すべてを奪われ忘れ去られた聖女は、二度目の召喚で一途な愛を取り戻す〜結婚を約束した恋人には婚約者がいるそうです〜
21 嫉妬心と誓い カイルSIDE
「初めてカイルが教会に来た時ね、師匠の体を浄化する練習をしてたの。そしたらあなたは私と師匠が恋人で、遊んでるだけなんじゃないかって疑ったんだよ!」
目の前にいるサクラはくるりと振り返ったあと、はにかんだような笑顔で俺との思い出話をし始めた。
「なに! そんなことを俺が?」
「ふふ。そのうえ君には聖女の役割をやり遂げられないだろうって、私を馬鹿にしたの!」
「本当なのか?」
(信じられない! いくらなんでも初対面の女性にそんな失礼なこと……)
本当にそれは俺なのか? と戸惑っていると、サクラはクスクス笑って当時の俺が勘違いした理由を教えてくれた。
「本当だよ。ただね体に入った瘴気を浄化するのは服の上からじゃできないの。だからカイルが来た時の師匠は上半身裸で私は素手で背中をさわってたから、あなたは私たちが卑猥なことをしてるって勘違いしたんだよ」
「そ、そうだったのか……」
上半身裸のジャレドと、その体をさわるサクラ。その様子を想像しただけで胸の奥がチリチリと痛む。
(ジャレドの体にふれているのは治療だとわかっているのに……)
自分の心の狭さに、思わず大きなため息が出る。サクラが現れてからというもの、何回も味わったこの苦しい感情。恋愛に関して経験値がまったくない俺でも、これが嫉妬だというのはわかっていた。
俺が昔のサクラを覚えてないのも関係があるのかもしれない。一番見ていてつらいのは、やはりジャレドだ。二人にしかわからない親密さが垣間見えると、どうしても自分の不甲斐なさから彼をやっかんでしまう。
(さっきも二人にしかわからない言葉で笑い合ってて嫉妬で見ていられなかった……なさけない)
もちろん彼らに恋愛感情があるようには見えないが、二人には家族のような親愛の情で深く結ばれている気配があるのだ。特にジャレドはサクラを気に入っているのだろう。ヘラヘラと笑っているけれど、彼は自分の命を削ってでも呪いを解いたのだから。
飄々とした態度で始まった、口封じの呪いの解呪。なんの説明もなく始まったが、ジャレドは今までにない真剣な表情でサクラの体から呪いを解こうと必死になっていた。
最初はサクラがジャレドに首を絞められているように見えて驚いたが、すぐに彼の顔からは汗が吹き出しとんでもないことが始まったことを理解した。そのままサクラが苦しみもがく姿に爪が食い込むほど拳を握り、なにもできない悔しさに歯を食いしばる。
(見ているだけしかできないなんて……! それにサクラは息ができないのじゃないか? クソ! なんでサクラがこんな目に!)
皆が固唾を呑んで見守りようやく解呪が終わった瞬間、二人は同時にふらつき倒れた。俺がサクラを司教様がジャレドを受け止める。息苦しかったのだろう。サクラの顔は真っ赤になって汗だくだった。
それでも俺の瞳を見つめ、絞り出すように口を開いた。
「……カイル。ただいま」
目の前にいたのが俺だったから、ただそれだけの理由かもしれない。それでもサクラの第一声が俺の名前だったことに、全身が震えるほど幸せだった。
彼女の頬にポタリと滴が跳ね、そこでようやく自分が泣いていることに気づく。涙なんて子どもの頃に騎士の訓練で悔し涙を流して以来だ。俺は眠ってしまったサクラの体をソファーに寝かせると、ジャレドにお礼を言おうと彼のもとに駆け寄った。
「ジャレド氏……だ、大丈夫ですか?」
「うっ……ゲホッゲホ」
ジャレドは口に手を当て床に座りこみ、嘔吐するのを我慢するように何回も咳をしている。顔色も真っ青でさっきよりも脂汗がひどくなっていた。
「ジャレド! しっかりしろ! おい、血を吐いているじゃないか!」
「カハッ……ふぅ……伯父さん、も、もう大丈夫だから……」
「大丈夫なわけないだろう! ブルーノ! 薬を持ってきてくれ!」
立ち上がる気力もないのか、ジャレドはその場にごろりと寝転がり息を整えている。口の端にはたしかに血を吐いた痕があり、いつもヘラヘラと笑っている印象の彼からは程遠い姿だった。
「……命を削ったのか?」
