閉じる

魔法外科医は癒やし系少年

綿串天兵

涼波ハルカの喪失-33 ☸ ハルカの初めて

          ️  ️  ️      


 ロビの視界は真っ暗である。恐らく、すぐそばでリリスとハルカが抱き合っているのであろうが、何も見えない。

「リリス、今、どうなっているんですか?静かになりましたが」
「ハルカは落ち着いたようだから布で拭くわ。このままソファに座らせます」
「はい、お願いします」
「それはそうと、ロビ、『それ』、何とかならないかしら」

(すみません、リリス。ハルカの声を聞いてまた元気に。あ、そういえばまた『それ』って言った)

「『それ』ってなんですか?」
「『それ』は『それ』よ」
「『それ』じゃわかりません」
「もういいわ、何事も経験、このまま進めましょう」

(リリスの語彙力ごいりょく、楽しみだったのにな)

「この魔法は、皆、肌が接触している必要があるの。じゃあ、私がソファの真ん中に座るから、ロビは私の身体に当たるように座ってみて」
「リリス、ハルカを脱がせていたら位置がよくわからなくなりました。手を握ってもらっていいですか?」
「ええ、いいわよ」

 ソファは二人用である。リリスは小柄、三人ともスリムなのでギリギリ座れる。

(あ、リリス、柔らかい、温かい、なんかすごく気持ちいい)

「ロビ、今、何か変なこと考えたでしょ?」
「そんなことないです」
「『それ』が動いたわよ、すごいのね、『それ』」

(なんか、今、すごい見られている気がする)

「じゃあ、詠唱を始めるわ。『生命に宿る心を正しき道へ導く精霊達へ願う。妖艶を煽る精霊、妖精ようせいオキフエ、凜乎を保つ精霊、凛精りんせいソキエス、慧悟を促す精霊、慧精けいせいイシトフよ、慈悲深き取り計らいで肉体に迷い込んだ心に身体を与え、我らの前に姿現すことを。思念体立像ソウバディスタチュ』」

(おお、なんか、魔力が大量に動いていることだけはわかる。さすがリリス、すごい魔力量)

「さあ、いいわよ、ハルカは今、ハルカの身体の前で小さく丸まっているわ」
「リリス、なんか、目が見えます」
「え、どういうこと?」

(あれ?僕、立っている。手が見える。もしかして、あら、なんでこんなことが……)

「ロビ、もしかしてあなたも精神体転移してきたの?」
「いえ、そんなことは無いはずですけど」
「でも、あなたも精神体が実体化しているわ。じゃあ、あなたの身体にいる精神体は誰なの?」
「わかりません。ちょっと腕を握って、脈があるかどうか確認してもらえますか?」

 リリスはロビの身体の方の手首に触れ、脈を確認した。

「あるわ」
「じゃあ、話しかけてみてください」
「ロビ、ロビ、あなた、誰なの?中に誰かいるの?」

(まったく反応が無いや)

「今度はハルカに話しかけてみてください」
「ハルカ、私の声が聞こえる?」
「はい、リリス様、アタシ、聞こえる」
「じゃあ、今度は僕の頬をつねってみてください」
「ええ……でも、全く反応が無いわ。精神体が抜けているとしか思えない」
「そうですか。後で、ちゃんと戻れるといいんですが」
「だ、大丈夫です、たぶん」
「リリス」
「なんですか?」
「とてもきれいです」
「ロビ、私に見とれていないで早くハルカに話しかけなさい」
「はい。でも、最後になるかもしれないので、気持ちは伝えておかないと」
「大丈夫だから、もう……たぶん」

 ロビは精神体の方のハルカの頭と顎に手を添え、無理やり持ち上げて額を合わせた。

(『接触念話コンタクトカム』)

<ハルカ、僕の声が聞こえる?>
<……>
<ハルカ、助けに来たよ>
<ロビ様>

(よかった、接触念話コンタクトカムが使える)

 ハルカは自分で上半身を起こした。ロビは一旦、額を離した。

(年齢は僕と同じぐらいか、もうちょっと下ぐらいかな)

 ハルカは、胸を手で隠し、ロビに額を押し付けた。

<ロビ様、あたし、今、尻尾が無いみたいです>
<うん、今は精神体だけ実体化させる魔法でハルカはネネの身体から離れている。今、君が感じているのは精神体転移前のハルカだよ>
<リリス様、すごいですね>
<聞こえていたんだ>
<はい、ずっと、景色や声は伝わってきていました>
<ハルカ、あの時、僕を助けてくれてありがとう>
<いえ、ロビ様のお力になれれば。ロビ様は、わずかな時間ですが、私に希望を与えてくださいました>
<ハルカ、そんなこと言わず戻ってきてくれないかな。そして、ネネにも幸せな時間を感じさせてあげて欲しい>


          ️  ️  ️      


 ハルカは考え込んだ。

<無理です。怖いです。この世界は、私にとって恐ろしすぎます>
<ネネとちゃんと意識共存できれば、ネネも君の力になってくれるよ>
<意識共存って何ですか?前も一度、聞きました>
<うん、二人の意識が半分ずつうまく混ざった状態。ハルカとネネが同じ気持ちになって、ちがう気持ちになることもあるけど、それは迷っているのと同じような状態らしい。お互いの記憶はしっかりとしていて、必要な時にそれぞれの能力を引き出すことができるんだ>
<本当ですか>
<本当だよ>

