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棘々と輝く君は僕を映すけど

おくとりょう

第1話 視界の隅には青い影。

 深く芳醇な香りが、ゆったりと漂う店内。

 通りに面した大きな窓からは、人や車が忙しなく行き交うのが見える。見下ろすように建ち並ぶいくつものビル。その隙間から覗く明るい空は春のシアン。うっすら白い雲広がっていて……。
 ――平和で穏やかな一日の始まる予感がした。

 窓の外の澄んだ青をぼんやり眺めながら、少年はコーヒーカップに口をつけた。

 最近、ようやく飲めるようになった黒いコーヒー。ひとつだけ入れた角砂糖もう溶けて紛れてしまっていて、コクが深く、胸に沁み渡るような気がした。ちょっぴり大人な気分に浸って目を閉じる。

「……それで、例の二股カエル男とはどうなったの?」
 側の席の女性客の声。すっと飛び込んできたその声に、少年はこっそり聞き耳を立てた。

「……あぁ。もういいの。もう、ケジメはつけてきたつもりだから」
 少しかすれた女性の声がそう答えた。淡くアッシュに染まったマッシュショートヘア。こっそり振り返った少年の目に、彼女は何だか萎(しお)れて見えた。
「なんだ。あんたのことだから、何か仕返しでもしたのかと思った」
 その言葉に、ショートヘアの彼女の瞳の奥で何かが揺れる。鈍く輝くは黄色い光……。
 しかし、それもつかの間。さっと前髪を払って笑う彼女はどこにでもいる綺麗な女性だった。
 そして、何もなかったかのように、またとりとめのない世間話を始める二人。

 店内には明るいクラシックが小さく流れている。
 少年は少し冷めてしまったコーヒーを一口だけすすると、鞄からA4のノートを取り出した。小さくため息をついて、再び軽く目を閉じる。
 窓の外を子どもたちが駆け抜けた。軽く弾む玉のように。風に舞いゆく花のように。
 優しく輝くお日さまの前を小さな雲が横切った。ただそれだけで、明るい青が少し陰った。

 ――そんな気がした春の日の午後。

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