ぽつりと司教様がジャレドの汗を拭きながら呟いた。その言葉に殿下も小さくうめき声を出し、俺も胸の奥をグッと押されるような重苦しさを感じる。
それでもジャレドはいつものようにヘラリと笑い、口元の血を拭った。
「……そりゃそうだよ。やり方は瘴気の浄化と一緒だもんね。一度自分の体に呪いを入れて聖魔力で浄化しているんだからさ。それにしてもサクラは苦しかっただろうな。まるで煮えたぎった油を飲まされているかと思ったよ」
ジャレドはゆっくりと起き上がり、ゴクリと薬を飲んだ。すぐに効果があったのか少し顔色も良くなってきている。ふうっと大きなため息を吐くと、俺の顔をチラリと見た。
「かわいそうに。浄化の時だって高熱を出しながら、この国のために頑張ったのにね。理不尽に元いた世界に戻され、また召喚。そのうえかつての仲間に処刑されるところだったとは……」
「そ、それは……!」
反論するつもりはない。本当にジャレドの言うとおりだ。むしろ彼は一度目の彼女を知っているからこそ、二度目のこの状況が悔しいのだろう。呪いの痛みを経験したことでよりいっそう彼の言葉に重みを感じ、誰一人として口を開くことができず黙っていると、ジャレドのクスッと笑う声が部屋に響いた。
「ごめんごめん。さすがに意地悪だったね。……たださ〜サクラは自分からこんな愚痴は言わないだろうから、みんなに知ってもらいたかっただけだよ」
「いや、言ってくれてありがたい。俺はサクラの気持ちを一番大事にしたいから」
ぐっと拳を握りそう言うと、ジャレドは思いの外優しい表情で笑った。
「それならいいよ〜。あとは刺激を与える程度に、サクラに魔力をわけてあげて」
「ああ、わかった」
俺が真剣な表情でうなずくのを確認すると、ジャレドは司教様たちに向かって話し始めた。
「そういえばサクラがどうして王宮に現れたのか見当がついたよ〜」
「本当か!」
「伯父さんからの手紙に書いてあったけど、サクラが元いた世界に戻されてから教会で聖女召喚をしたんでしょう?」
「ああ、しかし失敗に終わって……もしかしてその召喚で彼女はこの国に来たのか?」
「たぶんそう。でもサクラには呪いがかかってたから、時間と場所がずれたんだと思う」
すると今度はアルフレッド殿下が疑問に思っていたことをジャレドに聞き始めた。
「だが聖女に関しての記述がないのが不思議だ。教会側にもなにかサクラさんの召喚に関して書き残していなかったのだろうか?」
「きっと書類は残ってると思うよ〜」
「え? じゃあなぜ?」
「みんなが呪われてるから見えてないだけじゃないかな?」
そう言うとジャレドは紙にサラサラとなにかを書いた。しかしペン先にインクがついていないのか、なにも見えない。いやなにかあるのはわかるのだが、判別できないのだ。
「サクラという名の聖女を召喚したって書いたけど、これ読める?」
「……いや」
「ふ〜ん。言葉で言うのは理解できるけど、紙に書かれるとダメみたいだね。これは研究しがいがある……」
魔術師としての血が騒ぐのか、ジャレドはニヤリと笑っている。
「それなら王宮の書類も見えないだろうな」
「だろうね。でもまだサクラのことは秘密にしておいて。聖女が現れたとなったら大騒ぎだよ。前回はあっという間に国中に聖女が現れたって広がって、教会に瘴気で困ってる人がたくさん押しかけたんだから!」
この様子じゃ彼まで駆り出されるほど大変な状況になったのだろう。昔のことを思い出したのか、ジャレドはブルッと震えている。
「それにきっと君の妹もそれが気に食わないんだろうね。サクラが現れる前は自分がこの国で一番だと思ってたんだもん。それなのにサクラが現れたとたん、みんな聖女様聖女様って大喜び。顔もかわいいし優しくて真面目。そのうえ親しみやすいから聖女サクラは民衆にも大人気だったからね〜」
(そうだったのか……アンジェラ王女のあの執着ぶりはおかしいと思ったが、そんな背景があったのか)
「とにかく我儘放題に育った彼女が、さっきのアルのお説教で改心するわけないよ。聖女は陛下と同じ地位だから、自分が頭を下げないといけない。そのうえ憧れの騎士様もサクラに取られちゃったんだからさ〜」
「え……今なんと?」
(今の言葉……もしかして俺とサクラは恋人同士だった?)
