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『ローズマリーの赤ちゃん』の恐怖とミア・ファロー

 ローズマリーの赤ちゃん
https://youtu.be/_zb9a7aWCWw?si=O3vfef1gelb_VGFC

『ローズマリーの赤ちゃん』は、アイラ・レヴィンの小説を原作とした1968年制作のアメリカのホラー映画。

 血や死体といった直接的なスプラッタ描写をほとんど用いず、サスペンスのみで恐怖を生み出していく。人間の心理を巧みに演出した恐怖映画だ。
 徐々に追いつめられていくミア・ファローの演技も見事だ。ストーリーの細部についても物語の序盤から伏線が巧みに張られており、二度三度観ても新たな発見がある作品に仕上がっている。

 また物語の内容に負けず劣らない曰くつきの映画としても知られている。
 本作の撮影はジョン・レノン、オノ・ヨーコ夫妻が住んだことで有名なダコタ・ハウスで行われた。
 つまりこのアパートの前でジョン・レノンはファンによって射殺された。
 さらに、監督のポランスキーは公開の翌年、妻のシャロン・テートをカルト教団によって惨殺されている。奇しくも彼女は妊娠8ヶ月だった。それだけ魔力を秘めた映画だと言うことだろうか。
https://mihocinema.com/rosemarys-baby-1599

監督 ロマン・ポランスキー
製作 ウィリアム・キャッスル
製作総指揮 ロバート・エヴァンス
音楽 クシシュトフ・コメダ
撮影 ウィリアム・A・フレイカー
編集 ボブ・ワイマン サム・オスティーン

 プロデューサーのウィリアム・キャッスルは、悪魔崇拝者とされる謎の人物から「苦痛を伴う病気を発症するだろう」という手紙を受け取った後で腎不全を起こし、回復するまでに映画の成功で得た勢いは失われた。
 映画公開から半年後の1968年12月、音楽を担当したクシシュトフ・コメダは、屋外パーティの最中、脚本家だったマレク・フラスコにふざけて突き飛ばされて崖から転落し、脳血腫を起こして昏睡状態となった。担ぎ込まれた先の病院はプロデューサーのキャッスルが入院した病院であった。
 コメダは翌1969年4月23日に37歳で死去。結果的にコメダを死に追いやったフラスコは、コメダの死のわずか2か月後に35歳で謎の死を遂げた。
 映画公開から約1年後の1969年8月9日、ロマン・ポランスキー監督宅がカルト教団に襲われ、監督の妻だった女優のシャロン・テート、ヘア・スタイリストのジェイ・セブリング、監督の親友ヴォイテック・フライコウスキー、その恋人で有名コーヒーブランド「フォルジャーズ」の社長令嬢アビゲイル・フォルジャーが惨殺される「テート・ラビアンカ殺人事件」が起きた。
 亡くなったシャロン・テートも劇中のローズマリー同様、当時妊娠8か月の妊婦だった。

 ︎

 主演のミア・ファロー(1945年2月9日 - )は、アメリカの女優。40本を超える映画に出演し、ゴールデングローブ賞を含む多数の賞を獲得した。
 父親はオーストラリア人映画監督のジョン・ファロー、母親はアイルランド出身の女優モーリン・オサリヴァン。
 1947年、2歳で子役デビューし、1960年代から本格的に女優として活動。
 1964年の映画『バタシの鬼軍曹』でスクリーンデビュー、ゴールデングローブ賞新人賞を受賞。
 映画『ローズマリーの赤ちゃん(1968年)』『ジョンとメリー(1969年)』『フォロー・ミー(1972年)』『華麗なるギャツビー(1974年)』『ナイル殺人事件(1978年)』などに主要な役で出演。
 女優活動のほか、人道支援活動にも積極的に参加。
 2000年、ユニセフの親善大使に就任。

