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魔法外科医は癒やし系少年

綿串天兵

涼波ハルカの喪失-01 ☸ カサリの留学

  === ✽ ✽ ✽ ===


(初日からトルレイド教授の歴史か……中等部の魔学科に進学しても、こういう講義はあるんだ。それにしても週初めはだるい)

 青みを帯びた白銀髪の少年は、そんなことを思いながらチラリと窓の外を見た。天気が良いため窓は開いており、遠くまでよく見える。

 三キロほど先に、石造りの丈夫な三階建ての建物がある。王都を守る壁代わりに建てられた建物であり、通称、『王都壁』と呼ばれている。単なる壁ではなく建物としても機能しており、実際に宿屋や商店が入っている。

(王都壁ってよく考えられているよな。敵の侵略があった場合には、王都壁の建物内や屋上に兵士が入って王都への侵入しようとする敵を討つ防壁、普段は色々なお店が入っていて無駄がない。父様とうさま達の医院は、ちょうどこの方向だよな)

 王都壁内には多くの建物があるが、こちらは石造りではなく、木を柱としてレンガを組み、漆喰によって仕上げられた建物でが多い。屋根には煙突があり、煙が空に昇っている。

 ここはウリシア王国、王都ウリシアルにある王立学院中等部の講堂である。

(狭い建物が多いよな。大きな建物と言えば、王族、王国の施設だけか。家賃も高いし、住むならやっぱり王都壁外かな。でも最近、治安が悪いんだよね。王都壁内、よく五千人も住んでいるな。それにしてもつまらない講義だな)

 講堂に据え付けられた椅子に座っている少年は、少々げんなりとした様子でため息をついた。

「新世紀伝承によれば、約三千年前まで繁栄し続けたヒト族の歴史は一旦終止符が打たれた。これは魔族、獣人族、エルフ族も同様である。その中で、ヒト族のみが瀕死の状態から完全なる復活を成し遂げ、他種族の文明レベルと大きな差をつけている」

(いや、中央大陸東部のヒト族と魔族の文明進化は止まらなかったけどね)

「ヒト族、特に私たちの住む中央大陸西部のヒト族は、高い技術力を持っている。その中でも魔法の使える君たちは、生態系の頂点に君臨していると言える」

(そうそう『君臨』ね。なんか偉そうな言い方。僕が平民だからそう感じるだけなのかな。そういえば実家、一度も手伝いに行ったこと無いや……最近、治安が悪いから怪我人が多くて忙しいかも。魔法外科医もこのご時世、大変だよね)

「メイア=ウォレサレル、それでは三千年前、何があったのか説明しなさい」

(ほら来た、平民恥さらしタイム。貴族は優秀な家庭教師が付いているけど、平民には答えられないでしょってやつ。中等部初日からこれだよ)

 少年の隣に座っていた金髪の少女は、すっと立ち上がった。白銀髪の少年以外は皆、金髪である。

「約三千年前、中央大陸西部では、ヒト族に対し、獣人族、魔族、そしてエルフ族から侵略が行われました。エルフ族は南西大陸から陸路を使って移動、魔族は三十年前より魔大陸から船で密かに中央大陸に渡って準備をし、獣人族は中央大陸東側から攻めてきました。ヒト族はこれを『文明消失戦争』と呼んでいます」

 別の少年が挙手をした。

「エイナ=オリシス、発言を許可する」
「メイアの回答には間違いがあります。魔族は大型の船で大量に攻めてきたと歴史には記されています」

 他の生徒が「そうだ、エイナが正しい」とまくしたて始めた。彼らはエイナの取り巻きである。

(しょうがないな)

 白銀髪の少年は挙手をした。しかし、その前に挙手をした少女がいた。

「ロレン=ウリシア、発言を許可する」
「許可を得ずに下品な発言を発する生徒は、退室すべきです」

 ロレンはウリシア王国の第一王女である。王立学院では、生徒の敬称を略する決まりになっているため、皆、彼女のことを『ロレン』と呼んでいる。

「うむ、一考する。次は……ロビ=クルーガ、発言を許可する」
「はい。魔族については、魔大陸にて文明消失戦争に関する石板が発見されており、近隣国のオトイク王国にて一年前、検証が行われました。当時、多数の大型船を造るだけの木材は魔大陸東部には無かったことが記されている石板も見つかっており、現在の歴史解釈はメイアの言う通りです」
「おい、ロビ、オリシス家の教育にケチをつけるのか?」
「エイナ、歴史解釈は研究が進むにつれて変わっているんだよ」

(またやってしまった……今度こそ屋敷を追い出されそう……)

「うむ、私の歴史解釈もエイナ=オリシスの言う通りだ。メイア=ウォレサレル、ロビ=クルーガは、知識を改めること」
「そんな、ねえ、ロビ、何か言ってよ」
「しょうがないよ。座ろう、メイア」

 ロビは、小声でメイアをなだめた。オリシス家はウリシア王国三大貴族のひとつである。教授たちも貴族たちから援助を受けているであろう。そんなエイナと口論をしても分が悪い。それに、他の生徒からも冷たい視線が送り続けられている。