ジャレドは俺が反応したからか、気まずい顔で口を押さえている。
「ジャレド氏! その……俺とサクラはどういう関係だったのだろうか?」
するとその質問を聞いたジャレドは、じっと俺を見つめなにも話さない。しばらくそうして沈黙したあと、彼はふうっと息を吐き口を開いた。
「……さあね。サクラは君と最初に会った時どんな顔をしてたの? あの子は表情に出るから、それで彼女の気持ちは十分わかるんじゃない?」
その答えにズキンと胸の奥が痛む。
忘れもしない。初めて目が会った時の彼女の嬉しそうな顔。俺に会えた喜びが全身からあふれていた。
しかしそこからサクラの表情は困惑し、そして絶望へと変わった。変えたのは俺だ。もし以前の彼女が俺のことを愛してくれていたなら、恋人の手によって崖から突き落とされると知った時どれだけつらかっただろう。
いや、その前に俺は彼女に剣を突きつけ傷つけた。たとえ俺がした行為をサクラが許してくれても、気持ちが離れてしまっていてもおかしくない。
(なぜ俺は覚えていられなかったんだ……! 後悔してもしきれない……)
それでも心の奥にある「サクラを幸せにしたい」「誰にも渡したくない」という想いを手放すことはできなかった。
「あ〜もう! カイル暗いよ! サクラはね、自分の好きな人には笑っていてほしいんだよ。だからそんな罪悪感まみれの顔でいるより、冷たくしたぶん甘やかしてあげればいい!」
そう言うとジャレドはフンと鼻で笑った。彼らしい俺への助言だ。
「なんだジャレド。おまえも人の気持ちがわかるじゃないか」
からかうような司教様の言葉に、彼はニヤリと笑って振り返る。
「何言ってるの伯父さん。僕は誰かに恋するのも好きだけど、人の恋路も好きなんだよ。かわいい弟子の恋ならなおさらね」
ふふんと意味深に笑うジャレドは、茶化しながらも俺たちの恋を応援しているのだろう。俺はその気持ちに応えるように、ゆっくりとうなずいた。
「そしたらね……カイル、聞いてる?」
目の前のサクラは過去にこの練習場で俺に見せた浄化の話をしている。身ぶり手ぶりでその時の様子を語る姿はとても可愛らしい。
(嫉妬している場合じゃない。俺もジャレドもそして記憶が戻ったら大勢の人が、サクラの笑顔を見たいはずだ。ならば俺がするのは彼女を守って記憶を取り戻すこと!)
グッと握った拳に力を込め、俺は心の中でそう誓った。
「聞いてるぞ。それでサクラの浄化を見た俺は、ちゃんと謝ったのか?」
(妙なことをしてないといいが……自分の行動なのに不安だ)
「謝ってくれたよ。でもね、その前にこうしたの!」
そう言うとサクラは両腕を下から上へすくい上げるように動かした。まるで小さな子どもを持ち上げて遊んでいるような仕草だ。もしかして俺が彼女にしたのか?
「こんなに美しい浄化は初めてだって褒めて、私を聖女だって認めたの。こうやって私を持ち上げたのよ」
「ほう、こうやってか?」
「きゃっ!」
過去をなぞることで、また二人の思い出になるならやっておきたい。そう思った俺はサクラをひょいっと抱き上げると「この後はどうしたんだ?」と尋ねた。
「……私が降ろしてって言って、それであなたが謝ってくれたの」
「その時、俺は君にひざまずいたか?」
「え? う、うん。そうだけど」
「そうか。じゃあもう一度誓わせてくれ」
「へ?」
真っ赤な顔で説明してくれたサクラを地面に降ろすと、すぐさま足元にひざまずく。きっと過去の俺も彼女を守りたいと誓ったはずだ。
そっと彼女の手を取り、自分の額に当て目を閉じる。サクラの手はほんの少し震えていた。
「私カイル・ラドニーは王から賜った剣と神から授かった聖なる力で、あなたを命かけて生涯守ることを誓う」
ゆっくりサクラの顔を見上げると、彼女は大きな瞳にあふれんばかりの涙を溜め俺を見つめていた。
「……あの時だってそんな誓いはしなかったよ?」
立ち上がり彼女の頬にふれると、ポロリと涙が零れ落ちる。赤く上気した顔に潤んだ瞳で見つめられ、俺は自然と彼女を抱き寄せていた。
「それなら過去の俺は愚か者だな。まだ思い出せないが、きっと昔の俺もサクラに恋していたはずだ。だからずっと君を守ると誓わせてくれ。それにもう誓ってしまったからな。取り消しはできないぞ」
彼女の乱れた髪を一房耳にかけながら笑うと、サクラは少し驚いた顔をして呟いた。
「あの時と一緒……その笑い方好き。えへへ」
少しはしゃいだ声とともに、サクラが俺の背中にぎゅっとしがみついた。俺はゆっくりと彼女の背中に回した手から魔力を流し込む。小さく「ん……」と反応したサクラにこっちまで顔が赤くなってしまったが、お互いの顔が見れなくてちょうどよかった。
「必ず君のことを思い出してみせる」
「……うん。私もカイルに思い出してもらいたい」
どこからか鳥のさえずりが聞こえ、心地よい風がサクラの細い髪をサラサラと揺らしている。俺はさらに力をこめて彼女を抱きしめ、ゆっくりと魔力を流し込んでいた。
(ジャレド氏には本当に感謝しなくては……彼のおかげでサクラとの絆が深まった気がする)
しかしそんな彼への感謝の気持ちは、夜明け前に吹き飛ばされた。ドンドンドンと宿泊している部屋の扉を叩かれ、サクラになにかあったのかと驚いて飛び起きると、待っていたのは目をギラギラさせたジャレドだった。
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