すべてを奪われ忘れ去られた聖女は、二度目の召喚で一途な愛を取り戻す〜結婚を約束した恋人には婚約者がいるそうです〜
13 司教様と聖魔力
(わああ! 司教様だあ!)
白い髭が自慢のサンタクロースみたいな風貌の司教様。私がこの国に来てからというもの、いつも優しくしてくれて、まるで本当のお祖父ちゃんみたいだった。
「司教様! 今日も師匠が練習の時間に来ません!」
「なに! あの女たらしの甥っ子はまた遅刻か! サクラがこんなに頑張ってるというのに、あやつは……!」
(あのあと、師匠は司教様にしこたま怒られたんだっけ。そのうえお給料を減らされてた。ふふ……)
「司教様! 師匠が私に体に入った瘴気を取れと、変なマッサージをさせようとしていますが、私騙されてます?」
「サクラ、すまない……。瘴気を体に入れても平気なのはこの国であやつだけだ。申し訳ないが、監視する者をつけるから練習してもらえないか? 褒美にサクラの好きなお菓子を用意しておこう!」
「わ〜い! お祖父ちゃん大好き!」
「お、お祖父ちゃんじゃないが……まあいい! サクラの好きに呼びなさい!」
(そんな会話ばかりして、私のことをすごく可愛がってくれたんだよね。教会のみんなだって、すごく優しかったし)
もちろん私が聖女だからというのもあるけど、聖教会の人はみんな天真爛漫で朗らかな人たちばかりだった。
「サイラ、大丈夫か?」
そんな過去の思い出に浸っていると、ぼうっとしているのに心配したカイルが声をかけてきた。私はコクンとうなずくと、カイルに手を取られ馬から降りる。
「おや? カイル様、その女性はいったい……?」
司教様が私の存在に気づき、不思議そうに見ている。
(やっぱり、司教様も私のこと覚えてないみたい。はあ……、予想どおりだけど淋しいな)
「実はこの女性のことで、教会に来たのです。詳しくは中で話したいのですが」
「もちろんです。昨日、急に転移の魔術を使ったでしょう? しかもかなり大量に聖魔力を使ったので驚きましたが、そのことに関係がありそうですね」
「ええ、少し重要なことなので、申し訳ないのですが人払いをお願いします」
「なるほど、わかりました。では、ブルーノ。カイル様をお部屋へ。アメリはお客様のおもてなしを」
司教様のその呼びかけに、ひざまずいていた二人の男女が立ち上がった。
(ブルーノさん! アメリさんも!)
二人の姿は一年前のあの日から、なにも変わっていない。穏やかで兄のようだったブルーノさん。いつもニコニコと笑顔で働く妹のようなアメリさん。しかしやはり二人とも私のことはわからないようで、目が合っても気づいてもらえなかった。
(やっぱり教会パワーはなかったのか……)
それでも皆に会えたのは、ものすごく嬉しい! そのままブルーノさんの後ろをついて行くと、教会の一番奥にある応接室に通された。すると、カイルが私を奥の椅子に座らせようとし始める。
「…………」
「ああ、大丈夫だ。ここは結界もあるし、安全だ」
(違うんだけどな。奥の席は地位が高い人が座るのがマナーだから、席を交換してほしかったんだけど……)
でもきっと、わざとだろう。カイルは真面目で礼儀正しい人だ。そんなマナーを知らないわけがない。きっとこれも騎士道精神からの行為だろうし、こんな場所でジェスチャーをしてもしょうがないので、私は黙って受け入れることにした。
「どうぞ」
目の前に温かいお茶が用意され、アメリさんが私にニコっとほほ笑んでくれた。
(もう二度と会えないと思ってたから、会えて嬉しいよ。アメリさん!)
