魔法外科医は癒やし系少年
涼波ハルカの喪失-03 ☸ ネネは狼獣人
=== ✽ ✽ ✽ ===
ロビは、オリシス家本宅西側にある監禁部屋の外で、明かり窓を見上げている。ロビには他のヒト族には無い、マナや可視化されていない魔力を見る能力がある。
今日の午前中、リリス=ティラーナ教授が短縮詠唱で魔法を発動させる前に、素早く他の生徒に伏せるよう指示をできたのは、リリスの体内で魔力が動き始めたことに気が付いたためである。
(ここだ。このあたりだけ、集中的にマナが流れ込んでいる。一旦、マナが大量に消費されたってことだな)
ロビは空を見上げた。
(しかも、残留魔力があんな上空に……ここで魔法が発動されて、空に昇っていっているってこと?明かり窓、結構、高いところにあるな。とりあえず、中の様子を伺ってみるか。『探索付近生体反応』)
ロビの足元から魔法陣が広がり、ロビの頭の中には、壁の向こう側に獣人のような姿が映し出された。
(ん?ヒト族じゃない、獣人族か……)
「君の名前は、なんて言うの?」
声をかけてみたものの、返事はなかった。ロビは少し考えて、壁から距離を置いた。
(『発動治療寝床』)
魔法陣と共に、薄っすらと光る箱のようなものが現れた。高さは一メートルほどである。ロビがその箱に乗ると、箱は少しずつ高くなっていき、ロビが明かり窓から中がのぞける位置で停止した。
「お、やっぱり監禁部屋だ。おーい、誰かいるの?」
「……」
獣人はゆっくりと立ち上がり、壁から離れて明かり窓を見上げた。そして、ロビと目が合った。
「言葉がわからないの?」
「わからない」
(やっぱり獣人の辺りにマナが流れ込んでいる。もしかしたら……うーん、どうしようかな。そうだ、監禁部屋の中にも治療寝床を作ったら、来てくれるかも。『発動治療寝床』)
獣人の目の前に、魔法陣と共にいきなり薄っすらと光る箱のようなものが現れた。獣人は驚いてさらに後ろに下がり、鉄格子にぶつかってしまった。
(あ、狼獣人の女の子だ。十歳?十五歳ぐらいかな。獣人族の年齢を見分けるのは難しいな)
「ねえ、こっち来て」
監禁部屋の中にいた狼獣人の少女は、迷っている様子だ。
(そっか、外の方が明るいから逆光で中からは僕の顔が暗くて見えないのかも。『発動微小浮遊光球』)
部屋の中の少し高い位置に三つの魔法陣が現れ、収縮するともに柔らかな光を放つ小さな玉になった。これは外科医療魔法のひとつで、患部を照らすためのものだ。放射系の魔法と違って強力な光を放つことはできないが、一旦発動すると発動者の手を離れ、長時間、光り続ける。
(これで僕の顔が見えるはず。えっと、怪しくない笑顔、どんな笑顔がいいかな……)
「怪しい者じゃないよ、優しい学生さんだよ」
(うーん、これはちょっと怪しいか。あ、治療寝床に乗ってくれた。怖がらせないように、そっとそっと、ゆっくり高さ調整)
ロビと狼獣人の顔がちょうど明かり窓の高さになり、ようやく小声でも話せる状態になった。
「君は言葉をしゃべれないの?」
「わからない」
(おかしいな、この年齢の獣人奴隷なら大陸公用語は憶えているはず)
ロビは、いきなり狼獣人の頭を掴み、自分の額に引き寄せた。狼獣人は反射的に引き離そうとしたが、ロビの力は予想外に強く、獣人族の力を持ってしても振り払えないものであった。
(『接触念話』)
額が触れている部分に魔法陣が現れた。接触念話魔法は、額を接触する必要はあるが、言葉の通じない種族とも意思疎通できる。イメージのやり取りをし、そして、それぞれの脳で言語化する魔法である。
<僕の言葉がわかる?>
<え?は、はい>
<やっぱり君は言葉を話せるんだね。僕の名前はロビだよ>
<あたしの名前は、ハ……いえ、ネネです>
「う、うう……」
ネネが声を出した。お互いの額を押し付けているので、表情はわからなかったが、ロビは声で泣いていることを察した。
=== ✽ ✽ ✽ ===
<今、あたし、どうなっているんですか?>
<少し質問に答えてくれたらわかるかも>
<はい>
