すべてを奪われ忘れ去られた聖女は、二度目の召喚で一途な愛を取り戻す〜結婚を約束した恋人には婚約者がいるそうです〜

四葉美名

20 忘却の呪いの解き方

 
「殿下! それではサクラの記憶はどうするおつもりですか! この国のために違う世界から召喚され、体に負担をかけてまで浄化したのですよ! それなのにこんな仕打ちは……納得できません!」


 ぶるぶると震えるほど拳を握りしめ、カイルは殿下を睨みつけている。


 たった一年ほどの付き合いだけど、彼が殿下に対してこんな態度を取ったのを初めて見た。いつも臣下として殿下に忠実だったカイルが、私のために逆らっている。


 その態度に殿下も驚いた顔でカイルを見ていた。


「カイル、気持ちはわかるが今国境の近くにはかなりの瘴気が渦巻いている。そのことは報告があったからわかっているだろう?」
「それはそうですが……」
「私だってなんとかしてサクラさんの記憶を取り戻したいが、結界が壊れれば瘴気が一気にこの国を襲ってしまう。そうなれば私はこの国の王太子として聖女である彼女に、浄化を頼まなくてはならない」


 アルフレッド殿下もつらい表情で私を見ている。彼は一度目の召喚の時にも、浄化の大変さを思いやってくれていた。それでも彼はこの国の王太子。たくさんの国民が病気になるのと私の記憶では、選ぶのはもちろん決まっている。


(それに私だってそんなの嫌だよ……)


 カイルだってこの国の騎士団長だからわかってるのだ。私は苦々しい顔で黙り込む彼の腕に手をかけ、にっこりとほほ笑んだ。


「カイル、私のことを考えてくれてありがとう。でもね殿下の言うことは正しいし、あなただって国民が苦しむところは見たくないでしょう? それに私だってせっかく一年もかけて瘴気を浄化したんだから、自分の記憶と引き換えに台無しにしたくないんだ」
「しかし、それでは……」
「うん。もちろん皆に思い出してもらえないのは悲しいけど、これから新しく思い出を作っていければそれでいいよ!」


(一緒に過ごした過去を共有できないのは淋しいけど、みんなと元気に過ごす未来を大切にしたい……!)


 そう言ってカイルの手をぎゅっと握ると、ようやく彼の表情が和らいだ。私の髪を優しく撫で、自分の胸に引き寄せる。


「でも俺はあきらめないからな」
「……ありがとう。いつか思い出してもらえたら嬉しい」


 あせらないでいこう。私が聖女で過去に一緒に過ごしたことを知ってもらえただけでもありがたい。そのうえカイルは私への感情が残っているように思える。


(たとえ思い出してもらえなくても、また積み上げていけばいい)


 みんなが見ているのはわかっているけど、私はカイルの気持ちに応えるように彼の背中に手を回した。


「サクラさん。私も王宮に保管してある魔術書を調べてみます。ジャレド手伝ってくれよ」
「そうだな。教会にも残されているかもしれない。そちらも探してみよう。ジャレドしっかりやるんだぞ」
「え〜」


 殿下と司教様に突然仕事を命じられた師匠は、あからさまに面倒そうな顔をしている。その様子にみんなが注意しようとすると、あわてたジャレドは「待って待って!」と遮って話し始めた。


「忘却の呪いは、サクラが頑張ればなんとかなるかも!」
「えっ? 私ですか?」


 驚いて師匠のほうを振り返ると「そうだそうだ! この手があったな〜」と上機嫌だ。なにか良い方法を思いついたみたいで、楽しそうに説明し始める。


「アルたちが言う瘴気が増えてる国境近くの場所って、ケセラの町だろう? その場所はサクラが唯一塞がなかった結界の穴がある場所だ。サクラはそれを修復する前に、エリックによって元の世界に戻されてる」


 たしかにケセラの町は私が最後に行った場所だ。そこでカイルにプロポーズしてもらったからよく覚えている。


「だからちょうどいいよ。サクラの聖魔力の回復を待って、君がこの国の結界を修復すればいい。その時に解呪の魔法陣を同時に発動させれば、君自身が結界の呪いを解けるはずだ」
「私が呪いを解く……?」


(つまり私の魔力が回復して瘴気を浄化できるようになったら、解呪の魔法陣の上に立って魔術を発動させればいいのかな?)


