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魔法外科医は癒やし系少年

綿串天兵

涼波ハルカの進撃-04 ☸ リリスとハンカチ

  === ✽ ✽ ✽ ===


「この話はもういいですか?」
「もっと聞きたい……いえ、十分すぎるほどよ。でもちょっと触り方には興味があるわ」
「腕でやってみますか?左手の袖、めくってください」
「これでいいかしら?」

 リリスは袖のボタンを外し、肘までめくりあげた。

「どうして左手なの?」
「リリスは左手の方が感じやすいからです」
「そうなの?どうしてわかるのかしら」
「心臓の音は左胸から聞こえますが、心臓そのものはもっと真ん中に近いところにあります。でも、人によって微妙に位置が違いますので、どちらの手から触った方が感じやすくなるのかが変わってきます」
「へー、そうなのね。じゃあ、ちょっとやってみて」
「はい」

 ロビは、左手でリリスの手を軽く握り、右手で指をなぞり始めた。そして指と指の間を触れるか触れないぐらいの感じでつまみながら肌に添わせるように触った。

(うわ、憧れのリリス先生の手、柔らかい。すべすべ)

 最初は指一本ずつ丁寧に、そして四本の指を使ってリリスの指の間を撫でた後、左手で腕の外側を擦るように撫で始めた。ロビは時々、腕の内側にも指を触れさせた。そのたびにリリスが腕を引っ込めそうになるので、ロビは左手でリリスを少し引っ張った。

「ごめんなさい、もう手を止めて」
「これから内側を触るところなのに……下手でしたか?」
「いえ、そんなことないわ。ちょっとトイレに行ってきます」
「我慢していたんですか?気が利かなくてすいません」
「別の理由だからいいわ」

 リリスは研究室に戻ってくると、不機嫌そうな顔をしてソファに座った。

「ロビ」
「はい」
「あなた、私がトイレに行った理由、わかっているでしょ」
「いや……でも想像ぐらいは……言ってみましょうか?」
「もし、あなたが私の機嫌を損ねずに答えを言えたら、ひとつ、なんでも言うことを聞くわ」
「わかりました。それでは……ハンカチを見せてもらっていいですか?」

 リリスは笑顔になり、そのまま固まった。

「あなたの望みを言いなさい。なんでもいいわよ。でも不正はダメよ」
「はい、お願いがあります。今週末の二日間、メイアとカサリを魔法道具マジックアイテム巡りとか、個別魔学指導とかしてあげてもらえませんか?」
「いいけど、いやらしい望みじゃなくていいの?」
「いらやらしい望みは、こういう形で叶えるのはダメです」
「ロビ、あなたのことがますますわからなくなってきたわ。で、どうして二人を?」
「実は、二人とも今週末、うちに泊まりたいと言い出して、ちょっと別用があるので困っていまして」
「じゃあ、明日、二人に声をかけるわ。カサリは留学生だし国際的な面でも良いことだと思うし」
「ありがとうございます」

 リリスとロビはハーブティーを飲み干し、リリスはポットから二杯目を注いだ。

「あなた、どこで女性の知識を得たの?」
「え、えーと、色々です」
「まさか、娼館に通い詰めているとか、そんなことないわよね」
「違います。あそこは異性を喜ばせる場所なので勉強になりません」

 リリスはなるほどと大きくうなずいた。

「ところで、心臓の位置、どうしてわかったの?」
「心臓の話は暗示です。もっともらしい話をしてそう思い込ませるんです。そうすると、本当に感じるようになります」
「ロビったら、もう、知らない!」
「あの、今日は帰りましょうか……」
「いえ、ちゃんとを聞かないと」


  === ✽ ✽ ✽ ===


「何か新しい事がわかったのね」
「はい、おかげさまでハルカの精神状態が安定し、失踪事件があったことを話してくれました」
「詳しく聞かせてくれるかしら」
「まず、ハルカは十二歳でした。九歳の時、四名の若者が学習施設へ行く途中、突如、行方不明になったそうです。この世界で言うところの中等部の生徒が一名、専攻部の生徒が三名です」
「前回は七人、前々回は十二人、だんだん減っているのね。なぜかしら。もう少し時期は詳しくわかる?」
「ハルカが精神体転移した二年と八ヶ月前です」
「年齢から考えて、中等部の生徒は巻き込まれた可能性が高いわ」
「それから、ハルカが事故にあった時のことも話してくれました」
「精神体転移時のことね」
「事故にあった時、その場に居合わせたのは恐らく四名とのことです。ハルカ、専攻部の女子生徒、研究部の男子生徒、そして中年男性です」
「精神体は若い方が軽いの」
「つまり、一番軽かったハルカは瞬時に転移したということですね?」
「そうよ。二年と八ヶ月後に『勇者召喚の儀』が行われるということ。それに、その年齢からすると、既に他の精神体はこちらに来ているはずだわ」

 ロビはリリスのポケットからハンカチが見えていることに気が付いた。

(あれで拭いたのかな……)

「そうですね。二人は心当たりがありますが、どちらも生活に困っているような話は聞かないので会うのはもっと先で良いかと思います」
「そう、ロビはすごいわね。なんでも知っているのね」
「いえ、知っていることだけです」
「で、私に何を調べろと?」
「よくおわかりで」
「転移した精神体に会うよりも大事なことがあるような言い方をするからよ」
「勇者が巨大な力を得る理由です。これを見つけないと戦争を回避することができません」
「あなた、本気で戦争を止める気なの?十二歳の子どもたった一人で何ができるというの?」

