどかして救出すると、

「ちゅうう……」

 ネズミは弱々しく鳴き声を上げるだけで動こうとはしません。

「大丈夫よ。帰ったら手当してあげるから。パンくずやチーズの削りカスもあるわ」

 弱ったネズミをポケットに入れて、アリシャは泉を目指します。



「わあ……綺麗な泉……」

 森の中にぽっかり空いた岩場からこんこんと水が湧きだしています。

 木漏れ日がキラキラ水面を照らし、動物たちも水を求めて集まっているのです。

 アリシャはきちんと順番を待って、動物たちの後ろに並びます。

「……なぜ水を汲まない?」

 突然後ろから声をかけられたアリシャは振り返って叫び声を上げそうになりました。

 そこにはとても醜い男が立っていたからです。

 顔中に酷いデキモノがあり、一見するとどこが目で鼻なのかわからないくらいです。

「先に来ている動物たちが飲み終えるのを待っているのです。あの……アナタも水を汲みに?」
「そうか……いや、私はこの泉の管理をしているものだ。お前は私が怖くはないのか?」

「怖い? たしかにびっくりはしましたけれど、少しも怖くは無いですわ。だって貴方は優しい人でしょう?」
「この私が優しい? なぜそう思ったのだ」

 予想もしなかった言葉に驚いて、男はアリシャに尋ねます。

「ふふ、だって動物たちが逃げないでしょう? 亡くなった母が言ってましたもの。動物たちはその人の本質を見抜くのだと」
「なるほどな。だが、私はいつもここにいるからな。彼らもいい加減慣れたのかもしれないぞ?」

 男はそれでも嬉しそうに笑います。表情がわからないほど酷い顔ではありますが。
 
「私はアリシャ、貴方のお名前は?」
「アリシャか、良い名だな。すまんが私に名は無いのだ。泉の怪物とでも呼んでくれればいい」
「はい、怪物さん、泉の水を汲ませていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろん構わないが、そんな細腕でバケツ二つも持てるのか?」

 アリシャの持たされたバケツは男でも苦労しそうな大きなもの。それを何往復もしなければならないのです。

「わかりませんがそれが私の仕事ですから頑張ります」
「待て、水なら私が代わりに汲み上げよう。それよりも酷く汚れているではないか。あちらで水を浴びると良い」

 男は泉の裏手にある小屋で水を浴びるように勧めます。

「良いのですか?」
「ああ、好きなだけ水を使って良い。私の手作りだが石鹼もある。そのボサボサの髪も洗いなさい」

 久しぶりに身体と髪を洗ってさっぱりしたアリシャ。

「おお、見違えたな。またここへ来るのなら遠慮なく使っていいからな」
「はい、本当にありがとうございました。怪物さん」


「えっと……これは……本当に良いのですか?」

 大きな鹿が二頭、水の入ったバケツを角に引っ掛け立っています。

「どうやら運んでくれるようだぞアリシャ」

 その言葉に応えるようにさっさと歩きだす二頭の鹿。


「本当にありがとう鹿さん」

 森の出口までバケツを運んだ鹿たちは嬉しそうにお尻を振るのでした。


 
 屋敷の水がめに水を移したアリシャは、再び空になったバケツを持って森へ向かいます。

「なんだまた来たのか。食べきれないほど取れた山ぶどうだ。腐らせるのももったいないから、食べると良い」

「怪物さんありがとう、冷えていてとっても美味しいわ」

 冷たい泉の水で冷やされた果物と水がアリシャの心と身体を癒してくれます。  


「あら、今度はクマさんなの?」

 大きな黄色いクマがバケツを咥えて運んでくれるようです。背中に乗れと、姿勢を低くして待ってくれていたので、アリシャは有難く助けてもらうことにします。

「驚いた。アリシャは動物たちに愛されているんだな」
「違うわ。森の動物たちが優しいだけなのよ」
 
 こうしてアリシャはその日、水がめいっぱいの水を汲むことが出来たのです。



「……おかしい。最近アリシャが日に日に綺麗になっている気がする」
「たしかに。きっと泉で水を浴びているのだわ。私たちがこんなに暑い思いをしているというのに、生意気ね」

