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息子を奪われた闇堕ち元王妃は、偽りの家族愛に絆されて真実の家族愛を取り戻す ~呪いはマナを、やぶれない~

江東乃かりん(江東のかりん)

1-10話:蔑まれた第一王子

 離宮は、彼女が王妃だった時代に何度か訪れたことがある。
 主要な部屋の位置関係は理解しているものの、使用人たちが主に利用しているような場所については詳しくはなかった。

 手当たり次第に部屋を探り、最初に洗濯室を見つけた彼女は、王子用と乱暴に書かれた洗濯籠めがけてシーツ類を投げ込む。
 次にリネン室を探そうと、洗濯室の近くにあるだろうと見当をつけて、手当たり次第に扉を見つけては中をのぞいていた。
 いくつか扉を開け閉めしていると、ふいに通りがかった侍女のお仕着せを着用した女から声を掛けられる。

「あなた、新入りよね? 確か王子専属の侍女が新しく来るって聞いていたわよ」
「はい。本日付けで王子のお世話をさせて頂きます、リコリスです」
「硬い人ね。ここは気楽な場所だから、そんなに気を引き締めなくてもいいのに」
「いまは職務中ですので。ところで、お着替えとタオルを探しているのですが、どこにありますか?」
「あー、はいはい。こっちにあるわ」

 気の抜けた返事の同僚はリコリスを連れてリネン室へ連れて行き、タオルやシーツと王子の寝巻の替えの場所を教えた。

「ここよ」

 他の場所で管理されているタオルと違って、王子のタオルだけは薄い桃色をしていた。

(殿下のお話では使用人たちは職務怠慢当然のようだと感じたけれども……。まったく仕事をしていない……わけではないのね。きちんとタオル類は用意されているわ)
「案内、有難うございます」

 リコリスは礼を言い、シーツやタオルを数枚と寝巻を一組、棚から次々に取り出しては手元に積み上げていく。

「ところでタオルと替えが必要ってことは、あの王子ったら、また粗相したの?」
「……粗相?」
「そうよ。どうせ、よだれと血で布団やシーツがべちょべちょになったんでしょう?」
「粗相と表現するのは適切ではありませんが……状態としてはそう、ですね」
「どうせ使い捨てになるんだから、タオルとかは使いつぶしたものでいいじゃない」
「……」

 仕えるべき王子であるアネモスに対する同僚の物言いと扱いに、リコリスは違和感を受ける。
 しかし、彼女は違和感をよそに、折角出会った同僚に対し協力を仰ぐことにした。

「それでは、タオルをお持ちするのをお手伝いお願いします」
「なんで? 嫌よ」

 丁寧に発言したリコリスの願いは、同僚の即答によって容赦なく断られた。
 思わずリコリスは間の抜けた声を上げて、首を傾げてしまう。

「……はい?」
「いやだって言ってるのよ。なんで私が、呪われた王子のお世話をしなくちゃいけないのよ? あなたの仕事なんでしょ? サボらないでちゃんとやりなさいよ!」
「なん……ですって……?」

 確かにリコリスの仕事に違いない。
 しかし、仮にも王子の住む離宮に務める侍女による台詞とは思えない発言に、リコリスは思わず顔を顰める。

「あの気味の悪い痣を見るなんて、恐ろしいじゃない。私まで呪われたらどうするのよ! 私はあなたをここに案内したし、それで十分でしょう? それじゃあね。私たちの分まで、王子のお世話頑張りなさいないよ! あなたはそのために採用されたんだから!」

 怒りで何も言えずにいるリコリスを置いて、リネン室に彼女を案内した侍女はひらひらと手を振って颯爽と姿を消してしまった。

(……本当に、腐っているわね……! ヴァレアキントス殿下も手を焼くはずだわ……!)

 リコリスは近くに置いてあったかごにタオルと衣装を入れると、肩を怒らせながら戻り道を歩く。

 不機嫌を隠さずに王子の部屋に向かって歩いていたところ、彼女は不意に声をかけられた。
 先ほどリネン室へ案内してくれたのとは違う侍女の声だ。

「あ! ちょっとあなた!」
(今度は何なの……?)

