すべてを奪われ忘れ去られた聖女は、二度目の召喚で一途な愛を取り戻す〜結婚を約束した恋人には婚約者がいるそうです〜

四葉美名

15 サクラにかけられた呪い

 
「せ、聖女だと!? それは本当か? ジャレド!」
「ジャレド! サクラを離せ!」


 カイルと司教様が同時に叫び、気づけば師匠はカイルに胸ぐらをつかまれていた。あわてて二人の間に入って止めようとしたけれど、私の身長が足りないから二人の睨み合いは一向に止まらない。


 それでも凄んでいるのはカイルだけで、師匠はヘラヘラと笑って余裕の表情だ。


「もう〜なんなの? カイルはサクラのこと忘れてるくせに、独占欲だけはあるんだから」
「くっ……! しかし! 気軽に女性にふれてはいけない!」
「はあ? カイルだってさっき、サクラのこと抱きしめてたじゃないか?」
「う……ぐう、しかし――」


 終わりそうにない不毛な言い争いにオロオロしていると、司教様が苛立ったように二人を引き剥がした。


「二人とも、そんなことは後にしてくれ! それより彼女が聖女だというのは事実なのか?」


 その言葉に師匠はクスッと笑い、また椅子に座った。


「事実も事実。僕が魔法陣を作って、伯父さんが聖魔力で発動させてサクラを召喚したんだ。覚えてないみたいだけど〜」


 どうやら師匠は「自分だけが知ってる」というこの状況を、楽しんでるみたいだ。お小言を言う二人への良い仕返しだと思ってるのだろう。口笛を吹いて「質問があるならどうぞ〜?」なんて、くつろいでいる。


 すると二人は師匠の煽りにも気づかず、待ってましたとばかりに質問し始めた。


「ジャレド氏、なぜあなただけ、サクラのことを覚えているのですか?」
「それにジャレド、彼女には聖魔力どころか、魔力すらないのだ。それはどういうことなんだ?」
「しかも彼女はなぜか話せない。話そうとすると喉を痛がるのだが、その理由も知っていますか?」
「彼女はいきなり王宮に現れたそうだが、おまえが呼び寄せたのか?」


 二人の猛烈な問いかけに、師匠は自分で質問を募集したくせに、うんざりした顔をしている。


「ちょっと待ってよ〜! 質問が多すぎる。それでまず、なんだって? サクラのことをなんで覚えてるかだっけ?」
「そうです。なぜあなただけ彼女のことを覚えているのですか?」


 カイルは小さな声で「納得がいかないのだが」と呟き、師匠の顔をじとりと見ている。するとジャレドはその憮然としたカイルの顔を鬱陶しそうに手で払いのけ返事をした。


「そんなの俺が知りたいよ。反対になんで伯父さんたちは忘れてるわけ? じゃあ、次はなんだっけ? え〜っと……サクラに魔力がないってことだったな。じゃあ、見てみようか」


 まったく知りたい答えになっていない返事を返され、カイルはため息を吐きながら私の魔力の件について話し始める。


「彼女の魔力は、王宮でもここでも検査板ですでに調べました。どちらもなんの反応もなかったのです」


 少し呆れたようなカイルのその言葉に、師匠は鼻で笑って私のほうを振り返った。


「ふ〜ん。見くびってもらっちゃ困るな〜。僕は天才魔術師なんだよ? 魔力の流れくらい本人にさわればわかる。ではサクラ、こっちにおいで」


 師匠が私に向けて手を差し出し、私もそれに従った。


(魔力の流れを見てもらうのは初めてだけど、魔術に関して師匠は天才だ。きっと原因がわかるはず!)


 一瞬カイルが私の手を止めようとしたが、司教様に「カイル様……」と呼びかけられ思い直したようだ。そのかわり、私の後ろにピッタリとくっついて、師匠の監視をしている。


「じゃあ、サクラ。目を瞑ってね〜」


 指示通り目を瞑ると、師匠が私の両手をつかんだ。そのままじっとしていると、なにやら顔の近くで人の気配がしてくる。すると突然、私の体がふわりと持ち上がった。


(え? え? な、なに?)