 叔母の娘たちは、アリシャが買い出しに出ていることを確認して、自分たちもこっそり泉に行ってみることにしました。


「はあ……はあ……何よ、こんなに遠いなんて聞いてないわよ……」
「もう嫌……やはり馬車で来るべきでしたわ……」
「馬車が通れないからこうして歩いているのでしょう? そもそも貴女がこんなことを言い出すから――――」
「あ、泉が見えましたわお姉さま!!」
「え? ああ、本当だわ、ようやくたどり着いたのね」

 へとへとになった姉妹は泉を見つけて大喜びしますが、泉には動物たちが集まって水を飲んでいます。

「どきなさい汚らわしいケダモノども!!」
「シッ、シッ!!」

 姉妹は石を投げて動物たちを追い払います。

「ふふ、これでようやく水浴びが出来ますわね」

  
「おい、そこで何をしている?」

「何って水浴びを――――ぎゃあああああ!? ば、化け物!?」
「た、助けて、お願い食べないで!!」

 突然現れた醜い男を見て、姉妹は一目散に逃げ出すのでした。



「え? 王宮の舞踏会……ですか?」
「そうよ。王国内の未婚の貴族女性は全員招待されています。王子殿下のお相手探しが目的だと噂になっているの。しっかり準備を頼むわね」

 突然叔母から告げられたアリシャは困惑します。

「あの……叔母さま、私……着ていくドレスが……」

 アリシャが持っているのはボロボロのメイド服だけ。

「はあ? 何を勘違いしているのかしら? 貴女は水汲みがあるでしょう? 私たちが居ないからと言ってサボるんじゃありませんよ? ほら、早く娘たちの着付けを手伝いなさい」
 
「はい、叔母さま」


「お城で舞踏会ですって。どんなところなんでしょうねチュータ」

 いつものように泉に向かう森の中、アリシャは頭の上に乗っているネズミに話しかけます。先日弱っていたところを助けたネズミはすっかり元気になっていました。

「アリシャ、舞踏会に行きたいですか?」
「えええっ!? チュータ……アナタ喋れたの?」

 突然喋りはじめたチュータにアリシャはとても驚きます。

「実は私、森の精霊なのですよ。ちなみに女性です」
「あああ!!! ごめんなさい、それじゃあチューコですね」
「アリシャ……アナタはネーミングセンスだけは残念だわ……って、そうじゃないでしょう、舞踏会行きたいのかどうかって聞いているの!!」

 チューコ、森の精霊は呆れたようにため息をつきます。

「そうね、出来るなら行ってみたいですけれど、王宮は遠いですし着てゆくドレスも無いわ」

「ふふ、それなら心配ないわ。私に任せなさい」

 チューコの身体が光を放ち森全体が輝き出します。

「きゃあ!?」

 アリシャの身体に金色の蔦が幾重にも巻き付くと、緑のグラデーションが美しいドレスに変わります。森の花々や色とりどりの果物が散りばめられた宝石や髪飾りは信じられないほど精緻でアリシャの美しさを引き立てるように輝くのです。