<さっき、自分の名前を言うとき、最初に『ハ』って言いかけたよね。もうひとつ、名前があるの?>
<涼波ハルカです>
接触念話を使うと、お互いの記憶で言語変換されるため、ロビには『ハルカ=スズナミ』と伝わっている。
<珍しい名前だね。じゃあ、どうしてネネって答えたの?>
<あたしもよくわかりません。でも、どちらも本当のような気がします>
<じゃあ、ハルカ=スズナミの時の姿を思い出せる?>
<……少し、時間がかかりそうですが>
<ゆっくりでいいよ>
ロビの頭の中に少女のイメージが送られてきた。
<黒髪で黒い瞳のヒト族なんだね。でも衣類は見たこと無い感じ。後ろに写っているのは何?>
<自動車です>
<ごめん、言語変換できない……ということは、異世界から精神体転移したのかも>
<ここ、異世界なんですか?>
<ハルカにとっては異世界だと思う>
<あたし、なんか、尻尾があって、耳も頭の上にあって……>
<獣人族に転移したんだ。とても可愛いよ。さっき見たハルカの顔のイメージを送るね>
<はい、あ、本当だ、よかった、可愛いです。自分で言うのもなんですが、あたしに似ています>
<うん、精神体転移は、基本、同じ性別で何かしら近いものがある肉体に転移するみたいだよ>
<そうなんですか>
<この世界では、ヒト族も含めて、時々、死んだ生き物から精神体が他の生き物に転移することがあるんだ。異世界からというのは初めて聞いたけど>
<あたしはこれからどうなっちゃうんですか?>
<うちは奴隷扱いの獣人族を保護しているんだ。十日ぐらいで何とかするから、それまで待っててくれる?>
<はい。でも、これ、夢じゃないんですよね?>
<そうだね、でも、夢だといいね>
<そう信じたいです>
<あと、ハルカ=スズナミということは秘密にしておいて>
<わかりました>
<じゃあ、一旦、戻るね。治療寝床から降りてくれる?>
ハルカはロビから額を離し、治療寝床から飛び降りた。
(『終了』)
ハルカは目の前で箱が消えて驚いているようだった。ロビは、微小浮遊光球も終了した。
(ずいぶんと驚いている感じだな。ハルカの世界では、魔法は無いのかな。でもまあ、驚くだけ心の余裕ができたということかも。さて、まずは屋敷に戻ろっと。ダリアに頼んで、父様に連絡してらおう)
ロビは、自分が乗っていた治療寝床も消去すると、自分の下宿へ向かった。オリシス家の敷地内にある今は使っていない一番小さな別宅だが、二階建てで部屋数は二十弱あり、召使いとロビだけが住むには広すぎる建物である。
ロビの父親は有名な魔法外科医なので裕福であり、王都壁を抜けてすぐそばにあるこの建物を兄達が王立学院に通っている時からずっと借りている。王国関係者と打ち合わせをしたりすることがあるので、そんな時はクルーガ家の者も宿泊している。
屋敷の玄関の前でダリアと、知らない男が待っていた。ダリアはロビの召使いでメイド服と白い帽子を被っている。実は狼獣人族で、帽子の中に耳を、メイド服の中に尻尾を隠している。
「ロビ様、お帰りなさいませ」
「ただいま、ダリア。その方は?」
「私はオリシス家の使いの者です。エイナ様がお呼びです」
「そっか、やっぱり来ちゃった……」
「ロビ様、何かあったのですか?」
「今日はエイナと勉強するから、帰らないと思う。心配しないでね」
「ロビ様……」
ダリアは事情を察したようだった。ロビは一旦部屋に戻り、バッグを置いて普段着に着替え、もう一人の召使いに挨拶をするとすぐに玄関に戻ってきた。二体のキャット属性の黒い魔石獣が玄関脇に座っている。ロビは魔石獣の頭を撫でた。
「さあ、急ごう。エイナはだいぶ苛立っているんでしょ?」
「ええ、まあ……それでは」
使いの者は見透かされたようで少々驚いたようだ。オリシス家本宅には馬車で五分ほどである。
(憂鬱だな。あいつの相手をするぐらいなら鍛錬か勉強か、古代魔道具の研究をしたいのにな)
ロビはめんどくさそうな表情で馬車から外を眺めていた。しかし、急に笑顔になった。
