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拗らせファーストラブ〜アラサー女は死んだ初恋相手を助けるためにタイムリープする〜

星名 泉花

第10.5話-side倉田3「誰が為に美徳はある」

「……ふん」


橋場が出ていったことで落ち着きを取り戻した倉田が鉛筆を机に置き、椅子に座る。

だが苛立ちは消えていないようで眉間に深々とした皺は残されたままだった。


「倉田、ポスター作ってくれてありがとな」

「別に。ああいうことしておけば実績になるし。 美大受験に有利に働くかもしれないから」

「美大、受かるよ。倉田はめちゃくちゃ努力してるんだから」


ひねくれた回答に対して、変わらない爽やかな微笑みの黒咲くん。

やけにそれが目について、倉田はため息混じりにジロリと漆黒の瞳を見上げた。


「……努力って必ず報われるものじゃないよね」

「え? あぁ、そうだな」

「僕は報われない努力っていうの、嫌いなんだ。別にグラフィックデザインを舐めてるわけじゃない」


砕けた鉛筆の先を見ると現実を思い知る。

口では強気に吠えることが出来ても、手は筆を捨てた。

何を対価にしても戦うことが出来る、なんて夢物語を語ってみたかった。


「だけど働く先はあるだろう? 安定した条件下で勝負することが出来る」

「他の芸術は……企業勤めの就職なんてほとんどないからな」


辞められない好きを価値にするためには、手に持つ武器を変えるしかない。

最初からそれを目指している人をゾンビにしたとしても、これが倉田の生き方であった。


「その辺、僕は黒咲くんが一番の理解者だと思ってるよ。素直に口にしたら感動の美徳があるなんて。それで何とかなるのは物語だからだ」


若いんだから。

言い訳するな。

本当にやりたいことをやれ。

……そんなのクソ喰らえだ。


「口にして、そこから叶うのはひと握りだよ。だったら僕は得意なジャンルで、安定のもと勝ちを取る。……僕の努力は安心してるからこそ出来るもの。そうやって、勝負する」


自分たちが出来なかった後悔を押し付けるならば、後悔のない道を作ればよかったんだ。

この反骨精神は、道無き道しかないからだ。

いつかそれが後悔に繋がるとしても、誰にも押しつけたりしない。

やりたい奴は最初からやる。

出来るやつは最初からやるのがこの世の法則なのだから。


「これは芸術に反するかい? 身をすりつぶすだけが芸術じゃない。僕は好きに没頭できる環境がほしいから」

「……倉田の生き方、オレはすごいと思うよ。取捨選択がハッキリしててさ」

「黒咲くんの好きは身をすりつぶす価値のあるもの?」

「え?」


口に出したくないというのに、何故黒咲くんはその覚悟を無力化するのだろう。

彼の生き方はあまりに真逆すぎて、痛々しかった。

縛り付けるものが似ているようで異なるものだった。


「一つだけ、言っておこう。僕と黒咲くんの孤独は違うものだからね」

「……」


何も言えないだろう。

そしてこれ以上、追及するものでもない。

後悔とは自分がするもので、他人に言われてするものではないのだから。


「星祭り、僕も行くから。感動を見せてくれよ」

「……うん」


その星は希望となるのか。

そんなに簡単に晴れるものならば……。



【僕らははじめから未来に絶望なんてしていない】

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