息子を奪われた闇堕ち元王妃は、偽りの家族愛に絆されて真実の家族愛を取り戻す ~呪いはマナを、やぶれない~
1-03話:そして彼女は闇に堕ちる
王妃が日々、レンデンス王子を愛でて生活していたある日のこと。
王妃と乳母が目を離した隙に王子が忽然と姿を消してしまった。
「どうして……。どこに行ってしまったの、レンデンス……!」
いくら目を離したからと言っても、時間にしてほんの僅かな間だった。産まれたばかりのレンデンスは、その限られた時間の中で自力で移動する力を持たない。
だからこそ彼女は、息子が何者かによって誘拐された可能性が高いと思い、焦っていた。
「あの子には私しかいないのよ……。なのに、私が目を離したばかりに……!」
国王にも使いを出したが、心配して姿を見せるどころか気に掛ける返答一つない。
以前から自身に対する国王の態度に辟易としていた王妃は、今回のことで早くも夫に見切りをつけていた。世継ぎでもあり、実の子でもあるレンデンスに対して、一片たりとも心を動かさない彼を説得するだけ、時間の無駄だと感じたからだ。
彼女の住まう王妃宮には、王妃を守るべき騎士や使用人たちが少なく、捜索の手数も限られていた。
彼女も自らの足を使って息子の行方を必死に捜索しているが、王子の目撃情報すら掴めずにいた。
「王妃殿下、少し休憩しましょう? 顔色が良くありませんわ」
「ダメよ! どこかでレンデンスが泣いているかもしれないもの……!」
母から譲り受けたピンクゴールドの宝石のついたネックレスを握りしめることで、彼女は時が経つにつれて広がっていく不安感を押さえ込むように耐えていた。
「早く見つけてあげないと……!」
そして……。
夕暮れ時、完全に日が落ちると人探しもままならなくなることに対し王妃が焦燥し疲弊を深めていく中、ついに悲劇が起きてしまう。
ふと焼却炉の近くを通りがかった王妃は、普段は静寂に満たされるはずの場が必要以上に人が密集し、騒めいていることに気付いた。
「どうしたのかしら……」
「殿下はあのような場所に向かわれるべきではありません。私が話を聞いて参ります。ですから少し、お休みください」
胸騒ぎを覚えた王妃が足を踏み出そうとすると、捜索を付き添っていた侍女が高貴な者が近づく場所ではないと言って代わりに様子を見に向かう。
しばらく遠目から様子を見て待ちかまえていた王妃は、話を聞いている侍女の顔色が次第に悪くなっていることに気付く。
ただ事ではない彼らの様子に嫌な予感が過った王妃が近寄って様子を見ようとすると、使用人たちは彼女を近付けまいと必死に妨害を始めた。
「い、いけません、殿下!」
「一体、何があったの?」
「お、王妃殿下、一旦戻りましょう?」
同行していた侍女ですら彼女を遠ざけようとすることに、彼女の胸騒ぎが増していく。
王妃はそれを解消させようと、無理矢理に人の壁を掻き分けた。
「何故なの? 何もやましいことがないのであれば、ここを通しなさい!」
ぽっかりと穴の開いた空間に躍り出ると、野次馬たちが取り囲んでいた物の正体が彼女の目に飛び込んだ。
皆、焼却炉とその前にある焼け焦げた物体から、恐れるように距離を取っている。
物体は人の赤子のような形をしている。いや、ようなではない。
「え……」
それは紛れもなく……損傷の激しい、赤子の焼死体だった。
「っ!」
王妃は息を飲むと、ふらつきながらもゆっくりと焼け焦げた遺体に近付いていく。
「レン……デンス?」
力なく地面にしゃがみ込むと、震える手で人の姿をしたものに手を伸ばした。
いくら捜索してもレンデンスが一向に見つからなかったのは何故か? それは、人知れぬ場所で、無残に焼き殺されていたから……。
彼女はそう、無意識に結論付けてしまった。
数時間前まで我が子が見せてくれた元気だった姿が、彼女の脳裏をよぎる。
指を伸ばせば握ってくれた小さな手は、もう動くことはない。
可愛らしい声を聞くたびに、初めて喋ることになる言葉は何だろうと楽しみにしていた声も。
生まれて間もないレンデンスとの数少ない出来事が、まるで走馬灯のように駆け巡っていった。