(そうだ、これってチャンスかも。思いっきり、悪態をつくことにしよう)
そんなことを考えているうちに、馬車は本宅の前に到着した。
ロビは、オリシス家本宅西側にある監禁部屋の外で、明かり窓を見上げている。ロビには他のヒト族には無い、マナや可視化されていない魔力を見る能力がある。
今日の午前中、リリス=ティラーナ教授が短縮詠唱で魔法を発動させる前に、素早く他の生徒に伏せるよう指示をできたのは、リリスの体内で魔力が動き始めたことに気が付いたためである。
(ここだ。このあたりだけ、集中的にマナが流れ込んでいる。一旦、マナが大量に消費されたってことだな)
ロビは空を見上げた。
(しかも、残留魔力があんな上空に……ここで魔法が発動されて、空に昇っていっているってこと?明かり窓、結構、高いところにあるな。とりあえず、中の様子を伺ってみるか。『探索付近生体反応』)
ロビの足元から魔法陣が広がり、ロビの頭の中には、壁の向こう側に獣人のような姿が映し出された。
(ん?ヒト族じゃない、獣人族か……)
「君の名前は、なんて言うの?」
声をかけてみたものの、返事はなかった。ロビは少し考えて、壁から距離を置いた。
(『発動治療寝床』)
魔法陣と共に、薄っすらと光る箱のようなものが現れた。高さは一メートルほどである。ロビがその箱に乗ると、箱は少しずつ高くなっていき、ロビが明かり窓から中がのぞける位置で停止した。
「お、やっぱり監禁部屋だ。おーい、誰かいるの?」
「……」
獣人はゆっくりと立ち上がり、壁から離れて明かり窓を見上げた。そして、ロビと目が合った。
「言葉がわからないの?」
「わからない」
(やっぱり獣人の辺りにマナが流れ込んでいる。もしかしたら……うーん、どうしようかな。そうだ、監禁部屋の中にも治療寝床を作ったら、来てくれるかも。『発動治療寝床』)
獣人の目の前に、魔法陣と共にいきなり薄っすらと光る箱のようなものが現れた。獣人は驚いてさらに後ろに下がり、鉄格子にぶつかってしまった。
(あ、狼獣人の女の子だ。十歳?十五歳ぐらいかな。獣人族の年齢を見分けるのは難しいな)
「ねえ、こっち来て」
監禁部屋の中にいた狼獣人の少女は、迷っている様子だ。
(そっか、外の方が明るいから逆光で中からは僕の顔が暗くて見えないのかも。『発動微小浮遊光球』)
部屋の中の少し高い位置に三つの魔法陣が現れ、収縮するともに柔らかな光を放つ小さな玉になった。これは外科医療魔法のひとつで、患部を照らすためのものだ。放射系の魔法と違って強力な光を放つことはできないが、一旦発動すると発動者の手を離れ、長時間、光り続ける。
(これで僕の顔が見えるはず。えっと、怪しくない笑顔、どんな笑顔がいいかな……)
「怪しい者じゃないよ、優しい学生さんだよ」
(うーん、これはちょっと怪しいか。あ、治療寝床に乗ってくれた。怖がらせないように、そっとそっと、ゆっくり高さ調整)
ロビと狼獣人の顔がちょうど明かり窓の高さになり、ようやく小声でも話せる状態になった。
「君は言葉をしゃべれないの?」
「わからない」
(おかしいな、この年齢の獣人奴隷なら大陸公用語は憶えているはず)
ロビは、いきなり狼獣人の頭を掴み、自分の額に引き寄せた。狼獣人は反射的に引き離そうとしたが、ロビの力は予想外に強く、獣人族の力を持ってしても振り払えないものであった。
(『接触念話』)
額が触れている部分に魔法陣が現れた。接触念話魔法は、額を接触する必要はあるが、言葉の通じない種族とも意思疎通できる。イメージのやり取りをし、そして、それぞれの脳で言語化する魔法である。
<僕の言葉がわかる?>
<え?は、はい>
<やっぱり君は言葉を話せるんだね。僕の名前はロビだよ>
<あたしの名前は、ハ……いえ、ネネです>
「う、うう……」
ネネが声を出した。お互いの額を押し付けているので、表情はわからなかったが、ロビは声で泣いていることを察した。
=== ✽ ✽ ✽ ===
<今、あたし、どうなっているんですか?>
<少し質問に答えてくれたらわかるかも>
<はい>