 瘴気を聖女の力で浄化すると、「聖気」になって結界に届く。忘却の呪いはその「聖気」を利用して結界ごと魔術をかけたのだから、逆をすればいいってことか。


「それなら瘴気もサクラさんの記憶の問題も、一緒に解決しそうだね」
「そうそう。サクラの世界で言う『イッセキニチョー』だね」


 パチンと指を鳴らしジャレドが私にウインクをした。私がよく「こうすれば一石二鳥ですよ!」と言ってたからか、師匠はその意味を知ると面白がって使うようになったんだよね。皆がお辞儀を真似したみたいに、師匠も日本語の言葉を使ってたのは楽しい思い出だ。


「ふふ。師匠覚えてたんですか。その言葉」
「よく言ってたからね。僕この言葉大好きだよ。お得って感じがする!」
「私もです」


(やっぱりこうやって昔の話ができるのは嬉しいな。頑張って魔力を溜めて、カイルや皆とも話をしたいから頑張ろう!)


 思いの外早く解決しそうで私は嬉しくてカイルの顔を見上げる。でもなぜか彼の顔は淋しそうで、声をかけるのをためらってしまった。


(どうしたんだろう? 疲れてるのかな?)


 私が隣でじっと見つめていてもカイルは視線に気づかない。なにか考え込んでいるようだから、そっとしておこうかな。そう思った私は再び師匠の話に耳を傾けた。


「魔法陣はすぐ作れるから、それまではいっぱいカイルに聖魔力をもらっておいて――ケホッゲホッ」


 話の途中で急に師匠が咳き込んだことで、私の視線がカイルから師匠に移った。しかも顔色も悪くて汗をかいている。私はあわててジャレドの元に駆け寄った。


「師匠! 大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」
「……ああ。ほら、今日はみんなに責められるし、いっぱい喋ったから疲れちゃった〜」


 ヘラリといつもの調子で笑っているけど、やっぱりつらそうだ。私が背中をさすると、シャツが汗で濡れている。すると司教様が師匠の肩をポンと叩き、ブルーノさんたちを呼んでくれた。


「ジャレドを客室に案内してやってくれ。今日はもうみんな疲れているだろう。昼の食事もまだだったから休憩しよう」


 そういえば今日はいきなり師匠が現れて、そのうえ王女たちまで来たからまだ昼食を食べてなかった。そのことに気づくと、とたんにお腹が空いてくる。思わず音が鳴りそうなお腹を押さえると、それを見た殿下がクスッと笑って立ち上がった。


「では私は王宮に帰ります。カイル、ケリーを貸してくれないか? アンジェラたちの対処をしたら、報告がてらまた教会に戻ってもらおうと思うのだが」
「わかりました。ケリー頼んだぞ」
「は!」


 そのまま急ぎ足で殿下とケリーさんは部屋から出て行き、師匠も客室に案内されて行った。残った私たちは司教様の計らいで、アメリさんやブルーノさんも一緒に食事を取ることになった。


「うわ〜! 教会のシチューだ! 嬉しい!」
「サクラ様はシチューがお好きなんですか? 他にどんな好物がありますか? 私知っておきたいです!」


 懐かしい味を満喫していると、アメリさんとブルーノさんが興味津々の顔で私を見ていた。


(最初に召喚された時も、こうやって私の好みを知りたがってたなぁ。記憶がなくてもまたこうやって親しくなれるなら楽しい!)


