K.O.(恋に落ちても)いいですか?~格闘家な年下君と、病弱薬剤師な私~
第十六話
退院の日、病室には青くんが迎えに来てくれた。
傍から見たらただの友人同士、あるいは恋人に見えているのかもしれないけど、その中身はあべこべというおかしな状態だ。
わたしはまだ慣れない大きな身体を縮こめるようにして病院を後にした。
風は暖かく、道端にはたんぽぽが咲いていて、入院している間に季節が進んでいることを感じた。
青くんは「持ちます」とわたしの手から荷物を取った。
「まずは杏子さんの家に行きます。俺の家に持っていく荷物をまとめてください」
「あの、そのことなんだけど。やっぱり一緒に住まなくてもいいんじゃない? スマホで連絡はとれるし、そこまで家も遠いわけじゃないし……」
あれからいろいろ考えた結果、やっぱりまずいんじゃないかと思い始めている。
なにより青くんは未来ある若手格闘家だから、女性と同棲しているのが週刊誌にでもばれたら大変なんじゃないだろうか。有名女優さんとの熱愛報道のときもそうだったし……。
けれども青くんはツンとした顔だ。
「これからはいろいろ情報共有する必要があると思いますし、聞きたいことも出てくると思うんです。いちいちメッセージを送るより直接解決できる環境のほうがいいっすよ」
「うぅ~ん。青くんの言う通りではあるんだけど、やっぱり迷惑じゃないかな? 誰かに勘違いされたりされたら……」
「杏子さんとなら全然いいですよ。……車、着きました。乗ってください」
「えっ、車で来てくれたの?」
てっきり駅に向かっていると思って着いて歩いてきたけど、病院の駐車場だった。
そして目の前にあるのはとんでもなくかっこいいスポーツカーである。
(見たこともないエンブレム! 外国の車なのかな? たっ、高そう……!!)
いちおう免許は持っているけどペーパードライバーなわたしは仰天してしまう。青くんは後部座席に荷物を置き、助手席のドアを開いてわたしに乗るように促した。
ドキドキしながら「おじゃまします……」と乗り込む。
シートベルトの装着に手間取っていると、青くんが運転席から身を乗り出してやってくれた。
「あ、ありがとう」
「じゃ、行きますね」
ブゥゥゥゥン!! と唸るように派手なエンジン音とともに車は動き出す。
青くんは慣れた手つきでシフトレバーを動かし、だんだんとギアを上げていく。
日よけのためか、いつの間にか彼はサングラスをかけていた。自分で買ったと思われるパーカーとデニムパンツは普段のわたしなら選ばないようなメンズライクなもので、自分なのに自分でないように見えた。
(話がうやむやになっちゃったけど。わたし、これから青くんと一緒に住むんだ……)
二人きりの狭い空間にいると、否応でも意識せずにはいられない。
わたしのほうが年上なのだからしっかりしなきゃと思うのに、入れ替わってからは青くんがいつも以上に頼もしく見えてしまうのだった。
◇
久しぶりに自分の家に帰ってきたわたしは、旅行用のキャリーケースに荷物をまとめた。あったほうが青くんが便利かなと思って衣類や恥ずかしいけど下着など。あとは化粧水とか美容品一式に、薬学の勉強に使う書籍も詰め込んだ。
そういえば薬局の仕事はどうなっているのかと尋ねると、「頭の事故ってことで傷病休暇をもらってます」と教えてくれた。その言葉を聞いてほっと一安心する。
「キャリーケース、持ちますよ」
「あっ、大丈夫! 青くんの身体は力持ちだから全然重さを感じないの。感動しちゃった!」
「……そっすか」
青くんはなんだか嬉しそうだった。
車に戻ったわたしたちは青くんの家に向かう。
一度だけ訪れたことのある彼のマンションは相変わらずきれいで高級そうだ。
「そういえば、青くん鍵はどうしたの? 入れ替わってからもこの家にいたんでしょう」
「杏子さんに合鍵渡してたでしょ。バッグに入っていたんで、それ使いました」
「ああ……! そういえばそうだったね。偶然とはいえ不幸中の幸いだったね」
「……ですね。上がってください」
「おじゃまします」
一度お邪魔したことはあったけど、改めて家の中を案内してくれた。
間取りは2LDK。リビングやキッチンのほかに部屋が二つあって、玄関横にある一部屋をわたしに貸してくれるとのことだった。
「もとはトレーニング部屋だったんで、ごちゃっとしてて申し訳ないっす。いちおう布団とかは新しいの用意しました。クローゼットには俺の着替えが入ってます。俺はリビングの隣の部屋なんで、なんかあったらいつでも声かけてください」
「わっ、なにからなにまでごめんね! お布団いくらだった? 払わせて!」
「いいっす。別にそんな高いものでもないし。……並木さんが遊びに来るといつもリビングのソファで寝ちゃうんで、いずれ買おうと思ってたんです」
「あはは……。並木さんってしっかりしてるけど自由人だよね」
退院したばかりだからと青くんは気遣ってくれて、夕飯はデリバリーで済ませてひとまず今日は休むことになった。
持ってきた荷物を片付けて早めに布団に入る。
なんとなく電気を真っ暗にはできなくて、豆電球にして目を閉じた。
(…………。眠れない)
寝返りばかり打ってしまってなかなか寝付けない。
それでも目を閉じてゴロゴロしていると、真夜中に冷蔵庫を開けるような音がした。
(青くんも眠れないのかな……?)
彼がすぐ隣の部屋にいるということが、すごく不思議な感じがした。
というより、入れ替わってしまったことも含めてずっと非現実的なことが続いている気がする。
(なんでこんなことになっちゃったんだろ……。この先どうなるのかな……?)