 目を開けると私はカイルに抱き上げられていて、師匠は呆れ返った顔でカイルを見ていた。


「ジャレド氏! 今しようとした行為は、本当に魔力を調べるのに必要なのですか?」


 抱えていた私を降ろしサッと背中に隠すと、カイルは一歩前に出て師匠に詰め寄っている。しかし師匠もひるまない。


「必要だよ! おでこを合わせて、魔力の流れを調べるの! 伯父さん、カイルをサクラから遠ざけてよ。話が進まないから」


 そう言うと、カイルの後ろにいた私の腕をつかんで引っ張っていく。


「カイル様……」
「くっ……!」


 司教様に咎められたら、カイルも引き下がるしかないみたいだ。それでも師匠を威嚇することは止めないようで、ジロジロと睨んでいる。


(もしかしたらさっきのは、はたから見たらキスする前みたいだったのかも……)


 お互いの両手をつないで額をコツンとする様子は、キスする前の行動そっくりだ。真面目なカイルにとって、人前で男女が顔を近づけるなんてあり得なかったのだろう。驚いて止めるのも当然だ。


 しかし我が師匠にそんなデリカシーは全くない。再び私の両手をガシッとつかむと、お互いの額をくっつけた。


「さ〜て、これからサクラに僕の魔力を流すからね」


 私はコクンとうなずくと、目を瞑る。しばらくすると、つないだ手からじわりとなにかが流れてくるのを感じた。


(なにこれ。温かい……)


 私の体の中に、温かくて心地よい液体のようなものが巡っている。手のひらから腕に、肩から頭とお腹に。スルスルと血管を通っていくように、師匠の魔力が全身に届けられていく。


 どのくらいそうしていただろうか。その優しい温かさが足先まで届いた時、師匠がパッと手を離した。


「サクラ、もういいよ〜」


 そして司教様たちのほうを振り返り、ニコリと笑う。


「彼女に魔力がない理由がわかったよ〜」
「なに! 本当か!」


 二人はずいっと前のめりになって、師匠の話の続きを待っている。するとジャレドは明日の天気を言うような軽さで、検査の結果を笑って報告した。


「うん! 彼女、呪われてるね!」
「な、なに! 呪い!?」


(師匠すごい! アンジェラ王女が私を呪ったって言ってたけど、本当だったんだ……)


 すると師匠は私の喉を指差し、呪いについて説明し始めた。


「まず呪いは二種類だね。一つ目は忘却の呪い。そして二つ目は口封じの呪いだ」
「二つもサクラに呪いがかかっているのか?」


 呪われてると聞いたカイルは、すぐさま私のもとに駆け寄った。抱きしめようと手が上がったけど、さっきの師匠とのやり取りを思い出したのだろう。しょんぼりとした顔をして私を見ている。


「それに忘却の呪いは、サクラの聖魔力を使って発動させてるから厄介だね〜。きっと彼女はどこかで魔法陣を踏んでいるはずだ。しかも浄化中にね」


(瘴気の浄化中に? なんでそのタイミングで?)


 無意識に首を傾ける私を師匠がクスッと笑うと、その疑問に答えてくれた。


「聖女であるサクラが瘴気を浄化すると、『聖気』がこの国の結界に溶け込む。その状態の時はサクラと結界は『聖気』でつながってるんだよね。だから浄化中に魔術を発動してしまうと、この国を包んでいる結界を利用した呪いが完成しちゃうんだよ!」


(結界を利用した呪い? じゃあ、みんなが私を忘れちゃったのは、結界の中にいたからってこと?)


 その予想は当たっていた。ジャレドは顔を興奮で上気させながら、説明を続けている。


「きっと僕がサクラを覚えているのは、魔術が発動する前に国から出たからだろうね。それに魔術への耐性もあるし! いやあ、でもこれってかなり高度な魔法陣なんだよ。どこかで見た気がするけど、この魔術を作った人は天才だな! 俺の他にこんな天才がいたなんて初めて知ったよ!」


(師匠の他にそんなすごい魔術師が……?)