 リコリスが呆れ気味に振り返ると、アネモスの部屋の前で公爵侍従と睨みあっていた侍女が立っていた。

「あんた、呪われ王子の専属侍女よね? さっき公爵閣下と一緒にいたところを見たわよ」
「……王子殿下の侍女です」

 失礼なもの言いに更に苛立ちが募ったリコリスは、相手の侍女の発言を訂正した。

「そんなこと良いから。頼まれてほしいことがあるんだけど、聞いてくれる?」
「聞くだけなら構いませんが……。手短にお願いします」

 リネン室での侍女の態度を思い返すと、どうせ代わりに仕事をやってくれだとか、ロクでもない頼み事に違いない。
 そう思ったリコリスは、隠しもせずに溜め息をついた。

「呪われ王子の部屋に、昼食が料理が置いてあるのよ。それを下げてくれない? ほら、もう昼食の時間もとっくに終わってる頃でしょう? 簡単でしょう? 頼むわよ!」
「簡単な仕事なら、あなたが下げれば良いのではありませんか?」
「なによ! ちょっと下手に出てあげたのに、生意気な新入りね!」
「元は、あなたの仕事だったのでしょう? それならば、あなたが責任を持って終えるべきです。……それとも、あなたが昼食を下げるとまずいことでも、あるのですか?」
「そ、そんなこと、あるわけないでしょ! もういいわ! あなたには頼まないから!!」

 侍女は顔を真っ赤にして、ドタバタと足音を荒げて去って行った。

(ここにいるのは、あんな失礼なのばかりなのかしら。先が思いやられるわ……)

 リコリスは王子の部屋の前に辿り着くと一度足を止め、気持ちを落ち着かせるように深呼吸を繰り返した。

(私は……。復讐をしにきたのよ。……でも……)

 ドアノブを握る前に、一瞬彼女の手が止まる。
 呪いで苦しむ王子の姿を再び目にしたときに、復讐心は揺るがずに保ち続けられるだろうか。

(どうしても、放っておくことが出来ないと感じてしまうわ……。私は、同情……しているのかしら……。……同情してしまえば、レンデンスの復讐は遂げられない……。覚悟を決めなければ……)

 リコリスは意を決して、扉を開く。
 彼女が室内に入ると、入れ違いに医師が部屋を出て行った。

「……?」
(診察が早い……のね)

 室内では起き上がっていた王子がベッドの脇に腰かけ、公爵に慰められていた。

「うー……。こほっ……」
「まだ少し咳が出るね……」

 手にしていたコップを公爵に受け渡して苦そうな表情を相手に向けていることから、アネモスは薬を飲んでいたのだろう。
 しかし、果たして呪いに薬は効くのだろうか。

「タオルとお着替えをお持ちしました」
「有難う。ほら、アネモス。お着替えしようか?」
「……ん」

 公爵はベッドサイドのテーブルにコップを置くと、王子の手を取ってベッドから降ろす。

「あ……」

 しかし、アネモスはリコリスの姿を見つけると、公爵の後ろにサッと隠れてしまった。

「ほら、隠れていると着替えられないよ?」
「……で、も……」
「……アネモス。この人のことは、怖がらなくても、きっと大丈夫だよ」

 リコリスが復讐を誓っているなど、公爵が知る由もない。しかし、内心では復讐を目的に潜入した彼女のどこから、怖がらなくても大丈夫な要素を感じたのだろう。公爵と直接面接し、合格しただけにしては、随分と信頼されているように彼女は感じた。

「……ほんとに?」

 アネモスはそんな公爵の言葉に安堵したのか、ほっと息を吐いて叔父の後ろからそろりと姿を見せる。

「……」

 呪いによるものだと思われる紫紺色の痣は少年の顔の左半分を占めており、見る者に痛ましさを訴えかける様子だ。
 痣は心細そうに叔父の服を掴んだ彼の左手にも、幼い命を削ぎ落とさんとばかりに執念深く刻まれている。

 アネモスは恐る恐る、顔をリコリスへと向ける。
 少し長めの王譲りの藤色の髪が揺れ、その隙間から涙に濡れたアネモスの瞳が輝いた。

「……!」

 アネモスは、桃色の瞳に、藤色の髪をした、気弱で大人しそうな姿の少年だった。
 そして……まるでの子、レンデンスをそのまま模したかのような色に、彼女は衝撃を受けて目を見開く。

(どうして……。よりにもよって、ティファレの子どもまで、レンデンスと同じ色を纏っているの……!)

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