「わあ……素敵」
「次は乗り物ね」

 チューコの声が聞こえたかと思うと、持っていた二つのバケツが大きくなっていき、白銀の馬車へと姿を変えます。

「馬も必要ね」

 いつもバケツを運んでくれていた鹿たちが白銀のたてがみをなびかせる立派な馬になりました。

「御者はあの子たちにお願いしましょう」

 二頭の黄色いクマは、立派な体格の御者と執事に早変わり。

「すごい……あ、でも招待状が……」
「それなら大丈夫、ちゃんと捨ててあるのを回収してあるわ」

 招待状は当然アリシャにも届いていたのですが、叔母は本人に見せることなく捨てていたのです。

「さあ、時間が無いわ、飛ばすわよ!!」

 白馬が力強く大地を蹴り、白銀に輝く馬車は飛ぶように森を最短距離で駆け抜けます。木々は馬車を通すためにちゃんと道を開けてくれるのです。


「あの……水汲みは……」
「はあ……本当に貴女は……大丈夫よ、私がちゃんとやっておいてあげるから楽しんで行ってらっしゃい」

 森の出口でチューコは、そう言って優しくアリシャを見送るのでした。



 その頃、王宮の舞踏会は大変な騒ぎになっていました。

 何せ王子の妃に選ばれるかもしれないのですから。誰もがこれ以上ないほどの笑顔で王子に気に入ってもらおうと必死です。

「ほら、何休んでいるの!! こんなチャンス二度とないんですから、しっかりとアピールするのです」
「でもお母さま、王子殿下に近づくだけで大変で……」
「そ・れ・で・も、行くのです!! 死ぬ気でぶつかって来なさい!!」

 アリシャの叔母たちも必死ですが、他の家も同じくらい必死。表面上は上品に振舞ってはいるものの、水面下では醜い足の引っ張り合いが繰り広げられていました。



「ルイス殿下、良いお相手は見つかりましたかな?」

「いや……残念ながら居ないな」

 その王国一と謳われる麗しい顔に笑顔はありませんでした。

「そう……ですか。おや、どうやら遅れてきた者がいるようですな」

 
「ラージャ伯爵家長女 アリシャさま~!!」

 口上が読み上げられた瞬間、人々は困惑します。なにせ表舞台からは完全に消えて存在すら忘れられていたからです。

 しかし、屈強な男たちに守られるように姿を現したその令嬢を見た人々は、驚き息を飲みます。

 輝くような緑のグラデーションのドレスは現実とは思えないほどの輝きを放ち、最高の職人でも作り出せないような見事な装飾品はこれ以上ないほどアリシャの可憐さを引き立てているのです。

 ですが、何よりも人々の目を奪ったのは、アリシャ自身の持つ透き通るような美しさでありました。

 ライバルであるはずの他の貴族令嬢たちも、まるで魔法にかかったようにポカンと見守るしかありません。


「来ていただきありがとうございます。私はルイスです。一緒に踊りませんか、アリシャ嬢」
「え? あ、あの……私お腹が空いていて……」

 アリシャのお腹が可愛らしく鳴きます。

「おお、これは気付かずに申し訳ない。向こうにささやかですが軽食を用意してありますから案内しましょう」
「わあっ!! 良かったです。私、朝から何も食べていないんです。食べるものが無かったらどうしようかと……」 

「ふふ、本当にかわいらしいお人ですね、貴女は」

 正直なアリシャにルイスはその日、初めて笑顔を浮かべるのでした。



「ルイスさま、これ美味しいです!!」 
「それは良かった。うん、本当に美味しいですね」

 すっかり打ち解けた様子で舞踏会を楽しむアリシャ。

「ち、ちょっと、あれアリシャよね? なんでこんなところに居るのよ!!」
「知らないわよ、どうしよう、なんか王子さまと良い感じになってるし」

 歯ぎしりしても今更どうにもなりません。すでに会場は二人のために隔離されてしまったので、近づくことも出来ないのです。

「二人とも、逃げますよ」
「え? 突然どうしたんですかお母さま」
「このままアリシャが王妃になったら……私たちはどうなると思っているの?」
「あ……」

 青ざめる娘たち。長い間散々こき使って苛め抜いてきたのですから、復讐されるに決まっていると叔母たちは考えたのです。そもそも勝手にアリシャの資産を使い込んだことが国王にバレたら下手をすれば死罪です。