「いやあッ! どうして!?」
目の前の赤子が息子であるレンデンスだと思った彼女は、絶望に満ちた叫び声をあげてそのままショックで気を失ってしまう。
……それから数日後。
「王妃殿下……よかった。お目覚めになられたのですね……!」
「ええ……。私のことは良いのよ。それよりも、レンデンスは……? あの子はどこにいるの?」
数日間眠り続けてようやく目が覚めた王妃は、受け入れ難い現実と向き合うために息子の亡骸の行方を問う。
「それ、は……私からは申し上げられません」
しかし、誰に問いかけても青ざめた表情で歯切れ悪く首を振るばかり。
「あの子がどうなったかは……私は覚えているわ。だから、心配して隠さなくても大丈夫よ?」
「申し訳……ございません……」
最初は、レンデンスが亡くなったことを気に病む自身を考慮しての対応かと考えたが、それにしては様子が不自然なことに彼女は気付く。
「どう言うこと? 誰か、知っている者はいないの?」
「……」
「まさか……。あの人が何かしたのね……? あの人を……陛下を呼んでちょうだい」
彼らの反応から、権力のある者に何らかの口止めをされていると悟った王妃は、国王を呼び出した。
意外にも素直に王妃の元に姿を見せた国王エラムディルフィン・ノルフィオーレに、彼女は問いかけた。
「陛下、レンデンスはどこへ……?」
「レン……? は? なんだ、それは? そなたはそのような下らなくことを聞くためだけに、この俺を呼びつけたのか? 俺は忙しいのだぞ。そなたにかまけている暇などない」
つまらなさそうに問いかける国王に、王妃は内心溜め息をつく。
王妃は確かに、夫である国王に息子の名前を伝えていた。
それでも王が子の名に興味を持たずに覚えていないことは、王妃にとっては予想の範囲内だった。
「レンデンスは、陛下と私の子です」
「ああ、お前の……あれのことか。さてな。記録無き者の末路など、私は知らぬ」
「!? 記録が……? ど、どう言う、ことですか!?」
しかし、続けて夫の口から飛び出したあまりにも不穏で予想外な言葉に、彼女は自らの耳を疑った。
「先日、ティファレが王子を出産した」
「ティファレさま、も?」
ティファレは王妃と同じく国王の妻であり、側室の名前だ。そんな彼女の子どもの名前が、何故レンデンスの話題の中で出てくるのだろう。
「ああ、そうだ。喜ばしいことだろう?」
王妃の息子の誕生は、後継を望んだ彼にとって喜ばしいことではなかったのか。
側室の子を祝福しておきながらレンデンスを祝いもしなかった国王の問いかけに、王妃は内心とは裏腹に祝福を述べる。
「それは……。……っ、おめでとう、ございます」
喪に服さなければならない彼女には、他人を……ましてや愛されない自分を卑下する側室を祝っている余裕はない。しかし、息子の行方を聞くまでは夫を逃すわけにはいかなかった。
「ああ」
拠り所を失った手でネックレスに触れてぐっと歯を食いしばっている妻の様子に気付かず、夫が続けた。
「勿論、国中に報せを出した。待ち望んだ第一王子の誕生に国は沸いているのだ」
「第一、王子……?」
時期的に考えて、側室の子は第二王子に違いない。第一王子であるレンデンスは亡くなったと言うのに、夫は何を言っているのだろうか。
不穏な空気を感じた王妃は、眉をひそめて続きを待つ。
「そのようなめでたい出来事があった最中で、惨たらしい姿へと果てた者の葬儀を行うなど以ての外だ。幸い、あれの存在はそなたに近しい者しか知らぬ」
「え……」
自らの子を悼もうとしない彼の対応は、他人事を越えてまるで不吉な者を始末するかのような物言いだった。
「あれは最初から存在しなかったのだ。そもそもあれは、ティファレに万が一が起きたときのためのスペアだったのだ」
「!?」
残酷な処置を突きつけられた王妃は絶句したものの、すぐに我に返ると反射的に部屋を飛び出した。
「どうして、ロゼル……!」
(っ! いけない……! 例えロゼルヴェルヴェーヌが亡くなったとしても、愛名を最後まで口にしてはいけないわ……! 肉体だけではなく、魂まで、悪意に連れ去られてしまう……!)