懐かしいその笑顔に、言葉が出てこない。私たちは何かあると仲良し姉妹みたいに、きゃあきゃあ言って抱き合っていた。
旅の宿ではいつも一緒の部屋で、それこそ隣に座っているカイルの話をして笑い合っていたのだ。だけど今の笑顔はお客様に見せるちょっと距離のあるもの。
(これからまた、アメリさんとも仲良くなっていけるかな? これからもよろしくね、アメリさん)
そんな気持ちを込めてペコリとお辞儀をすると、彼女は不思議そうな顔をしていた。そうだった。つい癖でお辞儀しちゃったけど、この国では意味がわからないよね。すると私の動作を見て、カイルが説明を始めた。
「彼女は喉を悪くしていて、話せないんだ。この頭を下げる仕草は、君にお礼を言っているんだよ」
それを聞いたアメリさんは、パッと明るい笑顔で私のほうを見た。
「そうだったのですね。……でも不思議と懐かしく感じました。私ったら変ですね」
はにかみながらそう言うアメリさんの姿に、胸の奥がジーンと温かくなってくる。これはどこかで私の存在を覚えていてくれてるってことだろうか。
(うう……アメリさんに抱きつきたい! 私たち仲が良かったんだよって言いたい!)
一生懸命、涙をこらえながらそんなことを考えていると、司教様が部屋に入ってきた。なにか手紙の束を持っていて、さっきより表情が険しい。
「アメリはブルーノと、外で待機していてくれるか?」
「はい」
アメリさんが部屋から出ていくと、しんと静まり返ってしまい誰も話さない。カイルが私のことを説明するのだと思っていたけれど、どうしたのだろう? すると先に口火を切ったのは、司教様のほうだった。
「それで、犯罪者の彼女を、なぜここに連れて来たのですか?」
「――っ!」
なんと、司教様はすでに事件を知っていた。私のことをじっと見つめ、表情からなにか読み取ろうとしている。私は今まで向けられたことのない視線におびえながら、カイルが話すのを待っていた。
「王宮から手紙が来ていたようですね」
しかしこんな緊張した空気の中でも、カイルはまったく気にしていない様子だ。それどころかフッと鼻で笑っている。そんなカイルの態度を見た司教様は手にしている手紙を読み上げ始めた。
「王宮に侵入者あり。陛下の命にて聖女の崖から処刑を行う。死体があがったら、こちらに連絡するように……とのことです」
以前、誰かが亡くなると一番最初に連絡をするのは、教会だと聞いたことがある。浄化の旅で私の到着が間に合わなかった時、そう教えてもらった。今回も私が身元不明の死体で見つかったら連絡するよう、王女が教会に手紙を書いていたのだろう。
(すごい用意周到だわ。それがよけいに怖いのだけど……)
地下の牢屋で見た王女の傲慢な態度を思い出すと、ぶるっと背中に寒気が走る。カイルは教会なら匿ってくれると言っていたけど、もしかしたら王宮に戻されるかもしれない。そんな不安な気持ちでそうっと司教様の顔をのぞくと、なぜか私を見てニコリと笑った。
「そして、これが騎士団長補佐である、ケリーさんからの手紙です」
そう言ってもう一つの封筒から手紙を取り出し、また読み始める。
「ふむふむ。なるほど。王女の愚行がまた始まったようですな。ろくに取り調べもせずに、残酷な方法で処刑をしようとしていると。ほう、彼女にそんな力が……」
芝居がかった読み方に、カイルはクスッと笑った。司教様もカイルと目を合わせニヤリと笑っている。どうやらさっき私のことを犯罪者と言ったくだりは、茶番だったようだ。
するとつらつらと手紙を読んでいた司教様が、チラリと私のほうを見た。その瞳は私が最初に召喚された時とまったく同じで、冷静さと興奮が入り混じっている。
(な、なんだろう? 私について何か書いてあったのかな?)