「えっと、まずはこの野菜たっぷりのシチューでしょう。あとはデザートのフルーツプディング。塩味の白パンも好きだよ! あと、アメリさんも大好きな野いちごのジュースも!」


 そう言うとアメリさんは目をキラキラさせて喜んでいる。


「私の好みも覚えてくださっているんですね! 料理人も喜びます!」
「ミリアさんだよね! 彼女の作るお惣菜のパンが大好きだって伝えてほしい!」
「ふふ。わかりました!」


 今日はちょっと甘みのある黒パンだけど、もちろんこれも美味しい。焼き立てのパンを食べられるのは、日本で暮らしていた私には贅沢な食事だ。


「他にはありませんか? 私たちが以前していたことがあれば教えてください」


 今度はブルーノさんが質問してきた。基本的に身の回りの世話はアメリさんがしていたけど、私は彼からもらって大事にしていた物があった。


「あのね、ブルーノさんが作ってくれた花のポプリが欲しいの。ブルーノさんの生まれた地方に咲く花で、枕に入れるとよく眠れるからってプレゼントしてくれたんだけど……わかるかな?」


 するとブルーノさんの優しいブラウンの瞳が一気に輝き出した。


「シュリの花ですね! もちろんですとも! すぐに作ってお渡しします! うわあ……嬉しいな。サクラ様は本当に私たちと仲良くしてくれていたのですね」


 二人は顔を見合わせ、本当に幸せそうにほほ笑んでいる。私もその姿を見ているだけで、まるで昔に戻ったみたいで嬉しくなってきた。


(話せるって最高! さすがに二人の恋心については聞けないけど、記憶が戻ったら根掘り葉掘り聞いちゃうからね!)


 含み笑いをしながら隣に座るカイルを見ると、また彼の表情は落ち込んでいるように見えた。


「カイル? さっきからどうしたの? 体調が悪いの?」


 そっと服を引っ張り様子をうかがうと、カイルは心配する私を苦笑いして見つめ返した。


「……いや、そんなことはない。ただ今日はいろいろあったから情報を整理するのが大変だったんだ。そうだ、サクラ。食べ終わったようだから少し散歩しないか?」
「うん! 行きたい!」


(そうだよね。混乱してるのは私だけじゃない。いきなり犯罪者だと思ってた私が聖女で、しかも過去に一緒に過ごしてたなんて聞いたら驚いて当たり前だよ)


「中庭にでも行こうか。今の時期なら花が綺麗だと思う」
「そうだね。ちょっと外の空気を吸いたいし」


 食堂から外に出ると私たちは一階に降り、中庭に向かって歩きだした。教会は召喚されてからずっと過ごしてきた場所だ。私が迷いもせずスイスイ歩いていくので、カイルは「やっぱりサクラは聖女なんだな」と呟いている。


「懐かしいな〜! あれ……あそこ」


 目に入ってきたのは、中庭とは逆方向に進む廊下だ。一度目の召喚でよく通ったその先にある場所を思い出し、胸がドクンと跳ね上がる。あそこは、あの先には。心臓がトクトクと早鐘を打ち、気づいたら私はカイルの手をつかんでいた。


「カイル! こっちに来て!」
「え? どうしたんだ急に?」


(お庭も良いけど、もっと素敵なところがあったの思い出した!)


 私は戸惑うカイルをぐいぐい引っ張り、その場所に連れて行く。その行動さえすごく懐かしくて、ほんの少し目の奥が熱くなってきた。


「ここは……?」
「ここは私が瘴気の浄化を練習してた場所なの。それとカイルとの思い出の場所!」


 初めてカイルと会った日、私が聖女だと証明するために浄化を見せた練習場。この場所はあの時とまったく変わりなく、カイルと一緒にいるとまるで時間が戻ったようにすら思える。


 私はくるりと振り返ると、少し照れくさそうに微笑むカイルに昔話をすることにした。

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