例え加護が迷信で効果を発揮しなかったとしても、口にしかけた最愛の名を最後まで言い切ることは憚られた。
「リュンヌ嬢!?」
そして王妃は、道の途中で引き止める声があったことに気付くことのないまま、レンデンスのために用意された部屋へと飛び込んだ。
「……ッ!」
しかし、赤子の装いに溢れていたはずの室内は、綺麗に片付けられていた。
遺体だけではない。愛すると誓った息子の面影は、遺品ですら、何一つ残されていなかった。
「……そんな……」
拠り所の一切をなくし、母は悲しみにくずおれる。
息子の死を受け入れようとした先に彼女を待ち受けていたのは、悪夢としか考えられない、現実を疑うような境遇だった。
王が語った通り、レンデンスは文字通りに存在自体を抹消されてしまったのだ。
「あの子は確かに生を受けたわ! なのに、生まれたことすら、認めてくれないの?」
愛すると誓った愛しい我が子の面影が一つも残されていない部屋の中で、悲観に暮れる母は胸元のネックレスを握りめた。
「私の子だから? だから、私と同じように認めてくれないの……? そんな馬鹿馬鹿しい理由で!?」
王妃として王に尽くしてきた彼女の努力や功績を否定するあまりの仕打ちに、彼女の心が折れてしまうのではないかと誰もが思うような姿だったが……。
「それが理由だと言うのなら……私は絶対に……」
俯いていた顔を上げた彼女は、怒りを内に宿らせた表情をしていた。
「許すわけにはいかないわ……!」
「許さないのなら、お前どうすると言うんだ?」
どこから潜り込んだのだろうか。王妃がかつてどこかで見たような面影を感じる、毒々しい赤紫色の髪をした少年が彼女の目の前に立っていた。
「お前とその息子を蔑ろにした王家に、復讐したいだろう?」
孤独に思い詰める王妃の前に現れ、復讐を唆して手を差し伸べる少年が何者なのか、彼女は直感で理解した。
「……ええ」
「ならば俺の手を取れ。悪魔である俺が、お前に力を貸してやる。王家に復讐するための、力をな!」
悪意に満ちた悪魔の赤紫色の瞳が、王妃の恨みを見通すように貫く。
「あの子の、レンデンスの無念を晴らすためなら、私は……!」
王妃は胸元のネックレスから乱暴に手を放し、意を決して悪魔の冷たい手に触れた。
「悪魔の手だって、取ってみせるわ!」
すると、彼女が首からかけていたネックレスが千切れ、コツンと床に落ちる。
まるでその音を合図にしたかのように、彼女の姿は愛しい我が子の部屋から姿を消した。
そのあと……。
「リュンヌ嬢……?」
公爵が、王妃とすれ違った際の様子を心配して追いかけて来た。
彼は彼女が入っていった部屋の扉を控え目にノックするが、反応がない。
そうしているうちに、部屋の中にいたはずの王妃の姿がないことに気付く。
慌てて王妃の捜索を命じた彼は、室内に残されたピンクゴールドの石が輝くネックレスを拾う。
「これは……リュンヌ嬢のものだ。どうしてこれが落ちているんだ? それにこの部屋は、レンデンスのための……」
そして、周囲を調査したヴァレアキントスは、王妃が失踪したことに気づき、レンデンスに対する王の対応を知る。
その際の王弟が、今まで誰も見たことがない剣幕を見せて、兄の仕打ちを非難し、責め立てたことを……。
王に反抗してまでリュンヌを想う人物がいたということを、彼女は知らない。
王妃と乳母が目を離した隙に王子が忽然と姿を消してしまった。
「どうして……。どこに行ってしまったの、レンデンス……!」
いくら目を離したからと言っても、時間にしてほんの僅かな間だった。産まれたばかりのレンデンスは、その限られた時間の中で自力で移動する力を持たない。
だからこそ彼女は、息子が何者かによって誘拐された可能性が高いと思い、焦っていた。