司教様はニコリと私にほほ笑むと、手元にあるベルを鳴らし、ドアの外で控えているブルーノさんを呼んだ。
「ブルーノ! 急いで魔力検査板を持ってきておくれ」
「かしこまりました」
(魔力検査板? また私の魔力を測定するのかな? でも王宮では無反応だったけど……)
それとも聖教会のものは、精度が良いのだろうか? そんなことを考えて待っていると、すぐにブルーノさんが検査板を手に戻ってきた。
「さあ、サイラ。この前と一緒だ。ここに手を置いてくれ」
ブルーノさんが持ってきた検査板は、王宮の物とまったく同じものだった。きっと結果も一緒だと思うのだけど……。それでも二人が期待に満ちた顔で私を見ているので、そろそろと手を置いて反応を待つことにした。
しかし、やっぱり無反応だ。しばらく待ってみても、昨日と同じで何も光らない。
「…………」
「……変わらないな」
「ふむ。無反応とは、これまた珍しいですな」
二人は顔を見合わせ不思議そうにしている。念の為、もう一度やらされたけど、やっぱり検査板はピクリとも反応しなかった。
(なんだか期待されてたのに、申し訳ないな……。それにしても、私の聖魔力は枯れてしまったの? あの時王女が私から聖女の力も声も奪ったと言ってたけど、実際にそんなことできるのかな? それに呪いって王女がかけたのだろうか……)
こういうことも目の前にいる二人に相談できればいいのに、声が出せないのでなにもできないのが悔しい。はあ〜とため息を吐き落ち込んでいると、カイルは私が疲れたと思ったようで心配そうに顔をのぞき込んできた。
「悪い。朝から馬に乗って疲れただろう。休憩しようか」
「おお、ちょうどお昼の用意ができているはずです。話はまたその後にしましょう」
二人はそのまま立ち上がり、食堂に移動しようとしている。
(あれ? 私は結局、ここでは犯罪者扱いされないってことなのかな? さっきのケリーさんの手紙になんて書いてあったんだろう?)
それに司教様はアンジェラ王女について「愚行がまた始まった」と言っていた。「また」というくらいだから、私がいない間になにかしたのだろう。
(でもこれって、教会が受け入れてくれたってことよね。良かった〜!)
ホッと安心して私も椅子から立ち上がった。司教様たちはなにやら二人で、昨日の転移について興奮気味に話している。
「それにしても、よくあの状況で転移を成功させましたな! すぐにケリーさんからの手紙が届いたので安心しましたが、大量の聖魔力の気配に昨日は驚きました」
それは私もそう思う。あんな切羽詰まった時によく魔術を使えたものだ。しかしカイルも内心は違っていたようで、苦笑いをしている。
「正直私も緊張しましたが、ジャレド氏に徹底的にしごかれましたから。……そういえば彼は最近どこにいるのでしょうか? 一年前くらいから見かけませんが」
(え? 師匠ったら、一年前からいないの?)
するとカイルのその問いかけに、司教様の顔が一気に曇る。
「お恥ずかしながら、あやつは一年前に旅の踊り子を追いかけて、隣国に行ってしまったのです。まったく! そろそろ聖女様の召喚に成功するはずですから、戻ってきてほしいのですが……」
その言葉にドキッと胸が跳ねた。今たしかに聖女様の召喚って言った。もしかして誰か別の聖女を召喚するつもりなんだろうか。
「まあ、あやつのことはいいです。さあ、お二人ともお昼をいただきましょう」
「ありがとうございます」
司教様がやや苦笑しながら、ドアを開けてくれた。私もカイルを追いかけるようについて行く。
それにしても師匠は相変わらずのようだ。会えないのは淋しいけど女性を追いかけていったとわかると、謎の安心感がある。
(そういえば、私が最後の旅に出る前に、未亡人の踊り子さんについて熱く語ってたっけ。あの女性について隣の国まで行くなんて。いつもはグータラなくせに恋愛ごとには凄い行動力だ)
きっとその女性との恋が終わっても、隣国でまた別の恋をしているのだろう。そんな師匠を思い浮かべてニヤニヤしていると、突然私とカイルの間にふわりと金色の粒が見えだした。
「…………?」
(なに、これ?)
すると次の瞬間、私の足元に金色の魔法陣が浮かび上がる。
「――っ!」
(魔法陣! もしかして私、どこかに飛ばされる!?)
踏まないようにあわてて下がろうとしたけど、もう遅かった。ドンとなにかが顔にぶつかり、そのまま目を閉じると聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
「いたた。なにかぶつかったな。……あれ〜? 伯父さんがいない。もう食堂に行ったのかな?」
(こ、この声! このチャラい話し方!)
懐かしいその声に驚いて目を開けると、目の前にいたのはやはり師匠のジャレドだった。
さっきまで話題の中心だったその人が突然現れて、私は呆然と彼を見つめている。するとその視線に気づいたのか、師匠は私を見て目を大きく見開いた。
そしていつもの色気たっぷりの笑顔を私に向けると、信じられないことをつぶやいた。
「あれ? サクラじゃないか。まだ教会にいたのかい?」
(え? 師匠が私のことを覚えてる?)
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