「メイア、座って」

 まだ立っている……ついでに苛立っているメイアに、ロビは優しく話しかけた。不服そうな顔をしているメイアは、ようやく座った。


  === ✽ ✽ ✽ ===


 次の講義は魔法学である。リリス=ティラーナが講堂に現れた。ロビと同じ、青みを帯びた白銀髪の小柄な美少女である。目つきはジト目系ではあるが、それはそれで可愛らしい。首元には数カラットはあるブルーサファイアの付いたリボンをしている。

(やった!ティラーナ教授が魔法学を教えてくれるんだ)

「ロビ、顔がにやけているわよ」
「そ、そんなことないよ」

 メイアに的確な指摘をされ、少々焦るロビである。

 ロビ達が持っている講義の時間割には、講義名だけで担当教授の名前は書かれていない。今日は中等部初日、徐々に担当教授がわかっていく。

「私もティラーナ教授のこと好きよ。飛び級で初等部を三年で卒業、その後、オトイク王国へ留学、三年で帰国してもう研究部の教授だもの。他の教授よりも六年も早いのよ。尊敬するわ。あら、あの男の子、誰かしら」

 リリスの横には、ウリシア王立学院とは違う制服を着た小柄な美しい少年が立っていた。金髪だが、瞳の色はこの辺りのヒト族の緑色ではなく、金色、そして右耳に深い青色のピアスをしている。白い服にショートパンツをはいていて、上着の肩部分には切れ目がある。

「一限目には間に合わなかったので、今からオトイク王国からの留学生を紹介します。まだ九歳ですが、飛び級での留学になります」
「ボクはカサリ=レヴェシデです。ウリシア王国では魔法の研究が進んでいると聞き、魔学の歴史を学びに参りました。よろしくお願いします」

(あれ?カサリじゃん……これって逆転のチャンス)

 ロビはメイアに小声で話しかけた。

「メイア、彼女は、一年前、古代魔族語を解析して、文明消失戦争の時に魔族が三十年間かけて少しずつ中央大陸に渡った説を学会で発表したんだよ」
「え、女の子なの?髪の毛が短いし、スカートじゃないから超美少年かと思った」
「それより、早く、メイア」

 メイアは手を挙げた。

「メイア、どうぞ」
「カサリ=レヴェシデ、当王国へようこそ。私はメイア=ウォレサレルです。あなたは半年前、文明消失戦争に関して何か学会で発表されたと聞いております。よろしければ少しお話し頂けませんでしょうか?」
「ええ、戦争の時、魔族が三十年前から少しずつ中央大陸に渡ってきていた説を発表しました。ボクの専門はヒト族の古代文字解析ですが魔族の古代文字も読めます。魔大陸で収集された何十枚もの石板の写しを解析している時に見つけたものです」
「オトイク王国での文明消失戦争の歴史解釈は、その説が正式採用されたのでしょうか?」
「はい、そうです。今まであいまいだったものが明確になったと、歴史学の皆さん、喜んでくれました」

 講堂内がどよめいた。魔学では先行するウリシア王国であるが、歴史学ではオトイク王国の方が上である。

「はい、静かに。何かあったのかしら。皆さん、研究は日々進んでいますから、日頃の勉学を怠らないようにしてくださいね」

 メイアは、してやったりという表情でゆっくりとエイナや他の生徒を見渡した。

「ふん、情報の速さなら商人のウォレサレル家にかなう貴族なんていないわ。ところで、ロビ、どうして自分で言わなかったの?」
「僕が言うとオリシス家から借りている別宅、追い出されるかもしれないからさ」

 ロビは少々、言いづらそうにメイアに話した。

「じゃあカサリ、せっかくなのでメイアの隣に……って、ロビ、どうしてここにいるの?」
「え、あの、普通に中等部魔学科に進学しただけですが……」
「ロビ=クルーガ、乙女の敵!」
「みんな、伏せて!」
「『発射ショット連装光弾矢パラレルライトアロー連装光弾矢パラレルライトアロー連装光弾矢パラレルライトアロー』!」

(『発動ラウンチ治療寝床オペレイトベッド』)

 リリスの前に魔法陣が現れ、何十本もの光の矢が放たれた。講堂全体が光に包まれる中、ロビは立ち上がり、一通りの矢が通り過ぎるのを確認していた。

(『終了クローズ』)

「ティラーナ教授、すごいです。短縮詠唱でこんな魔法が使えるなんて」

 真っ先に声を上げたのはカサリだった。カサリは目をキラキラとさせてリリスを見つめている。

「ティラーナ教授、講堂でこんな魔法発動させるのは危険です。しかも三連発はやりすぎです」

 ロビは後ろをちらっと見て、講堂の壁にできた傷を確認した。

(かなり防いだはずなんだけどな、ティラーナ教授、さらに魔力が上がってるのかも)

「あ、私としたことが……ごめんなさい、つい反射的に……あの、入学おめでとう」

 焦りながらロビに謝るリリスであったが、その横にいるカサリは、ロビと、その後ろの壁を交互に見比べていた。『観察』としか思えない強い視線に、少々緊張するロビであった。

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