 ロビは一旦、額を離し、ハルカの目を見つめた。

(本当は全然わかっていないだけど、きっとそんな感じじゃないのかな。ここは外科医の患者の信頼を得るスキルで……)

 再びハルカの方から額を押し付けてきた。

<ロビ様、あたしを守ってくれますか?>
<うん、必ず守る>
<ネネはあたしを守ってくれますか?>
<ちょっと待って>

 ロビは一旦、ハルカと額を離し、ソファに座っているハルカに話しかけた。

「ハルカ、ハルカはこのハルカを守ってあげてくれる?」
「アタシ、守る、します。アタシ、ハルカの幸せ、たくさん、知る、欲しい」

<ハルカ、ネネはね、奴隷としての辛い記憶しかないんだ。ハルカの記憶と、これからの経験を共有したいと強く願っている>
<そうなんですか?あたしはネネに幸せを与えられるのですか?>
<うん。だから、ハルカのことを必ず守るって言ってくれているよ>
<はい。でも、最後はロビ様に守って欲しいです>
<うん、わかった、必ず守るよ>
<わかりました>
<うん、任せて>
<ところでロビ様、どうして額を合わせているのですか?>
<念話を使うと、肉体の方のハルカに繋がっちゃうかなっと思って>
<そうですか>

 ハルカは手で身体を隠しながら立ち上がった。ロビはハルカを抱きしめた。

<ロビ様>
<あれ?ハルカから話しかけられればちゃんと繋がるんだ>

 ハルカはロビに抱きしめられたまま、念話で話しかけた。

<異世界のハルカとしても、ロビ様に感謝します>
<こちらこそ、ありがとう>
<あの、キスしてもらっていいですか?>
<うん、貴重な体験だね>

 ロビはハルカにキスをした。フレンチキスにするかティープキスにしようかどうか悩んだが、深く舌を絡めた。

<念話って便利です。キスしながら話ができます>
<本当だね>
<ネネの身体と違って、奥まで届かないのがちょっともどかしいです>
<とても気持ちいいよ、ハルカ>
<あたしもです>

「リリス、もう大丈夫です」

 ロビが振り返ると、何事も無かったかのように平然としている獣人のハルカの隣で、リリスは顔を真っ赤にしていた。

「リリス、どうされましたか?」
「あのね、あなた、最後のそれ、本当に必要だったの?」
「必要です。リリスはもっと男女の経験を積むべきです」
「わ、わかったわよ。異性経験ならあなたの方が豊富だから。じゃあ、魔法を止めるけど、いい?」
「少しだけ待って下さい。僕がもう一度振り返ったら止めてください」
「はいはい、どうぞ」

<ハルカ、もう一度キスしよう>
<はい、ロビ様>
<この胸にしっかりと刻んでおくよ>
<あたしも。じゃあ、戻ります>

 ハルカはロビから唇を離した。そして、ロビはリリスの方を見た。

(あれ?意識が……)

「ロビ、大丈夫?」
「え、ああ、大丈夫です」

(あれ?気を失っていたんだ。リリスがまだ裸ということはちょっとだけかな。ハルカは?)

 ロビの目の前には、黒い粉が二つの小さな山になっていた。

「あなた、本当に大丈夫?なんか、想定外のことが起きちゃったけど」
「はい、大丈夫です。意識もしっかりしていますし、身体の感覚もあります」
「ロビ様」
「ハルカ?」
「あたし達、戻りました」
「おかえり、歓迎するよ!」

 ハルカはロビに抱き着き、キスをした。今度は狼獣人の長い舌である。口を離すとハルカはロビの顔を舐め始めた。

「あの、ちょっと、私の目の前でそんなに濃厚なキスをしないでくれる?」
「すみません、リリス様、うれしい、だから」
「いいのよハルカ。ロビに言っているだけよ」
「リリス、顔を舐めるのは獣人族の習性です。キスは転移してきたハルカの文化のようです」
「へえ、そうなの?それは知らなかったわ」
「恐らく転移や召喚されてくる者たちは、僕たちと同じような文化を持っています」
「そうね。きっとその通りだわ」

 三人は服を着始めた。ハルカはうまく服を着ることができないので、結局、ロビが服を着せた。

「どうもありがとうございました。このお礼は……」
「いいわ、この二週間であなたから色々なことを経験させてもらったから。そういえば、色までははっきりわからなかったけど、ハルカの髪と瞳の色、結構、濃い色なのね」
「ええ、転移前の姿を接触念話コンタクトカムで見せてもらったことがありましたが、黒色でした」
「そうなのね。この世界では無い色ね。中央大陸東部のヒト族に近いのかしら」
「顔の特徴はちょっと違う気がします」

 リリスは何やらロビはリリスの耳元に口を近づけた。

「やっぱり勇者はこの世界にやってくるのね。勇者が素敵な人だったらどうしようかしら」
「お礼も兼ねて、クルーガ家の秘匿情報をひとつ話します。もし、リリスが勇者を愛することがあったら覚悟しておいてください」
「どういうこと?」
「勇者は召喚後、五年から七年で死にます」
「そうなの?」
「僕はリリスのことが好きです。リリスに幸せになって欲しいです。リリスの愛する方が勇者ではないことを祈ります」

「……ありがとう」

「魔法外科医は癒やし系少年」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く