K.O.(恋に落ちても)いいですか?~格闘家な年下君と、病弱薬剤師な私~

優月アカネ@note創作大賞受賞

第十四話

意識が浮上してまず感じたのは、全身を包む怠さだった。
たっぷりと水分を含んだ洗濯物のように、重たいものが身体にまとわりついているような感覚。

(…………ここは……?)

白い天井に、眩しい蛍光灯。

(家じゃない……。あれっ? わたし、青くんの病院に行って、そのあと……)

ドキンと心臓が跳ねる。
意識が途切れる前に見たのは、この天井に付いている蛍光灯のような白いヘッドライト。
脳裏に蘇る並木さんの大きな声――。

(わたし、事故ったんだよね……?)

多分それで合っていると思う。並木さんの声が聞こえるとほとんど同時に強い痛みが走り、記憶が途絶えている。

(でも今はどこも痛くない。怠いだけ。助かったんだ……!)

少しづつ頭がクリアになってくると、病院の匂いと電子機器の規則的な音がすることに気がつく。
身体に力を込めて起き上がると、近くにいたらしい看護師さんが驚きの声を上げる。

「空谷さん! 意識が戻ったんですね! 今先生を呼んできますから、そのまま安静にしていてくださいっ!」

急いで部屋を出ていく看護師さん。

(……今、空谷って聞こえたような? わたしの苗字は小森だけど。空耳だったかな……?)

今日は何月何日だろう。青くんの意識は戻っただろうか。
スマホを探そうと辺りを見回すけど、どこにも自分の荷物が見当たらない。
しかもなぜかわたしは個室に収容されていた。普通こちらから希望しない限り――あるいは有名人でもない限り大部屋に入るはずなのに。

喉の渇きを感じたので、点滴を引きながら備え付けの洗面に移動する。
なんだかいつもより目線が高いような……? 事故って感覚がおかしくなっちゃったんだろうか。

積み重なった違和感の正体は、洗面所に入ると同時に判明した。

「…………えっ????」

正面の鏡に映っているのは、小森杏子ではなかった。
肩に触れるか触れないかくらいのサラサラとした髪。長めの前髪の下からのぞく切れ長の目に、すっと通った鼻梁。
誰もが見惚れる端整な顔は、鏡の中で雷に打たれたような表情をしていた。

「あお、くん…………?」

どう見ても空谷青の顔。そして今喉から出た声も青くんのもの。
どうして? これは夢? 実はまだ目が覚めていないってこと!?

一気にいろいろな情報が押し寄せたためか、ぐわんっと視界が回り、胸のあたりが急に気持ち悪くなる。
思わずその場にしゃがみこみ、すぐ隣のトイレに頭を突っ込んだ。

「………おえっ……けほっ……ゲホンッ……」

(……嘘よ、嘘……。でも、こんなに苦しいのって夢でもあり得るの? わけがわからない……)

廊下からバタバタと足音が聞こえ、そして病室に入ってくるのが聞こえた。

「空谷さん! あれっ? どこ? あっ、トイレで倒れてます! ちょっと大丈夫ですか!?」

看護師さんのそんな言葉を最後に、わたしは再び意識を飛ばしたのだった。

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