すべてを奪われ忘れ去られた聖女は、二度目の召喚で一途な愛を取り戻す〜結婚を約束した恋人には婚約者がいるそうです〜
24 ケセラの町に現れた者
「サクラ、こっちの裏通りから宿に向かおう」
「うん、わかった!」
アンジェラ王女の婚約に沸き立つ人だかりを避け、私たちは建物の裏手にある細い路地に出た。みんな表通りで騒いでいるようで、人はまばらにしかいない。
「サクラを囲むように移動しよう」
「「はい」」
「わかった〜」
ブルーノさんやアメリさんはもちろん、師匠までもが周囲を警戒している。やはりみんな王女の婚約に思うところがあるようだ。そのままブルーノさんおすすめの宿屋に行くと、すぐに一番大きな部屋にみんなで集まった。
「念のため、防音の魔術をしとこうか」
師匠が腕を大きく広げるとキンと音が鳴り、部屋に薄い膜のようなものができる。顔を見合わせ話すのを我慢していた私たちは、防音が始まったと同時にいっせいに話し始めた。
「アンジェラ王女が結婚って本当かな?」
「殿下から報告の手紙が来ている。強引に事を進めるそうだ」
「でもあんなに暴れてたんだよ〜? あの子が素直に行くかな〜?」
ジャレドのその言葉にみんな眉間にシワを寄せ考え込んでしまう。アンジェラ王女はカイルのことが子供の頃から好きだと言っていた。ならば絶対に了承はしていないはずだ。
「だが殿下も王女を王宮から出さないようにするだろうし、エリックにも会わせないはずだ」
「まあそっか〜、じゃあ今のうちに忘却の呪いを解いて、サクラの地位を正式に戻しておかなきゃね」
「そうだな。聖女は陛下と対等だ。警備を増やせるし、王女からの面会も断ることができる」
前回は瘴気を浄化することで頭がいっぱいだったし、異世界に来た淋しさから気楽に接してもらったけど。自分の身を守るためには聖女だと思い出してもらうのが一番早そうだ。
(今回は聖女という地位をとことん利用していこう! 私とみんなのためだもん!)
二人はその後も教会の警備について話し合っている。師匠は教会全体に登録者以外を入れないようにする結界を張ると言っているし、王女が隣国に行くまで引きこもっていれば無事でいられそう。
「明日は夜が明けたらすぐに出発しよう。そしてケセラに着いたらすぐに呪いを解きたいのだが、サクラの魔力は大丈夫だろうか?」
「じゃあ、調べてみよう〜! サクラ、お手!」
「「怒りますよ」」
私とカイルの声がシンクロし、顔を見合わせる。なぜか私たちよりもまわりの皆のほうがニヤニヤしているのが気になるけど、知らんぷりして師匠に向かって手を差し出した。
「おお〜凄いじゃないか! もう以前と同じくらいに戻ってるよ」
「たしかに……なんとなく魔力の感覚を取り戻した感じがします」
一年も魔力とは関係ない生活をしていたから感覚が鈍っていた。正直に言うと浄化のコツもちょっと忘れている。
(でも明日は絶対に成功させなきゃ! そして呪いを解いたらさっさと教会に引きこもる!)
結局私たちは食事を終えると、明日に備えすぐ寝ることにした。それでも解呪のことを考えるとドキドキして眠れず、私は無意識に胸元を探っていた。
(そうだ、もう無いんだった……)
探していたのは、ケセラの町でカイルと贈り合ったネックレス。お互いの魔力を入れた小さな瓶のチャームがついていて、それをかけながらカイルが私にプロポーズをしてくれた。
日本に戻されて淋しい時、もう一生会えないんじゃないかと不安になった時。いつでもそのネックレスにふれると、気持ちが落ち着いた。
(でも今はまたこの世界に戻ってきて、カイルがずっと隣で守ってくれてる。ネックレスのことを忘れても、私に誓ってくれた……)
その思い出がなによりのお守りだ。ネックレスはアンジェラ王女に壊されてしまったけど、私とカイルの絆は切れるどころか強くなっている。
(絶対に浄化を成功させてみせる……!)