  
 1966年に歌手のフランク・シナトラと結婚した。彼女が21歳。シナトラは50歳であった。
 しかし『ローズマリーの赤ちゃん』撮影中、シナトラは離婚届にサインするように要請。1968年に離婚した。
 1998年にシナトラが死去した際には彼の葬儀に参列している。
 1970年にユダヤ系ドイツ人のピアニスト、アンドレ・プレヴィンと再婚。 当時プレヴィンはクラシックの指揮者に転向して間もないころで、英国のロンドン交響楽団の音楽監督だった。
 ミアとプレヴィンは1979年に離婚したが、その後も良い関係を保った。
 
 1980~92年ごろウディ・アレン監督と交際し、彼の映画に複数出演した。 
 のちに、映画監督ウディ・アレンによる当時7歳の娘ディランへの性的虐待疑惑は全米を騒がせたスキャンダルとなった。
 告発したのは、アレンのパートナーであり、ディランの母親である女優ミア・ファローだった。

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 二十歳の頃、『フォロー・ミー』を男友達と観に行った。
 ミア・ファローが魅力的だった。
 覚えているのは、上流階級の夫が、妻になった、ヒッピーだった気ままな女にいろいろ教える。
 マーラーの交響曲は……
 覚えているのは、上流階級の男女の集まりの会話。減らない泥棒をどうしたらいいか? 野蛮な時代は手を切り落とした。では、減らない性犯罪はどうすればいい? 
 ミア・ファローが言う。切っちゃえばいいのよね……

 隣で観ていて恥ずかしかった。
 でもこれ以降、ミア・ファローは好きな女優さん。
  
『フォロー・ミー』は、1972年公開のアメリカ合衆国の恋愛映画。キャロル・リード監督。

フォロー・ミー テーマ曲
https://youtu.be/UIKT_n7qTro

 この曲、魂を揺さぶられる。
 ある作者さんの作品の中に、口笛で『フォロー・ミー』のメロディを吹く場面が出てきた。
 同じ年代の方なんだろうな……

映画フォロー・ミー
https://youtu.be/tRETIVd2nN0

 ロンドンの街を舞台にして、男性ふたり女性ひとりの不思議な三角関係を綴る。主演はミア・ファロー。
 ジョン・バリーによる主題曲が随所に使用されている。
 日本でも小ヒットした『フォロー・ミー』は、テルマ・キーティングが歌っている。
 リバイバル公開、ビデオやLD、DVDといったパッケージ化はされていなかった。
 しかし、東宝系の劇場を中心に企画上映された「午前十時の映画祭」で、50作品の一本に選ばれ、世界に先駆けてDVDリリースされ、現在はBD版も販売されている。
「午前十時の映画祭」では、『ショーシャンクの空に』『サウンド・オブ・ミュージック』『ニュー・シネマ・パラダイス』に次いでリクエスト第4位に選出された。
 ただ50歳以上のリクエストでは、第1位であった。

『フォロー・ミー』の劇中に登場する『ロミオとジュリエット』は、前章のフランコ・ゼフィレッリ監督の1968年制作作品。
 ロミオ役にレナード・ホワイティングが出ているが、ジュリエット役のオリヴィア・ハッセーの顔は見えない。

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華麗なるギャッビー予告編(1974)
https://youtu.be/GFoXjgp76ic

 ミア・ファローが出演しているので観たけど、イメージがぜんぜん違った。
 ディカプリオのリメイクもありましたね。

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『ナイル殺人事件』は、1978年のイギリスのミステリ映画。監督はジョン・ギラーミン、主演はピーター・ユスティノフ。原作はアガサ・クリスティの『エルキュール・ポアロ』シリーズの一作『ナイルに死す』。

https://youtu.be/zrbO9JjmWMc
前章のオリビア・パッセーも出演しています。

 日本配給の際エンディングはサンディー・オニールが歌う「ミステリー・ナイル」へと差し替えられた。
 サンディー(1951年12月27日 - )は、日本の女性歌手。本名:鈴木 あや。アニメ『ルパン三世』のエンディング曲「ラブ・スコール」の歌手として知られる。

ミステリー・ナイル
https://youtu.be/qge9GaBue6w?si=4RKHXCjn8UM7Jfsa

Wikipediaを参考にしました。

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