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魔法外科医は癒やし系少年

綿串天兵

涼波ハルカの喪失-06 ☸ ハルカの眠り

  === ✽ ✽ ✽ ===


(うーむ、これはこれでありかも)

 ロビは、オシリス家本宅の監禁部屋でネネ、つまりハルカと裸で身体を重ねていた。ロビが発動させた野戦病院用の治療寝床オペレイトベッドの上から見ると、荒く削られた石が露出したままの壁もなかなかの雰囲気がある。

 ハルカの表情は、ロビが初めて明かり窓から見た時と違い、かなり柔らかい表情になっており、少しだけだが笑顔を見せた。ロビは、ハルカの髪を優しくなでた。

 ロビはハルカの身体から力が抜けるのを確認すると、最初は体内を探るように動き、時には激しく、時にはゆっくりと動いた。ハルカの息遣いは少しだけではあるが荒くなっていた。

 そしてロビが果てて腰を強く押し付けて止まった時、ハルカはロビを強く抱きしめてロビの顔を舐めた。これ狼獣人族の習性である。狼獣人族の舌はざらついていて長い。

「う、抱きしめるの、ちょっと痛いよ」

 ハルカはロビの額に自分の額を合わせた。ロビはハルカの気持ちを察して、接触念話コンタクトカムを発動させた。

<ロビ様、今、なんて言ったのですか?>
<獣人族は力が強いから、ヒト族を抱きしめるときは手加減してね>
<ごめんなさい、わかりました>

 今度は、ハルカが上になった。ロビより自分の方が体力があると考えたのだろう。ハルカは、ロビがそうしたように、自分で腰の位置を調整しながら、色々な感触を確かめているようだった。

 ロビは、ハルカの腰の動きと表情の変化を眺めていた。そして、時々、ロビの方から突き上げたりしてみた。自分の上でなまめかしく腰を動かすハルカが、だんだん息遣いが荒くなっているのを見て、ロビもさらに興奮した。

 もう二時間ほど経過したであろうか、ハルカはロビに覆いかぶって抱き着き、今度はキスをした。そして額をくっつけてきたので、ロビは接触念話コンタクトカムを発動させた。

<ロビ様、ありがとうございます>
<ハルカ、今、異世界の家族のことを思い出していたね>
<はい、もう会えないかもって思ったら……>
<今なら、もうちょっと詳しいことが思い出せるかも。ハルカの記憶を辿ってみて>
<日本から来ました>
<ニホン?ちょっと風景をイメージしてみて>
<最後に見た風景なら、すぐに思い出せます>

 ロビには、広い道、そこを動く箱のようなもの、そして連なっている馬車のようなもの、門、そしてその奥に見える二階建ての洋館が見えていたが、念話からの脳内変換ではそれ以上の理解ができなかった。

 接触念話コンタクトカムは、相手にイメージを伝えて言語化することができるが、相手が知らないものや、想像もつかないものは言語化できない。

<この世界とはまったくちがう世界なんだね。今の身体になる前の最後の記憶は?>
<今、思い出している場所で何か、事故に会ったような気がします>
<そう、じゃあ、まだ思い出さない方がいいかもしれない>
<わかりました>

 ハルカは、少し考えこんでいるようだ。ロビは、ハルカが、今、自分の置かれている状態が夢であればいいのにと、強く願っていると察した。

(そりゃそうだよね……異世界からだもんね)

 ハルカはそのまま眠ってしまったので、ロビはハルカを自分の横に寝かせて服を着ると、ハルカにも上着がかかるようにして一緒に被った。元々、監禁室で一晩過ごすつもりだったので、大きめの上着を持ってきていたのだ。


  === ✽ ✽ ✽ ===


 先に目を覚ましたのはロビだった。ある程度冷え込むことは覚悟していたが、予想より寒く、あまり眠れなかった。

 明かり窓は朝日の反対側だが、外の明るさを監禁部屋に届け、また、本宅につながる通路からの光もあって、部屋はそこそこの明るさになっている。

(うう、寝る前に服着たけど、それでも寒かったな。獣人族は身体が丈夫だな、ぐっすり寝てる)

 ロビは、まだ横ですり寄るように眠っているハルカを見て、髪に触れた。獣人族の後ろ髪は、ヒト族と違ってうなじの下の方まで生えている。ハルカは全裸のままである。ロビは、服を着せようとも考えたが、着ても着なくても関係なさそうな服だったので着せなかった。

 ロビは監禁部屋の床に目をやった。そこには、ハルカに取り付けられていた隷従首輪スレイチョーカーが転がっていた。

(そうだ、とりあえず、こいつを少しでも壊しておかないといけないな。えーっと、中の構造は……なるべく効率よく破壊しよう……怖いな……せーの!)