同居一日目の夜は緊張と恥ずかしさで、結局朝方まで眠ることができなかったのだった。
傍から見たらただの友人同士、あるいは恋人に見えているのかもしれないけど、その中身はあべこべというおかしな状態だ。
わたしはまだ慣れない大きな身体を縮こめるようにして病院を後にした。
風は暖かく、道端にはたんぽぽが咲いていて、入院している間に季節が進んでいることを感じた。
青くんは「持ちます」とわたしの手から荷物を取った。
「まずは杏子さんの家に行きます。俺の家に持っていく荷物をまとめてください」
「あの、そのことなんだけど。やっぱり一緒に住まなくてもいいんじゃない? スマホで連絡はとれるし、そこまで家も遠いわけじゃないし……」
あれからいろいろ考えた結果、やっぱりまずいんじゃないかと思い始めている。
なにより青くんは未来ある若手格闘家だから、女性と同棲しているのが週刊誌にでもばれたら大変なんじゃないだろうか。有名女優さんとの熱愛報道のときもそうだったし……。
けれども青くんはツンとした顔だ。
「これからはいろいろ情報共有する必要があると思いますし、聞きたいことも出てくると思うんです。いちいちメッセージを送るより直接解決できる環境のほうがいいっすよ」
「うぅ~ん。青くんの言う通りではあるんだけど、やっぱり迷惑じゃないかな? 誰かに勘違いされたりされたら……」
「杏子さんとなら全然いいですよ。……車、着きました。乗ってください」
「えっ、車で来てくれたの?」
てっきり駅に向かっていると思って着いて歩いてきたけど、病院の駐車場だった。
そして目の前にあるのはとんでもなくかっこいいスポーツカーである。
(見たこともないエンブレム! 外国の車なのかな? たっ、高そう……!!)
いちおう免許は持っているけどペーパードライバーなわたしは仰天してしまう。青くんは後部座席に荷物を置き、助手席のドアを開いてわたしに乗るように促した。
ドキドキしながら「おじゃまします……」と乗り込む。
シートベルトの装着に手間取っていると、青くんが運転席から身を乗り出してやってくれた。
「あ、ありがとう」
「じゃ、行きますね」
ブゥゥゥゥン!! と唸るように派手なエンジン音とともに車は動き出す。
青くんは慣れた手つきでシフトレバーを動かし、だんだんとギアを上げていく。
日よけのためか、いつの間にか彼はサングラスをかけていた。自分で買ったと思われるパーカーとデニムパンツは普段のわたしなら選ばないようなメンズライクなもので、自分なのに自分でないように見えた。
(話がうやむやになっちゃったけど。わたし、これから青くんと一緒に住むんだ……)
二人きりの狭い空間にいると、否応でも意識せずにはいられない。
わたしのほうが年上なのだからしっかりしなきゃと思うのに、入れ替わってからは青くんがいつも以上に頼もしく見えてしまうのだった。
◇
久しぶりに自分の家に帰ってきたわたしは、旅行用のキャリーケースに荷物をまとめた。あったほうが青くんが便利かなと思って衣類や恥ずかしいけど下着など。あとは化粧水とか美容品一式に、薬学の勉強に使う書籍も詰め込んだ。
そういえば薬局の仕事はどうなっているのかと尋ねると、「頭の事故ってことで傷病休暇をもらってます」と教えてくれた。その言葉を聞いてほっと一安心する。
「キャリーケース、持ちますよ」
「あっ、大丈夫! 青くんの身体は力持ちだから全然重さを感じないの。感動しちゃった!」
「……そっすか」
青くんはなんだか嬉しそうだった。
車に戻ったわたしたちは青くんの家に向かう。
一度だけ訪れたことのある彼のマンションは相変わらずきれいで高級そうだ。
「そういえば、青くん鍵はどうしたの? 入れ替わってからもこの家にいたんでしょう」
「杏子さんに合鍵渡してたでしょ。バッグに入っていたんで、それ使いました」
「ああ……! そういえばそうだったね。偶然とはいえ不幸中の幸いだったね」
「……ですね。上がってください」
「おじゃまします」
一度お邪魔したことはあったけど、改めて家の中を案内してくれた。
間取りは2LDK。リビングやキッチンのほかに部屋が二つあって、玄関横にある一部屋をわたしに貸してくれるとのことだった。
「もとはトレーニング部屋だったんで、ごちゃっとしてて申し訳ないっす。いちおう布団とかは新しいの用意しました。クローゼットには俺の着替えが入ってます。俺はリビングの隣の部屋なんで、なんかあったらいつでも声かけてください」
「わっ、なにからなにまでごめんね! お布団いくらだった? 払わせて!」
「いいっす。別にそんな高いものでもないし。……並木さんが遊びに来るといつもリビングのソファで寝ちゃうんで、いずれ買おうと思ってたんです」
「あはは……。並木さんってしっかりしてるけど自由人だよね」
退院したばかりだからと青くんは気遣ってくれて、夕飯はデリバリーで済ませてひとまず今日は休むことになった。
持ってきた荷物を片付けて早めに布団に入る。
なんとなく電気を真っ暗にはできなくて、豆電球にして目を閉じた。
(…………。眠れない)
寝返りばかり打ってしまってなかなか寝付けない。
それでも目を閉じてゴロゴロしていると、真夜中に冷蔵庫を開けるような音がした。
(青くんも眠れないのかな……?)
彼がすぐ隣の部屋にいるということが、すごく不思議な感じがした。
というより、入れ替わってしまったことも含めてずっと非現実的なことが続いている気がする。
(なんでこんなことになっちゃったんだろ……。この先どうなるのかな……?)
同居一日目の夜は緊張と恥ずかしさで、結局朝方まで眠ることができなかったのだった。
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