魔女が最高層の世界で最下層の男と愛し合ったら 〜最下層のディアレスト〜

星名 泉花

拾われた男と3番目のお姫様【2】

「っつぅ……!」

「えっ?」


服に赤い染みが広がっていく。

エレオノーラの手に血が付着していた。

声を我慢して、痛みに耐える男を見てエレオノーラは男の服を引っ張っていた。


「あなた怪我してたの!? ちょっと見せて!!」

乱暴な手つきに見えて、エレオノーラは動揺で手が震えていた。

男の服をずらし、肩を露出させる。

そこには鋭利なものによって斬りつけられた傷があった。


(なにこれ、傷だらけじゃない。男は頑丈って本には書いてあったのに)


エレオノーラは男がどういうものかを知らない。

本に記載されていた知識だけがエレオノーラの考える男であった。

しかし実際、目の前の男は思ったよりも細く脆い。

それにも関わらず、やはり女性の身体とは違うと直感的に認識していた。

傷を負った男の耐える姿に胸が痛くなる。


(こんなの痛いに決まってるじゃない)

強張る男の腕を撫でたあと、エレオノーラはやさしい手つきで傷口付近に触れた。


「もう一度触るから我慢してね」


手のひらから淡い光があふれ出す。

流れる水の音が男の耳をくすぐった。

光が消えると切り傷ははじめからなかったかのように治っていた。

男の漆黒の瞳に、やさしい光が宿る。

エレオノーラは満足げに穏やかに微笑んだ。


(これでよし。 さすがに古傷は治せないなぁ)

一般的なレベルの魔女ならば切り傷の跡を残さずに治すことが出来る。

だがエレオノーラは魔力の低さもあり、魔女としては半人前にもならなかった。


「まほ……」

「あら、喋れるんじゃない。魔法を見るのははじめて?」


男は首を横に振る。

はじめてではないようだ。


「魔法は、怖いもの。今、何をした?」

「怖くないわよ。傷を治しただけじゃない」

「痛いものでは、ない……」


ずいぶんと口調がたどたどしく、話すことに慣れていない。

恐る恐る治った傷口に触れる男。

痛みがないことを確認して、目を見開いて固まっていた。

これはどういう反応なのかが理解できないエレオノーラは首を傾げざるを得ない。

男は魔法を使えないと知っているようだが、男が考える魔法の基準が異なるのだろうか。

少なくとも痛いかどうかのものではない。

エレオノーラと男にとっての魔法の認識が違っていた。


「とりあえず立ってくれる? 服もボロボロだし、着替えましょう?」


男の服はどうしようか。

洋裁店にお願いするしかないだろうか。

魔女しかいないのだから男物の服はない。

大きめの服か、洋裁技術を得意とする魔女にお願いするしかないだろう。

男であるからといい雑に扱うという考えはエレオノーラにはなかった。

というより、エレオノーラが知っていた男とは異なっていたため、怖いと思わなかった。

魔女だ、男だの概念より、目の前にいる存在として見ていた。

そこまで深いことも考えず、手を伸ばす。

だが男は肩を上げ、反射的に拒絶を示していた。


「あ、ごめんなさ……。ごめんなさい……」

何もしていないエレオノーラにとっては怯えられる理由がわからない。

それでも冷静に男を観て、傷だらけの身体から恐ろしいことがあったのだと察した。

エレオノーラの心が動く。

優しくしたい。

ただそれだけだった。


「大丈夫だよ。ほら、平気でしょう?」
 
そう言って男の手に触れ、両手で包み込む。

男はしばらくその手を見つめ、動こうとしなかった。


「あたたかい」


男の言葉にエレオノーラは思わず笑ってしまう。

ほわほわした気持ちがエレオノーラを包んだ。


「あなたの手もあたたかいよ。男ってもっと違うものだと思ってた」

男は最下層の生き物で、暴力的な存在だと本には書かれていた。

嫌がる女をねじ伏せる欲望まみれだと。

いざ男を前にしても、エレオノーラにはそんな怖い生き物には見えなかった。

むしろあたたかい気持ちになり、自然と口角が緩やかな弧を描く。

生きる層が違っても大して変わらないことを知った。


(ちゃんと綺麗にしたらもっと良くなるわよね? 黒髪に黒い瞳だもの)


「私はエレオノーラ。みんなからはエレナって呼ばれてるわ。あなたに名前はあるの?」


男はエレオノーラから目をそらし、長く黒いまつ毛を伏せる。

その繊細な美しさに一瞬心臓が跳ねた。


「名前……ない。煤って呼ばれてた、かも……?」

「煤?」

「髪も瞳も煤みたいだって。この色は、汚い」

「そう? 素敵な色だよ?」


魔女は黒色を好む。

魔力の象徴でもあるからだ。

男が黒色を嫌がる理由が不思議であった。


「綺麗な色は……この色だ」

「え?」


男が手を伸ばしてエレオノーラの白銀の髪に触れる。


「キャッ!?」


突然のことにエレオノーラは驚いて後退ってしまう。

男は気まずそうに手を引っ込め、小さくなっていた。


「あ、ご、ごめんなさい。女の人に触ってごめんなさい……」

「驚いただけだから気にしないで!? 別に触っても大丈夫だから!」


焦ったエレオノーラは男の手首を掴み、髪を触らせる。

真っ直ぐに男を見つめ、しっかりと手を握っていると男がためらいながらも手を動かし、指先で白銀の髪を梳いた。

はじめて男がぎこちなく笑う。

エレオノーラの中で何かが変わった。

まるで全身の細胞がざわめき、震えているかのような感覚を味わった。


(変なの……)

少しおかしくなって、つられて笑ってしまった。


「リベルト。これからあなたのこと、そう呼ぶわね。呼び名がないと接しにくいもの」

「リベ……?」

きょとんとするリベルトにエレオノーラはやわらかく微笑みかける。


「リベルト。昔の言葉で”フィリベルト”、”光り輝く人”という意味よ」

きっとその意味はエレオノーラよりふさわしい。

キレイな黒色はまるで夜空のようで、たくさんの星が光り輝いて美しいのだから。


「ちょっといじっちゃってるから、そのままの意味ではなくなっちゃうけどね」


髪に触れる男の手をとり、エレオノーラは男の瞳を覗き込むように花を咲かせた。


「私の名前と同じ意味よ。よろしくね、リベルト」

「光り輝く人……リベルト」


噛みしめるように名前を呟くリベルト。


「エレオノーラ。同じ意味」


嬉しそうに笑うリベルトにエレオノーラは目を奪われた。

あまりに美しく、吸い込まれそうだと思った。

男はもっと野蛮で汚いものという知識を覆すものだった。


(やっぱり変だわ。……こんなこと思う私が変なのかしら?)

こうしてエレオノーラとリベルトはお互いを知り、出会ったのであった。



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