<さっき、自分の名前を言うとき、最初に『ハ』って言いかけたよね。もうひとつ、名前があるの?>
<涼波ハルカです>
接触念話を使うと、お互いの記憶で言語変換されるため、ロビには『ハルカ=スズナミ』と伝わっている。
<珍しい名前だね。じゃあ、どうしてネネって答えたの?>
<あたしもよくわかりません。でも、どちらも本当のような気がします>
<じゃあ、ハルカ=スズナミの時の姿を思い出せる?>
<……少し、時間がかかりそうですが>
<ゆっくりでいいよ>
ロビの頭の中に少女のイメージが送られてきた。
<黒髪で黒い瞳のヒト族なんだね。でも衣類は見たこと無い感じ。後ろに写っているのは何?>
<自動車です>
<ごめん、言語変換できない……ということは、異世界から精神体転移したのかも>
<ここ、異世界なんですか?>
<ハルカにとっては異世界だと思う>
<あたし、なんか、尻尾があって、耳も頭の上にあって……>
<獣人族に転移したんだ。とても可愛いよ。さっき見たハルカの顔のイメージを送るね>
<はい、あ、本当だ、よかった、可愛いです。自分で言うのもなんですが、あたしに似ています>
<うん、精神体転移は、基本、同じ性別で何かしら近いものがある肉体に転移するみたいだよ>
<そうなんですか>
<この世界では、ヒト族も含めて、時々、死んだ生き物から精神体が他の生き物に転移することがあるんだ。異世界からというのは初めて聞いたけど>
<あたしはこれからどうなっちゃうんですか?>
<うちは奴隷扱いの獣人族を保護しているんだ。十日ぐらいで何とかするから、それまで待っててくれる?>
<はい。でも、これ、夢じゃないんですよね?>
<そうだね、でも、夢だといいね>
<そう信じたいです>
<あと、ハルカ=スズナミということは秘密にしておいて>
<わかりました>
<じゃあ、一旦、戻るね。治療寝床から降りてくれる?>
ハルカはロビから額を離し、治療寝床から飛び降りた。
(『終了』)
ハルカは目の前で箱が消えて驚いているようだった。ロビは、微小浮遊光球も終了した。
(ずいぶんと驚いている感じだな。ハルカの世界では、魔法は無いのかな。でもまあ、驚くだけ心の余裕ができたということかも。さて、まずは屋敷に戻ろっと。ダリアに頼んで、父様に連絡してらおう)
ロビは、自分が乗っていた治療寝床も消去すると、自分の下宿へ向かった。オリシス家の敷地内にある今は使っていない一番小さな別宅だが、二階建てで部屋数は二十弱あり、召使いとロビだけが住むには広すぎる建物である。
ロビの父親は有名な魔法外科医なので裕福であり、王都壁を抜けてすぐそばにあるこの建物を兄達が王立学院に通っている時からずっと借りている。王国関係者と打ち合わせをしたりすることがあるので、そんな時はクルーガ家の者も宿泊している。
屋敷の玄関の前でダリアと、知らない男が待っていた。ダリアはロビの召使いでメイド服と白い帽子を被っている。実は狼獣人族で、帽子の中に耳を、メイド服の中に尻尾を隠している。
「ロビ様、お帰りなさいませ」
「ただいま、ダリア。その方は?」
「私はオリシス家の使いの者です。エイナ様がお呼びです」
「そっか、やっぱり来ちゃった……」
「ロビ様、何かあったのですか?」
「今日はエイナと勉強するから、帰らないと思う。心配しないでね」
「ロビ様……」
ダリアは事情を察したようだった。ロビは一旦部屋に戻り、バッグを置いて普段着に着替え、もう一人の召使いに挨拶をするとすぐに玄関に戻ってきた。二体のキャット属性の黒い魔石獣が玄関脇に座っている。ロビは魔石獣の頭を撫でた。
「さあ、急ごう。エイナはだいぶ苛立っているんでしょ?」
「ええ、まあ……それでは」
使いの者は見透かされたようで少々驚いたようだ。オリシス家本宅には馬車で五分ほどである。
(憂鬱だな。あいつの相手をするぐらいなら鍛錬か勉強か、古代魔道具の研究をしたいのにな)
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