 叔母たちは体調を理由に舞踏会を引き揚げ、その日、持てるだけの資産を持って夜逃げしました。



「今夜はとても楽しかったです、ルイスさま」
「そうか……楽しんでもらえたのなら良かった」

「あ……大変!!」
「どうしたアリシャ嬢?」

「私まだ王子さまにご挨拶してない……せっかく招待してくださったのに」
「へ? アハハハハ、なんだそんなことか。心配ない私がその王子だよ」
「え……? ルイスさまが王子さまだったんですか? わわっ!? 大変失礼を――――」
「よい、私こそ楽しませてもらったのだから」

 破顔するルイスにつられて笑うアリシャ。


「最後にアリシャ、君に大事な話があるんだ」
「はい、なんでしょう」

「私の妃になってくれないか? もう君以外には考えられないんだ」

 突然の告白にアリシャはしばし固まった後、嬉しそうに微笑みます。

「ありがとうございます。私は――――」





「アリシャ、なんで王子のプロポーズを断ったんだ?」

 舞踏会の帰り道、クマの執事が不思議そうに尋ねます。

「えへへ、なんかね、怪物さんの顔が浮かんじゃったんです」

 照れくさそうに笑うアリシャに、御者のクマも呆れる。

「まあ、アリシャらしいよね」

「はあ……でも叔母さまたちに怒られるだろうな……」

 勝手に舞踏会へ参加したことを許してはくれないだろうとアリシャは厳罰を受ける覚悟を決めます。そしてご飯抜きだけはありませんようにと祈るのでした。


「あれ? 誰も居ない……」

 アリシャが屋敷に帰ると、中はもぬけの殻になっていました。

 最初、盗賊でも出たのかと震えましたが、三人の私物や馬車がありませんでしたので、避暑地に旅行に出かけたのかもしれないとアリシャは考えます。

 怒られなかったことに安堵したものの。屋敷中散らかっていて酷い有様です。

「寝る前に片づけてしまいましょうね」

 アリシャは一人で後片付けをしてから、いつもの穴倉のような部屋で眠るのでした。


 翌日、アリシャは森の泉に向かいます。

 もちろん水汲みを命じられたわけではありません。

 昨日のことがあったから怪物さんに会いたくなったのです。

 チューコにドレスを返す前に、見せてあげようと思ったからでもありました。


 泉は今日も動物たちで賑わっています。

 ドレス姿のアリシャが姿を現すと、アリシャの周りはモフモフに囲まれてしまいました。


「あれ? 怪物さん……居ませんね?」

 一番会いたかった人に会えなくて少しがっかりするアリシャ。



「おかえりなさいアリシャ」
「チューコ!!」
「いや……その名前もう少しなんとか……って、それは置いておくとして、怪物ならもうここには居ないわ。戻ってくることはないでしょう」

「そんな……」

 苛められていたとはいえ、アリシャにとっては家族だった叔母たちに続いて、ほのかな恋心を抱いていた怪物まで居なくなってしまい、涙を流すアリシャ。

「せめて一言くらい……」

 何か事情があったのかもしれないけれど、勝手にいなくなるなんて酷いではないか。もちろん何か約束していたわけでもないので、文句は言えないことはアリシャもわかっているのですが、悲しくて涙が止まらないのです。

