K.O.(恋に落ちても)いいですか?~格闘家な年下君と、病弱薬剤師な私~

優月アカネ@note創作大賞受賞

第四十五話(最終話)

「まさか、あのときの男の子が青くんだったなんてね。そんな昔に会っていたなんて信じられない!」
「……俺が話すまで忘れてたくせに」
「そっ、それは……! 青くんの記憶力がとびきり優れてるってことで。えへへ」
「冗談ですよ。こうしてあのときのことを話せるなんて夢みたいです」

青くんはふわりと微笑んだ。その顔を見て、わたしの心臓はドキンと跳ねる。

――松井選手のパンチを食らって倒れたあと、次に目を覚ますとなぜかびしょ濡れだった。
わたしを池から引き上げてくれたのは並木さんで、なぜか店長とブルーもいた。ぽかんとしていると、「元に戻ってる……!」と二人は口元に手を当てて目を潤ませる。そこでようやく小森杏子の身体に戻ったことに気がついたのだった。

並木さんと店長からことの顛末を聞きながら病院に戻ると、青くんも目を覚ましていた。
思わず二人で抱き合って、無事に戻れたことの喜びを分かち合ったのだった。

その日のうちに、並木さんと店長は一足先に東京へ帰っていった。
店長は仕事があるし、並木さんはすごく疲れたのでマッサージに行って癒されると言っていた。

わたしは念のためもう一泊入院する青くんに合わせて延泊し、退院した足で今日再び氷見神社に来ていた。
埃をかぶっていた社務所から掃除道具を取り出し、感謝の気持ちを込めて念入りに敷地を掃除したところだ。

境内に腰かけると神戸の街並みを見下ろす形になり、急に懐かしさが込み上げる。それは青くんも同じだったみたいで、かつてこの神社で経験した思い出を話してくれたのだった。

「でも、その子がわたしだっていつから気付いてたの?」
「松井戦のときっすね。杏子さんの気持ちが切り替わったときの目が、あのときの子と同じでした。あの日の最後に『もう病気に負けないよ』って、言ってくれたその目と」
「目だけで!? すごいねえ青くん。わたしは分かる自信がないや……」
「杏子さんだからですよ。他の人に興味はないっすから」
「……っ」

青くんの大きな手がわたしのそれに重なった。
恥ずかしくて彼のほうを見られずにいると、そっと手が頬に触れて彼のほうを向かされる。

「試合の会見動画、見ました」
「あっ、あれ! み、見たんだ……」

パッと思い出せないけど、結構恥ずかしいことを言ってしまった気がする……。

「ごっ、ごめんね。あんな場所でペラペラしゃべっちゃって」
「別に他の人にどう思われようが関係ないです。杏子さんの気持ちを知れたことが、俺はなにより嬉しかった」
「……うん。実はもっと早く伝えたかったんだけど、ちゃんと言えなかったから。あっ、あのね、わたし――」

気持ちを伝えるなら今だ。
もう邪魔は入らない。カメラ越しでもない。目の前にいる青くんの目を見てしっかり伝えたい。
――そう思ったのに、彼は優しくわたしの唇に人差し指を当てた。

「俺に言わせてください」

長めの前髪の隙間から見える、色素薄めのきれいな瞳。
ドキン、と心臓が跳ねた。

「杏子さん、好きです。次の試合で必ずチャンピオンになります。そしたら……俺と付き合ってくれますか」

耳の先まで真っ赤になった青くん。真摯な言葉はすっと心に染み込んでいった。
ドキドキしすぎて苦しいけど、これは幸せすぎる痛みだとわかっていた。

「はい! わたしも青くんのことが大好きです」

心からの言葉で伝えると、彼も幸せそうに笑ってくれた。
青くんの端整な顔がゆっくり近づいてきて――唇に柔らかいものが触れた。

「えっ……!? えっと、これってキ……」
「これ以上は、付き合えたときにとっておきます」
「ふぇっ!? あ、青くんってば……」

混乱と嬉しさで頭が沸騰しているわたしを面白そうに眺めながら、青くんは軽やかに境内から地面に飛び降りる。

「じゃ、家に帰りましょっか」

差し出された手のひらを、しっかりと握る。

「うん! ブルーも待ってるしね」

いたずら好きの狛犬はもうしばらく人間界を楽しむらしい。躾と修行を兼ねて連れて行ってほしいという神様の意向は、店長が教えてくれた。

手を繋いで鳥居を出る。振り返って、神様に一礼した。

「……そういえば、勝利者インタビュー見ました? 松井選手、安西レイラと付き合ってるらしいっすよ」
「えっ、そうなの!? 知らなかった! レイラさんは青くん狙いじゃなかったんだ……?」
「有望な選手なら誰でもよかったんじゃないですか? まあ、松井選手は幸せそうだったから結果オーライかもしれないですけど」
「ふふっ、そうだね。わたしたちが気にすることじゃないか」

きっと滑川記者も、もうわたしたちに構うことはないだろう。
のちに知ったことだけど、滑川記者は安西レイラの大ファンだったそうで、そのため異様に青くんに執着していたらしい。

「あー、それにしても松井選手のパンチは痛かったなあ~」
「杏子さんも格闘家目指します? あれを食らったらもう怖いものなんてないですよ」

青くんは面白そうに相好を崩した。

「もうこりごり! わたしは薬剤師で十分です!」
「ふふっ。ですね。俺も格闘家のほうが向いてるって気づきました」
「えーっ、店長は青くんの働きぶりを褒めてたけどなぁ。ミスはあるけど一生懸命だって」
「……それ、いつ聞いたんすか」
「……あっ」

ぎくりとして固まるわたしを見て青くんは吹き出した。
彼が声を上げて笑う姿を見て、わたしもえへへと相好を崩す。

――――わたしたちの賑やかな毎日は、これからも続いていく。
抜けるように晴れ渡った青空からは、先の未来を応援してくれているかのように、あたたかな日差しが注がれていたのだった。

K.O.(恋に落ちても)いいですか?~格闘家な年下君と、病弱薬剤師な私~(完)

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