「あの子には私しかいないのよ……。なのに、私が目を離したばかりに……!」
国王にも使いを出したが、心配して姿を見せるどころか気に掛ける返答一つない。
以前から自身に対する国王の態度に辟易としていた王妃は、今回のことで早くも夫に見切りをつけていた。世継ぎでもあり、実の子でもあるレンデンスに対して、一片たりとも心を動かさない彼を説得するだけ、時間の無駄だと感じたからだ。
彼女の住まう王妃宮には、王妃を守るべき騎士や使用人たちが少なく、捜索の手数も限られていた。
彼女も自らの足を使って息子の行方を必死に捜索しているが、王子の目撃情報すら掴めずにいた。
「王妃殿下、少し休憩しましょう? 顔色が良くありませんわ」
「ダメよ! どこかでレンデンスが泣いているかもしれないもの……!」
母から譲り受けたピンクゴールドの宝石のついたネックレスを握りしめることで、彼女は時が経つにつれて広がっていく不安感を押さえ込むように耐えていた。
「早く見つけてあげないと……!」
そして……。
夕暮れ時、完全に日が落ちると人探しもままならなくなることに対し王妃が焦燥し疲弊を深めていく中、ついに悲劇が起きてしまう。
ふと焼却炉の近くを通りがかった王妃は、普段は静寂に満たされるはずの場が必要以上に人が密集し、騒めいていることに気付いた。
「どうしたのかしら……」
「殿下はあのような場所に向かわれるべきではありません。私が話を聞いて参ります。ですから少し、お休みください」
胸騒ぎを覚えた王妃が足を踏み出そうとすると、捜索を付き添っていた侍女が高貴な者が近づく場所ではないと言って代わりに様子を見に向かう。
しばらく遠目から様子を見て待ちかまえていた王妃は、話を聞いている侍女の顔色が次第に悪くなっていることに気付く。
ただ事ではない彼らの様子に嫌な予感が過った王妃が近寄って様子を見ようとすると、使用人たちは彼女を近付けまいと必死に妨害を始めた。
「い、いけません、殿下!」
「一体、何があったの?」
「お、王妃殿下、一旦戻りましょう?」
同行していた侍女ですら彼女を遠ざけようとすることに、彼女の胸騒ぎが増していく。
王妃はそれを解消させようと、無理矢理に人の壁を掻き分けた。
「何故なの? 何もやましいことがないのであれば、ここを通しなさい!」
ぽっかりと穴の開いた空間に躍り出ると、野次馬たちが取り囲んでいた物の正体が彼女の目に飛び込んだ。
皆、焼却炉とその前にある焼け焦げた物体から、恐れるように距離を取っている。
物体は人の赤子のような形をしている。いや、ようなではない。
「え……」
それは紛れもなく……損傷の激しい、赤子の焼死体だった。
「っ!」
王妃は息を飲むと、ふらつきながらもゆっくりと焼け焦げた遺体に近付いていく。
「レン……デンス?」
力なく地面にしゃがみ込むと、震える手で人の姿をしたものに手を伸ばした。
いくら捜索してもレンデンスが一向に見つからなかったのは何故か? それは、人知れぬ場所で、無残に焼き殺されていたから……。
彼女はそう、無意識に結論付けてしまった。
数時間前まで我が子が見せてくれた元気だった姿が、彼女の脳裏をよぎる。
指を伸ばせば握ってくれた小さな手は、もう動くことはない。
可愛らしい声を聞くたびに、初めて喋ることになる言葉は何だろうと楽しみにしていた声も。
生まれて間もないレンデンスとの数少ない出来事が、まるで走馬灯のように駆け巡っていった。
「いやあッ! どうして!?」
目の前の赤子が息子であるレンデンスだと思った彼女は、絶望に満ちた叫び声をあげてそのままショックで気を失ってしまう。
……それから数日後。
「王妃殿下……よかった。お目覚めになられたのですね……!」
「ええ……。私のことは良いのよ。それよりも、レンデンスは……? あの子はどこにいるの?」