「う、ぐ、ぐぁ、はっ」
「ロビ!」

 ハルカが心配そうな声を出した。ロビのうめき声で目が覚めてしまったようだ。ロビは息を荒くしながら床に座り込んだ。

「あ、大丈夫、大丈夫」

(ここは笑顔で……我慢我慢。半分は焼き切ったけど、これ以上、強い魔力が出ない……)

 ハルカは、治療寝床オペレイトベッドから起き上がったが、ロビの上着を落としそうになり、慌てて上着を押さえた。

「本当に大丈夫だよ」

 ハルカもにっこり笑った。ロビは治療寝床オペレイトベッドの隅に置いてあったハルカの服を渡した。ハルカは自分が全裸であることに気が付いたようで、ロビの上着を被ってもそもそと服を着始めた。

(『接触念話コンタクトカム』)

隷従首輪スレイチョーカーの、痛みを与える部品を焼き切っていたんだ。まだ半分ぐらい残っているけど>
<ロビ様、痛くなかったですか?>
<まあまあかな。これ、古代魔道具アーティファクトのレプリカの中じゃよくできている方だから、結構、しぶとくてね>
<すみません、本当にありがとうございます>
<いいよいいよ。痛みは半分になるけど、前と同じぐらい痛いふりをしてね>
<わかりました。あの、ロビ様……>
<どうしたの?>
<……夢じゃなかったみたいです。きっと、地球のハルカは永遠の眠りについています>

 ハルカはロビから額を離し、治療寝床オペレイトベッドに座ったまま、ボロボロと声も出さずに泣き始めた。ロビはハルカを抱き寄せながら上着からハンカチを取り出すと、やさしくハルカの涙を拭き続けた。

 少し落ち着いたのか、ハルカはロビに抱き着いた。何か言っているようだが、恐らく、ハルカの世界の言葉だろう。滑舌かつぜつが悪いようで、ハルカの身体ではうまく発音できていないようだ。

(『接触念話コンタクトカム』)

 ロビは、ハルカが落ち着いたところを見計らって、再び話しかけた。

<ハルカ、大丈夫?>
<ロビ様、あたしの事、殺してください。生きる希望もないですし、もう死んでいますし>
<ハルカ、うちに来たらきっと考えも変わるよ>
<変わらないです。殺してくださらないなら、自分で死にます>
<じゃあ、僕は必ずハルカを助ける。ハルカが何回自殺しても>
<そんなこと言わないでください……>

 ロビは深呼吸をした。

<ハルカ、他にも異世界からの精神体転移が起きている。しかも同じ場所から>
<どういうことですか?>
<実は、昨夜見せてくれた風景、僕は知っている>
<え、嘘ですよね?あたしを励まそうとしているだけですよね?>
<呼び方は違うと思うけど、あの辺り、専攻部が二つ、中等部がひとつ、そして初等部がひとつ、さらに子守屋があって、ちょっと離れたところに研究部があるんじゃないかな>

 ハルカは少しの時間、考え込んだ。

<あれ?もしかして、それって、保育園、小学校、中学校、高校、大学のことですか?>
<うーん、言葉は一致しないけど、教育レベルはハルカが言った順番だと、子守屋、初等部、中等部、専攻部、研究部って感じ>
<そうです、そのとおりです。どうして知っているんですか?もしかして、ロビ様は転生者なのですか?>

 ハルカは興奮気味にロビの頭を両手で掴み、額をぐりぐりと押し付けながら念話で伝えた。

<違うよ。風景が見えていた訳じゃないんだけど、二年前まで言葉とか文字で同じような場所の情報が頭の中に流れ込んできていたんだ。君が眠ってから、なんだか知っているような気がして考えていたら思い出した>
<どういうことですか?>
<どういうわけか……その付近の専攻部に通っていた人じゃないかな。ずっと古代消失技術ロストテクノロジーの夢だと思っていたんだけど、異世界の情報だったみたいだね>
<男の人ですか?>
<うん、そう。最後の情報流入の時はもっと離れたところにある研究部に通う男の人。初めて記憶が流れ込んできた時は、ハルカが思い出した付近の専攻部に通っていたはず>
<あの、なんとなく、心当たりがあるような>
<今は情報の流入が途切れているけど、精神体として転移してくる、或いは二年前にもう転移しているのかも。ハルカ、その人と会ってみたくない?>
<はい、会ってみたいです。その人、きっと……>
<あ、ハルカの好きな人なんだ>

 良くも悪くも念話は嘘や隠し事をできない。

<いえ、憧れと言いますか……あの、生きる希望が湧いてきました>
<うん、それでいいよ。でも、この事は二人の秘密だよ>
<わかりました>
<さあ、そろそろみんな起きてくる。何もなかったふりをしよう>

 ロビは、隷従首輪スレイチョーカーをハルカに取り付けて施錠した。

 そして壁際に敷いてある布を小さくたたんでクッション代わりにすると、ハルカと並んで座り、治療寝床オペレイトベッド魔法を停止した。

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