 ロビはハーブティーを飲み、顔を上げた。

「リリスは『勇者召喚の儀』に、どの国が関わると思いますか?」
「位置的に考えて、ウリシア王国、アカソウ王国、オトイク王国のどれか、または共同かも」
「そうです。オトイク王国は長寿国であることから、リリスが描き写してきた情報以外にも何か知っていることで存続してきたはずです」
「それは歴史学の方の話よ。でも、何か理由があるということには同意するわ」
「オトイク王国の三大貴族の娘、カサリ=レヴェシデはウリシア王国に留学しています。しかも王家からの養子という噂があります」
「あなた、まさか……」
「ただの偶然です」

 リリスは両手で自分を抱きしめるように両方の二の腕を掴んだ。

「あなたの偶然は良く出来過ぎていて、ゾッとするわ」
「ウリシア王国については、クルーガ家として関わりを深く持っています。魔法外科医療ができるのは中央大陸西部でもクルーガ家だけですから」
「確かにそうね。普通は治癒魔法しか使えないわ」
「もうひとつ、僕が転移してきた精神体が宿っていると予想している者はアカソウ王国の重要人物です」
「いつ気が付いたの?」
「今週です。ヒト族の女性に定期的に来る『お月様の日』時の衛生状態を劇的に改善し、下級平民でも購入できる価格で販売し、しかも利益も上げている……その……」
「『ナプキン』ね。一年前ぐらいから流通しているわ。ウリシア王国ではまだ貴族ぐらいだけど、私も使っているの。とても快適だわ。あなたでも恥ずかしそうに話すことがあるのね」
「まあ、一応……ハルカに『ナプキン』という言葉を話したら、すぐに用途を説明してくれました」
「つまり、『ナプキン』は異世界の技術だと」
「その通りです」

 リリスはソファから立ち上がり、テーブルを避けてロビのそばに来た。

「立って」
「リリス?」

 ロビはリリスにうながされるまま立ち上がった。リリスはロビに抱き着いた。

「あなたは本当に戦争を止めるかもしれない。全身全霊を尽くして協力するわ」
「リリス、いずれにせよ、まだ三年弱の猶予があります。例の山、僕もナイトホークを念話可能距離ぎりぎりまで飛ばしましたが見つかりませんでした」
「念話可能距離って、百五十キロはあるわよ。ナイトホークってそんなに速く飛べるの?」
「はい。時期がわかった以上、二年後あたりに各国家の動きを見た方が良いと思います。それよりしっかり寝て、ジト目を直してください」
「あなた、話している内容に落差があり過ぎよ。国家間戦争と私の話。ジト目は生まれつきだから」
「あ、リリス、ハンカチが落ちました。拾いましょうか?」
「いえ、自分で拾うわ。絶対に拾わないで」

 リリスは慌てて床に落ちたハンカチを拾った。


  === ✽ ✽ ✽ ===


「そうだ、ロビ、あなたに私の召喚魔石鳥獣を紹介するわ」
「うれしいです。ぜひ紹介してください」
「ええ、腕の上に召喚するわね。『召喚サモン、プリシア 』」

 リリスが伸ばした腕の上に魔法陣が現れ、体長四十センチほどの大きなダヴが現れた。

「美しいです。この大きさ、この羽の色、もしかしてプリンセスですか?」
「そうよ、プリンセスダヴよ」
「珍しい魔石鳥獣ですね。ダヴの中でも大きく、少し青みがかかった白銀の羽を持つ……ティラーナ教授の髪と同じ色ですね!」
「ええ、私、ずっとプリンセスダヴに憧れていたの」
「もしかして、隷従契約している魔石鳥獣もプリンセスダヴですか?」
「いえ、隷従契約しているのは普通のダヴよ。私、ダヴも好きで、三十体のダヴと隷従契約しているわ。私が結婚する時に式場で飛ばすのが夢なの」
「それは素敵ですね」

(ダヴって、ナイトホークの好物なんだよね。ヨヨに狩らないよう命令しておいてよかった)

「もう、召喚契約する時、大変だったんだから」
「どこで召喚契約したんですか?」
「オトイク王国から帰国する途中、ダヴの大群が集まる湖があってちょうどその季節だったの。それで、冒険者に護衛を依頼して湖まで行ったわ」
「リリスのことですから、さぞかし華麗な魔法でダヴ達を従わせたのでしょう」
「いいえ、巨大な火炎球弾ファイヤーボールをプリンセスダヴがいる群れに投げつけて、片っ端から治癒魔法をかけながら隷従契約したの。何体かは夕食になっちゃったけど。そして、プリンセスダヴだけは召喚契約したのよ。この大きさだから、裸になるのも上半身だけで済んで良かったわ」

(……夕食)

「あの、ちょっと……いや、何でもないです。あ、せっかくですから周囲に人がいないか見てもらっていいですか?前回、尾行されまして」
「いいわよ」

 リリスは窓を開け、プリンセスダヴを外に飛ばした。

「大丈夫よ、付近にいるのは警備兵だけだわ」
「それでは帰ります」

 ロビは、いつものように受付で手続きを済ませ、研究棟を出た。

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