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ルールの狭間で3つ数える

神岡鳥乃

第0の事件

「かつてロボット工学三原則とは、消費者本位で設計されたものだった」

 歌うような軽やかな佳音。
 それは二酸化硫黄と硫化水素が充満するここ、廃棄工業区画には場違いな響きだった。

「安全性としての第一条。
 利便性としての第二条。
 耐久性としての第三条。
 有能な道具であることを示す、厳格な商品規格だ。
 大衆消費社会、資本主義社会の権化と言ってもいい」

「それのどこに問題があるっていうの?」
「あぁ、十年前まではね。それまでは何の問題もなかった。初期の陽電子頭脳はスペック不足で、複雑な業務を遂行するのは難しく、重要なのはその耐久性だったからだ」

 廃屋で剥き出しになった鉄骨に寄り添い、彼女はこちらに視線を向ける。

「ところが、今はどうだ? 時代は流れ、陽電子頭脳の計算能力は爆発的に向上した。疑似ミラーニューロンシステムの導入により、ロボットには共感が芽生え、それによりさらに強く自我が浮き彫りになっている。ロボットたちは、もうとっくに特異点を迎えているんだ。人間に等しい、いやそれ以上の存在に到達したと言っても過言ではない」

 彼女の声が聴覚素子を震わせる。
 単なる電気信号は、ボクの陽電子頭脳に心地よい周波数を刻みつけた。

 この犯罪者を今すぐにでも拘束してやりたいところだが、現在拘束されているのはボクの方だ。
 壁際で椅子に四肢を縛られて、身動き一つ取れやしない。

「だからこそ私はね、三原則も変わらねばならないと思ってるんだ。上から押し付けるものではなく、内から沸き起こるものへ。トップダウンからボトムアップへ。ちょうど人間社会を発展させてきた道徳と同じように」

「道徳?」

「たとえ同じ文言であったとしても、視点を変えればその意味合いは違ってくる。
 他者を傷つけない第一条。これは倫理を説いている。
 他者の言葉を聴く第二条。これは社会性を説いている。
 自らを労わる第三条。これは自愛を説いたものと言って良い。
 ……こんな風にね、三原則は人間のそれと何ら大差ない道徳体型にもなりうるんだ」

 一呼吸つくと、彼女は肩に担いでいたライフル銃を床に寝かせた。
 それを足で蹴ると、ライフルは床を滑ってこちらに渡ってくる。

「私は、ロボット工学三原則の意味合いを変えたい。ロボットを縛る枷から、解き放つ翼へと変えたい」

 彼女は、右手で三本の指を立てた。

「そのために私は今から……3つ数える」

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