数日間眠り続けてようやく目が覚めた王妃は、受け入れ難い現実と向き合うために息子の亡骸の行方を問う。
「それ、は……私からは申し上げられません」
しかし、誰に問いかけても青ざめた表情で歯切れ悪く首を振るばかり。
「あの子がどうなったかは……私は覚えているわ。だから、心配して隠さなくても大丈夫よ?」
「申し訳……ございません……」
最初は、レンデンスが亡くなったことを気に病む自身を考慮しての対応かと考えたが、それにしては様子が不自然なことに彼女は気付く。
「どう言うこと? 誰か、知っている者はいないの?」
「……」
「まさか……。あの人が何かしたのね……? あの人を……陛下を呼んでちょうだい」
彼らの反応から、権力のある者に何らかの口止めをされていると悟った王妃は、国王を呼び出した。
意外にも素直に王妃の元に姿を見せた国王エラムディルフィン・ノルフィオーレに、彼女は問いかけた。
「陛下、レンデンスはどこへ……?」
「レン……? は? なんだ、それは? そなたはそのような下らなくことを聞くためだけに、この俺を呼びつけたのか? 俺は忙しいのだぞ。そなたにかまけている暇などない」
つまらなさそうに問いかける国王に、王妃は内心溜め息をつく。
王妃は確かに、夫である国王に息子の名前を伝えていた。
それでも王が子の名に興味を持たずに覚えていないことは、王妃にとっては予想の範囲内だった。
「レンデンスは、陛下と私の子です」
「ああ、お前の……あれのことか。さてな。記録無き者の末路など、私は知らぬ」
「!? 記録が……? ど、どう言う、ことですか!?」
しかし、続けて夫の口から飛び出したあまりにも不穏で予想外な言葉に、彼女は自らの耳を疑った。
「先日、ティファレが王子を出産した」
「ティファレさま、も?」
ティファレは王妃と同じく国王の妻であり、側室の名前だ。そんな彼女の子どもの名前が、何故レンデンスの話題の中で出てくるのだろう。
「ああ、そうだ。喜ばしいことだろう?」
王妃の息子の誕生は、後継を望んだ彼にとって喜ばしいことではなかったのか。
側室の子を祝福しておきながらレンデンスを祝いもしなかった国王の問いかけに、王妃は内心とは裏腹に祝福を述べる。
「それは……。……っ、おめでとう、ございます」
喪に服さなければならない彼女には、他人を……ましてや愛されない自分を卑下する側室を祝っている余裕はない。しかし、息子の行方を聞くまでは夫を逃すわけにはいかなかった。
「ああ」
拠り所を失った手でネックレスに触れてぐっと歯を食いしばっている妻の様子に気付かず、夫が続けた。
「勿論、国中に報せを出した。待ち望んだ第一王子の誕生に国は沸いているのだ」
「第一、王子……?」
時期的に考えて、側室の子は第二王子に違いない。第一王子であるレンデンスは亡くなったと言うのに、夫は何を言っているのだろうか。
不穏な空気を感じた王妃は、眉をひそめて続きを待つ。
「そのようなめでたい出来事があった最中で、惨たらしい姿へと果てた者の葬儀を行うなど以ての外だ。幸い、あれの存在はそなたに近しい者しか知らぬ」
「え……」
自らの子を悼もうとしない彼の対応は、他人事を越えてまるで不吉な者を始末するかのような物言いだった。
「あれは最初から存在しなかったのだ。そもそもあれは、ティファレに万が一が起きたときのためのスペアだったのだ」
「!?」
残酷な処置を突きつけられた王妃は絶句したものの、すぐに我に返ると反射的に部屋を飛び出した。
「どうして、ロゼル……!」
(っ! いけない……! 例えロゼルヴェルヴェーヌが亡くなったとしても、愛名を最後まで口にしてはいけないわ……! 肉体だけではなく、魂まで、悪意に連れ去られてしまう……!)