そう強く心に誓うとスッと緊張がほどけていく。私はゆっくりと瞼を閉じると眠りについた。
「おはよう、サクラ! 顔色は良いけどよく眠れただろうか?」
「カイル、おはよう! けっこう寝られたよ。魔力も体にみなぎってる感じがする」
師匠に確かめてもらったら、予想どおり魔力が完全に戻っているらしい。
「これなら何回か浄化を失敗しても平気だと思うよ。緊張せずにやれそうで良かったね~」
「はい! じゃあ急いで出発の準備をしてきますね」
軽く朝食を取るとすぐに出発だ。外に出るとまだ人はまばらで、通り過ぎる人たちはみんな赤い顔で欠伸をしている。もしかしたら昨夜はアンジェラ王女の結婚を祝って飲み明かした人が多いのかもしれない。
(これから行くケセラの町も一緒かな? 人が少ないうちに呪いを解きたいから好都合かも!)
そんなことを考えていたら、カイルも同じように思っていたみたいだ。
「ちょうどいいな。たぶんケセラも酔っ払いが多いだろうから、人が多くなるのは昼過ぎだろう」
「そうだね。怪しい人がいたら見つけやすそうだし今のうちに出発しよう」
ケセラは国境付近の町だ。出発地点であるカレブの町からは少し時間がかかる。私と師匠は魔力を消耗しないよう、横になりながら話していた。もちろん添い寝状態にならないよう、真ん中にはカイルが座っている。
「私たちがケセラの町に行くことは、アンジェラ王女たち気づいてないですよね?」
「アルが僕たちを裏切ってバラしてなきゃね~」
「殿下が言うわけないだろう。それにこんなに早く呪いが解かれるとは予想していないはずだ」
「まあね。いったん魔力がゼロになると、戻すのにひと月はかかるから。そういった意味ではサクラは異常に早いね」
(それならエリックは私たちがまだ教会にいると思ってるよね。それに結界の穴から解呪すること、彼は思いついていないのでは……)
「もうすぐケセラに到着します!」
馬車を動かしているブルーノさんの声が聞こえてきた。町の少し手前に馬車を置き、私たちは周囲を警戒しながらケセラの町の入り口まで歩いていく。
「万が一王女たちが来ていたら、僕がサクラを連れて教会に転移するからね」
「……わかりました。悔しいですが、ジャレド氏のほうが安全にサクラを転移させられるでしょうから。なにかあったら頼みます」
そう言ってカイルが私のほうを振り返ると、アメリさんが怯えた声を出した。
「カ、カイル様、あそこに人影が……。こっちを見ているようです」
するとカイルを筆頭に、師匠とブルーノさんが私とアメリさんを囲むように動いた。町の入口に立っているのは大柄で背が高い男性らしい。黒いフードをかぶって、誰かを待っている様子だ。
「僕、目が悪いんだよね~。あれ誰かわかる? 町の人? 用心棒かなにか?」
「瘴気のせいでケセラは治安が悪くなっているとは聞いていますが、あれは……」
急に引き返したら、怪しまれてしまうだろう。不自然に思われないよう歩く速度を遅くし、じりじりと町の入り口に近づくと、駆け寄ってくる足音と男性の声が聞こえてきた。
「カイル団長!」
「ケリー!」
(え? カイルの部下のケリーさん?)
ひょこっとカイルの背中から顔を出すと、同時に目の前の男がかぶっていたフードを取った。私と目が合うとニカッという音が聞こえそうな笑顔で話しかけてくる。
「聖女様! お元気そうで良かった。ケセラまでは遠くて大変だったでしょう? 団長がむやみやたらに抱きついて鬱陶しくないですか?」
「おまえ、なにを言っているんだ。それに俺の許可なしにサクラに話しかけないでくれ」
「え? そこまで重症なんですか? 殿下に報告しなきゃ……」
懐かしい二人のやり取りに緊張で固まっていた心がほぐれていく。真面目なカイルをずっと支えてきた腹心のケリーさんは、前回の旅でも私たちが一緒にいるのを見てはカイルをからかっていた。
「鬱陶しくなんてないですよ。カイルにはいつも守ってもらってますし、それに――あれ? ケリーさんシャツに血がついてますよ?」
「え? また? 本当だ。実はこの前アンジェラ王女を教会から追い出す時に、怪我をしたみたいなんです。それが膿んじゃったのかな? お見苦しくてすみません」
ケリーさんはポケットからハンカチを出すと、血が出ている部分を覆うように巻いた。
「化膿したのではないか?」
「かもしれません。小さい傷なのですが……」
するとそれをじっと見ていた師匠がいきなり私をかばうように前に立った。そしてケリーさんを睨みつけながら、耳を疑うようなことを言い放った。
「おまえ、サクラを裏切ったのか?」
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