「元気を出しなさいアリシャ。そのドレスは貴女にあげるから。美味しい果実でも食べましょう」
「うう……ありがとうチューコ」
「うんうん、もうそれで良いわ……」

 森の精霊は、その広い心でアリシャを精一杯慰めるのでした。


 
 それからしばらくは特に変わったこともなく過ぎて行きました。

 変わったことと言えば、寝る場所が穴倉からベッドのある部屋に変わったことくらい。

 もちろん叔母たちが戻ってきたら、また穴倉へ戻るつもりではありましたが。


「アリシャさまを迎えに参りました」
「へ? 私ですか?」

 夏が終わりを迎えそうなある日、屋敷に王宮からの使者がやってきました。

「あの……私、ちゃんとしたお洋服持っていないんですけれど……」
「大丈夫です。そのために私たちがおりますので」

 数人の女性たちに囲まれてアリシャはあっという間に着替えと化粧を施されます。

「まあ、素晴らしいですよ、アリシャさま」
「は、はあ……」

 事態が飲み込めていないアリシャは曖昧に笑うしかないのです。


「あの……私、まだお昼ごはん食べていないんですけど……」

 アリシャの可愛らしいお腹の虫が鳴きます。

「ご安心を。向こうに到着すれば用意してございますので」

 馬車に揺られながら今更そんなことを心配するアリシャに、侍女もにっこり微笑み返します。



「突然呼び出してすまなかった。そして遅くなったことを詫びさせてほしい」
「る、ルイスさま? どうして……貴方が?」

 状況がわからず困惑するアリシャ。


「もう一度プロポーズをやり直したいと思ってね」
「ですから、その件は――――」

 言いかけてズキリと心が痛みます。彼は……怪物さんはもう居ないのです。


「そんな顔をしないで欲しい。私は動物たちに愛されて笑っているアリシャが大好きなんだ。真っすぐで真面目で純粋な心を持った君を心から愛している」

「え……? ルイス……さま?」

「アリシャは言ってくれただろう? 私が優しい人だって。あんな醜い私を君だけは怖がらずに接してくれた」

「まさか……怪物……さん……なんですか?」

「ああ、ずっと言えなくてすまなかった。呪いによって醜い姿に変えられて名を名乗ることも許されていなかったのだ。だが、アリシャのおかげで元の姿に戻ることが出来た」

「……呪い? それにどうして私が?」

「神聖な森を切り開こうとしたことで、森の精霊に呪いをかけられた。私は泉を守る役割を与えられ、森のこと自然の力の大切さを学んだんだ。それはとても有意義で必要な時間だったが、呪いを解くには醜い姿の私を愛してくれる女性が必要だった。私は絶望したが、そんな時に現れたのがアリシャ、君だった」

「そうだったのですね。でもそれなら、なぜ舞踏会で教えてくださらなかったのですか?」

「それは……あの舞踏会こそ森の精霊に与えられた最後の試練だったからだ。一日だけ元の姿に戻った私からのプロポーズを断って怪物である私を選んでくれたから、呪いが解けたんだよアリシャ」

「それでは、あの夜のことは全部演技だったのですか?」 

「そんなわけない。全部本心、本気で告白したんだよ。だって、森の精霊からは、アリシャにプロポーズして成功したら呪いが解けるって言われていたんだからね。実は断られたショックでしばらく立ち直れなかったんだ。呪いが解けなくなるからじゃあない。君を失ってしまったことが本当に辛くて悲しかった。その時気付いたんだ、私がどれほどアリシャを必要としていて愛しているのかってね」

 ルイスの瞳が揺れて涙が頬を伝います。


「もう一度言わせてほしい――――アリシャ、君を愛している。私の妃に……いや、ずっと側にいてくれないか?」

「ルイスさま……はい、わかりました。こんな私で良ければずっと一緒にいましょう。私も……貴方を愛しています」


 二人の影が一つに重なります。

 ハラハラしながら覗き見していた侍女や執事たちも、そっと扉を閉めると大喜びです。

 そして間もなく二人の婚約が発表されました。


 夏が終わりこれから実りの秋がやってきます。

 
 アリシャは王妃になってからも森を訪ね、泉を大切に守り続けました。

 森はますます栄え、王国はそれに比例するように豊かになっていったのです。

 いつしか森は『アリシャの森』泉は『ルイスの泉』と呼ばれるようになりました。


 え? 叔母たちはどうなったのかって? 

 風の噂では、盗賊に捕まり奴隷として売られ散々苦労したらしいですよ。あくまでも噂ですけどね。


 おしまい。

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