例え加護が迷信で効果を発揮しなかったとしても、口にしかけた最愛の名を最後まで言い切ることは憚られた。
「リュンヌ嬢!?」
そして王妃は、道の途中で引き止める声があったことに気付くことのないまま、レンデンスのために用意された部屋へと飛び込んだ。
「……ッ!」
しかし、赤子の装いに溢れていたはずの室内は、綺麗に片付けられていた。
遺体だけではない。愛すると誓った息子の面影は、遺品ですら、何一つ残されていなかった。
「……そんな……」
拠り所の一切をなくし、母は悲しみにくずおれる。
息子の死を受け入れようとした先に彼女を待ち受けていたのは、悪夢としか考えられない、現実を疑うような境遇だった。
王が語った通り、レンデンスは文字通りに存在自体を抹消されてしまったのだ。
「あの子は確かに生を受けたわ! なのに、生まれたことすら、認めてくれないの?」
愛すると誓った愛しい我が子の面影が一つも残されていない部屋の中で、悲観に暮れる母は胸元のネックレスを握りめた。
「私の子だから? だから、私と同じように認めてくれないの……? そんな馬鹿馬鹿しい理由で!?」
王妃として王に尽くしてきた彼女の努力や功績を否定するあまりの仕打ちに、彼女の心が折れてしまうのではないかと誰もが思うような姿だったが……。
「それが理由だと言うのなら……私は絶対に……」
俯いていた顔を上げた彼女は、怒りを内に宿らせた表情をしていた。
「許すわけにはいかないわ……!」
「許さないのなら、お前どうすると言うんだ?」
どこから潜り込んだのだろうか。王妃がかつてどこかで見たような面影を感じる、毒々しい赤紫色の髪をした少年が彼女の目の前に立っていた。
「お前とその息子を蔑ろにした王家に、復讐したいだろう?」
孤独に思い詰める王妃の前に現れ、復讐を唆して手を差し伸べる少年が何者なのか、彼女は直感で理解した。
「……ええ」
「ならば俺の手を取れ。悪魔である俺が、お前に力を貸してやる。王家に復讐するための、力をな!」
悪意に満ちた悪魔の赤紫色の瞳が、王妃の恨みを見通すように貫く。
「あの子の、レンデンスの無念を晴らすためなら、私は……!」
王妃は胸元のネックレスから乱暴に手を放し、意を決して悪魔の冷たい手に触れた。
「悪魔の手だって、取ってみせるわ!」
すると、彼女が首からかけていたネックレスが千切れ、コツンと床に落ちる。
まるでその音を合図にしたかのように、彼女の姿は愛しい我が子の部屋から姿を消した。
そのあと……。
「リュンヌ嬢……?」
公爵が、王妃とすれ違った際の様子を心配して追いかけて来た。
彼は彼女が入っていった部屋の扉を控え目にノックするが、反応がない。
そうしているうちに、部屋の中にいたはずの王妃の姿がないことに気付く。
慌てて王妃の捜索を命じた彼は、室内に残されたピンクゴールドの石が輝くネックレスを拾う。
「これは……リュンヌ嬢のものだ。どうしてこれが落ちているんだ? それにこの部屋は、レンデンスのための……」
そして、周囲を調査したヴァレアキントスは、王妃が失踪したことに気づき、レンデンスに対する王の対応を知る。
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