余命×××日

地野千塩

6

 父の仕事はさらに大きな契約がとれ、あまり家に帰って来なくなった。海外の長期出張でもしている。相変わらず母は帰ってこなかったが、おかげで、家計に余裕も生まれ、家も駅のそばの綺麗なマンションに引っ越した。

 だからといって、幸せというわけではなかった。

「おまえ、やっぱりハム子を殺したんだろう」

 ある日、クラスのリーダー格の男子に喧嘩をふっかけられた。ハム子の件は、風化されたはずだったが、私が殺した説は根強く残っているようだった。

「そういえば、私、ししよが裏校舎の庭でネズミを埋めているの見たことある!」

 クラスの女子まで騒ぎ始めた。ドラちゃんとの契約を誰かに見られていたらしい。

「そういえば、ししよってウザいね!」
「そうそう、気持ち悪い!」

 そうして女子たちに、給食の残りの牛乳をふっかけられた。明らかにいじめであるが、他のクラスメイトは見て見ぬふりで誰も助けてがくれなかった。

 優等生タイプのクラスメイトもニヤニヤと笑っている。

「いじねはダメだぞ〜」

 そんな事まで言って、明らかに私を見下していた。さらに私を追い詰めることまでまでいってくる。

「まあ、いじめられる方にも原因があるね?お前の父ちゃん、仕事でけっこう悪どい事やってる噂あるじゃん」
「そんな、そんな事知らないっtr」
「おかしいじゃないか。お前の父ちゃんの会社だって、ショボかったのに突然拡大し始めさ。噂になってるぜ」

 これ以上、私は反論できなかった。確かに父の会社の急成長っぷりは、不自然だと近所で噂にはなっていた。

 私はらにクラスメイトから牛乳を投げつけられそうになり、大急ぎで逃げた。裏校舎に逃げた。

 ここなら人はいないし、上手くいけばドラちゃんが助けてくれるかもしれない。

「助けて、ドラちゃん!」

 桜の木はすっかり花びらを落とし、鮮やかな緑色の葉をつけていた。誰もいない裏校舎で、大きな声でドラちゃんを呼ぶが、返事は何もなかった。

「どうして…!」

 絶望感が全身を襲い、土の上に崩れ落ちる。
陰キャの自分は、こんないじめは珍しい事ではないが、父のことなどを言われるとさすがにキツい。

 なぜドラちゃんは助けの来ないのだろう?
確かにドラちゃんとは契約はしたが、あの男はきっと私の事は好きでは無い。いくら名前を呼んでも助けに来ないのはこの為かもしれない。
または、代償?

 そもそもあんなネズミ一匹で願いが叶う方がおかしいのだ。一体何を捧げれば良いのかわからない。

 ハッキリとわかるのは、やっぱりドラちゃんは私のことは愛していないという事だった。
どうせ、いじめられている事は慣れている。
このまま噂も消えるよう放っておこう。

 胸には、悔しさや悲しみも溜まっているが、これ以上は手を打つこともできない。願いを叶えてくれるドラちゃんと契約していても、結局ダメなものがダめらしい。

 私は、この時あの男に過剰に期待する事を辞めた。そもそも存在自体がおかしいし、完全に信頼はしていない。

 しかし、何を捧げればあの男が願いを叶えるのかは気になった。ドラちゃんについて信頼は全くしていないが、何をどうすればあの男の心が動くのかは気になった。

 また、ネズミを捧げればいいだろうか?
今いるマンションは、綺麗なのでネズミ一匹よりつかない。それはそれでちょっと残念ではある。

 私は次の捧げもには、隣のクラスに飼われているハムスターに決めた。どうせ、もう私の名誉は地に落ちている。見つかった所で失うものなどはなかった。

 その日の放課後、誰もいない時間を見計らい、ゲージの中のハムスターを盗んだ。ハムスターの身体は暖かく、黒い目は生命力に満ちているように見えた。毛並みも柔らかく、手に気持ちがいいが、力を入れて握りつぶした。

 ハムスターはあっけなく、お陀仏となり、あの桜の木の下に埋めにいった。手が汚れるのも構わず、一心不乱に土を掘り、ハムスターを埋める。

 可哀想だとは思う。
 
 このハムスターは何の罪も無い。しかし、そんな事を考えても仕方がない。

 無理矢理に自分の心にある良心や優しさといったものを追い出す。ふと、心が石になって行くようなイメージが頭に浮かぶ。実際そうなのかもしれないが、もう何も考えずにハムスターを埋めた。

「はは、面白いもんだ」

 そこにドラちゃんが現れた。白い天使のような羽根をバサバサといわせて、私を見下ろしていた。

 羽根が一つだけ、抜けてヒラヒラと地面に落ちる。桜の木のような男だと思った。美しいが、底にあるものは果てしなく闇が広がっているように思う。こんな男に関わってはいけない。

 そう思うが、なぜか足が動かず、私は睨みつけるように男を見据えた。

「ふうん、今回ハムスターか」
「捧げものによって、叶う願いが叶ったりするの?」
「さあ。まあ、人間の死体はスペシャルボーナスがあるぞ」

 ドラちゃんはニタニタと歯を出して笑っていた。でももう逃げられない。契約もしてしまったし、父の仕事も上手くいってしまった。良いものを貰ってしまったのだから逃げられない。もう逃げられない事は、小学生の脳みそでもわかっていた。

「今回はなんだ?何を叶えて欲しい?」

 そういえば、何を叶えたいか考えていなかった。

「いじめられてるのよ。いじめっ子達に制裁を」
「だるいな。全員まとめて殺済んでいいか?」

 ドラちゃんは実に呑気そうに怖い事を言う。

「それはやめてよ。死んで欲しいわけじゃないんだけど」
「なんだよ、つまんねーな。悪夢を見せるぐらいでいいか?」
「うん」
「了解」

 ドラちゃんは意外と素直な態度を見せた後消えた。

 翌日、私はクラスメイトから奇異な目で見られているような空気を感じた。

 避けられているようだった。

 またハムスターの事がバレたのか?と思ったら、いじめっ子達は、悪夢を見たらしい事がわかった。なんでも、夢の中で私が鬼のような形相をして、人を殺していたのだと言う。ドラちゃんがやったに違いない。

「ザマァ!」

 私は、放課後一人で裏庭に行くと大笑いしていた。我ながら嫌な子供だとは思ったが、いじめっ子達が苦しめられていると思うと、おかしくて仕方がない。

 その後、何度か似たような事があった。

 そのたびにハムスター、リスなどの小動物を殺してドラちゃんに捧げて助けてもらった。

「馬鹿な娘だ」

 ドラちゃんは呆れていたが、必ず願いを叶えてくれ、大きな代償を求められる事はなかった。

 不思議と動物を殺している事は、クラスメイトにも教師にも親にもバレなかった。どうやらドラちゃんの不思議なパワーでそうなっているようだった。

 私はすっかり、ドラちゃんに死骸を捧げて願いを叶えて貰う事にハマってしまっていた。

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