 それにしてもあまりにも規模の大きい呪いに唖然としてしまう。カイルや司教様も呆然としていて、ジャレドだけがウキウキと私にかかっている呪いの魔術を褒め称えていた。


 しかし慌てたのは、聖教会のトップである司教様だ。今までにない迫力で師匠に詰め寄っている。


「ジャレド! それならこの国中にかかっているこの魔術を、おまえが解呪できるのか?」


 その言葉に私とカイルは顔を見合わせた。師匠ならこの呪いを解いてくれるかもしれない! 私たちの顔に笑みが浮かび、思わず手を握り合う。しかしそんな期待は、師匠の笑いであっという間にかき消された。


「まさか〜! 解呪できるとしたら、この国では一人しかいないよ〜」
「それは誰なんだ!」


 司教様の問いにヘラヘラと答えていた師匠は、急にくるりと私のほうを振り返って指差した。


「聖女のサクラだけだよ」


(わ、わわ、私!?)


 私は聖女であって、魔術師じゃない。しかも瘴気の浄化に特化した能力なのに、どうやって呪いを解けというのだろうか。カイルや司教様も、わけがわからないといった様子だ。


「呪いを解きたいなら、一度この国の結界を全部壊さないといけないからね。伯父さん、結界を作ったのは誰だっけ〜?」


 からかうようにクイズを出すジャレドの言葉に、司教様はハッとして頭を抱えている。そして絞り出すような声で、質問に答えた。


「初代聖女様だ……」
「そう! 正解!」


(初代聖女様? そんな人がいたんだ)


 この国に召喚された人は私だけじゃなかったのだ。そしてその最初に召喚された人が、この国に結界を張っていたとは……。


「僕たち聖魔力持ちでも、結界は作れないし壊せない。それができるのは同じ聖女だけ。だからサクラは呪いが解きたかったら、結界を壊さないとね!」


 場違いなほど明るいジャレドの提案に、再び司教様は頭を抱えている。


「そ、そんなこと王家が許すわけないだろう……」
「じゃあ、忘却の呪いはもう野放しでいいんじゃない? これからの未来が大事ってことで」


(そ、そんなひどい! 自分は覚えているからどうでも良くなってる!)


 しかし師匠のその言葉にすぐさま反応したのは、私ではなくカイルだった。


「野放しでいいわけないだろう! サクラは自分の存在を忘れられているんだぞ! ……それに、俺もサクラとの過去をちゃんと思い出したい」


 さっきから握られたままだった手に、ぎゅっと力がこもる。その熱いほどの手の温もりに、胸の奥がきゅうっと苦しくなった。


(カイル……)


 すると師匠は「そうだった! 言い忘れてた!」とポンと手を打ち、ニッと笑って私たちを見た。


「良い知らせもあるからさ、そんな睨まないでよ〜」
「それはいったいなんだ? 早く言え」


 興奮してるのか、司教様の口調も荒くなっている。すると師匠は立ち上がり、両手を腕に上げた。バーンと効果音が鳴りそうなそのポーズに、三人の視線が集中する。


「口封じの呪いは、今から解呪できま〜す!」
「本当か!」
「良かったな! サクラ!」
(し、師匠〜!)


 カイルと私は顔を見合わせ、自然と抱き合い喜んでいた。


(良かった! じゃあこれで話せるんだ! やっぱり師匠は天才だわ!)


 結界を壊さないと呪いが解けないという絶望的な状況に落ち込んでいたけど、話せるようになるなら一歩前進だ。希望の光が見えたような気持ちで、カイルと目を合わせると彼も心から喜んでくれているようで、瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。


 するとそんな喜びであふれている部屋に、コンコンとあせったようなノック音が響き渡る。


「司教様! お話し中に申し訳ございません! 入室よろしいでしょうか?」


 外で控えていたブルーノさんの声は、動揺しているみたいだ。司教様がすぐさま入室の許可を与え、入ってきたブルーノさんが用件を言うと、そのあせりの原因がすぐにわかった。


「王宮からアンジェラ王女がお越しになっております。至急、司教様に面会したいと」


(アンジェラ王女がここに?)


 予想もしていなかったその言葉に、さっきまで大喜びしていた気持ちが一気に凍るのがわかった。

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