K.O.(恋に落ちても)いいですか?~格闘家な年下君と、病弱薬剤師な私~
第八話
空谷選手の真剣な表情に、呼吸が止まる。
普段見上げるように話している彼の顔が、わたしの斜め下にある。ただそれだけのことなのに、まるで別人のように見えてしまうのはなぜだろう。
長い睫毛に、色素の薄い茶色の瞳。こんなに近くで見てもすごくきれいだ。
思わず見とれていると、彼の形のよい唇が動いた。
「あの報道はデマなんで、気にしないでほしいです」
「……デマ? ケホッ」
「はい。あの人も犬を飼ってて、ブルーとトリミングサロンが同じなんですけど、ほんとそれだけで。俺が落としたキーホルダーを拾っただけであんなことを言ってるんす。今ジムのほうから正式に抗議してるとこなんで」
「そっ、そうなんだ……」
空谷選手はまっすぐにわたしの目を見て話してくれた。ほんとうのことを言ってくれているのだと直感する。
「さっきは……エントランスでは失礼なことを言ってごめんなさい。間違いなのに真に受けちゃって」
「いいっす。少しは俺のことを気にしてくれたのかなって、ちょっとだけ嬉しかったですし」
「……っっ!」
あの空谷選手が、微笑んでいる!
貴重な表情はすぐにひっこんでしまったけど、彼は確かに今、にこりと笑っていた。
落ち着いていた身体の熱さが一気にぶり返し、頭がくらくらしてくる。
(よく考えたら空谷選手の自宅に二人きりじゃないの! やばい、今ごろドキドキしてきた)
気恥ずかしさからくる熱さなのか体調不良なのか、もはや判断がつかなかった。
気持ちを落ち着けようと、ふたたび紅茶に手を伸ばす。
「……空谷選手ってば、キーホルダーを落としすぎじゃないですか? わたしのときもそうでしたよ」
「そうっすね。初心を忘れないように色んなとこにつけてたんですけど、落とすくらいなら家に保管しときます。……杏子さんに変な誤解もされたくないから」
「へっ!?」
さらりと名前呼びしてきたのをしっかり聞いてしまった。
せっかく紅茶で気持ちを整えようとしていたのに、一気に全身がふわふわしていく。
(あっ、これやばいかも。力が入らない……)
貧血にも似た、頭のてっぺんから生気が抜けていくような感覚。
「あの。杏子さん。実は俺――……」
改まった表情で空谷選手が向き直る。
彼はどこかはにかみながら、けれども真剣な表情で何かを話そうとしてくれたのだけど。
「……あれっ? 杏子さん、大丈夫ですか?」
そこでわたしの意識は遠のいていき、最後に聞こえたのは慌ててわたしの名前を繰り返す彼の声だった。
普段見上げるように話している彼の顔が、わたしの斜め下にある。ただそれだけのことなのに、まるで別人のように見えてしまうのはなぜだろう。
長い睫毛に、色素の薄い茶色の瞳。こんなに近くで見てもすごくきれいだ。
思わず見とれていると、彼の形のよい唇が動いた。
「あの報道はデマなんで、気にしないでほしいです」
「……デマ? ケホッ」
「はい。あの人も犬を飼ってて、ブルーとトリミングサロンが同じなんですけど、ほんとそれだけで。俺が落としたキーホルダーを拾っただけであんなことを言ってるんす。今ジムのほうから正式に抗議してるとこなんで」
「そっ、そうなんだ……」
空谷選手はまっすぐにわたしの目を見て話してくれた。ほんとうのことを言ってくれているのだと直感する。
「さっきは……エントランスでは失礼なことを言ってごめんなさい。間違いなのに真に受けちゃって」
「いいっす。少しは俺のことを気にしてくれたのかなって、ちょっとだけ嬉しかったですし」
「……っっ!」
あの空谷選手が、微笑んでいる!
貴重な表情はすぐにひっこんでしまったけど、彼は確かに今、にこりと笑っていた。
落ち着いていた身体の熱さが一気にぶり返し、頭がくらくらしてくる。
(よく考えたら空谷選手の自宅に二人きりじゃないの! やばい、今ごろドキドキしてきた)
気恥ずかしさからくる熱さなのか体調不良なのか、もはや判断がつかなかった。
気持ちを落ち着けようと、ふたたび紅茶に手を伸ばす。
「……空谷選手ってば、キーホルダーを落としすぎじゃないですか? わたしのときもそうでしたよ」
「そうっすね。初心を忘れないように色んなとこにつけてたんですけど、落とすくらいなら家に保管しときます。……杏子さんに変な誤解もされたくないから」
「へっ!?」
さらりと名前呼びしてきたのをしっかり聞いてしまった。
せっかく紅茶で気持ちを整えようとしていたのに、一気に全身がふわふわしていく。
(あっ、これやばいかも。力が入らない……)
貧血にも似た、頭のてっぺんから生気が抜けていくような感覚。
「あの。杏子さん。実は俺――……」
改まった表情で空谷選手が向き直る。
彼はどこかはにかみながら、けれども真剣な表情で何かを話そうとしてくれたのだけど。
「……あれっ? 杏子さん、大丈夫ですか?」
そこでわたしの意識は遠のいていき、最後に聞こえたのは慌ててわたしの名前を繰り返す彼の声だった。
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