拗らせファーストラブ〜アラサー女は死んだ初恋相手を助けるためにタイムリープする〜
第6話-2「ポニーテールとシュシュ2010」
放課後、私は黒咲くんと美術室に訪れていた。
絵の具と紙、粘土などの混じりあった独特の匂いがした。
少し懐かしい、田舎の学校の匂いだった。
「ポスターとチラシを描いてほしいって?」
「あぁ、倉田は絵が上手いから頼めたらと思って」
黒咲くんが声をかけるは「変人でくせ強いけれども悪くもない奴」な倉田 大輔くん。
黒髪で、目元にクマがあって、眉の太い……くたびれたパンダ顔の男の子だ。
説明文を考えるって結構な苦労である。
もし私がここにいたら私をどのように紹介するのだろうか。
いっそ赤茶色の髪した平凡な女の子のひと言で済ませるのが清々しい。
というわけで黒咲くんはくせ強男子、倉田くんにチラシとポスターのリニューアル作成を依頼した。
だが黒咲くんの頼みにもかかわらず、倉田はブスっとした表情で悪態をついてくる。
「絵が描けるからといってデザインも出来ると思わないでくれないか? 絵とデザインは似て非なるものなんだ」
「そ、そうか」
(あー、昔のオタクって感じだ。未来はもっと人権あるよねぇ)
せっかく黒咲くんが頼んでるのに陰険なヤツめ。
恋する乙女の贔屓なめんなよ?
「ふっ、だが僕は出来る。何故なら美大のグラフィックデザインコースを目指しているからだ」
左腕をかざす倉田。
いつまで厨二病を拗らせているのか。
これでは「拗らせたSCHOOL  BOY」になる。
……そんなどうしようもないアホな考えにそっと蓋をした。
「おお、すごいな! オレにはそういうの出来ないから尊敬するよ!」
「ふっ、IllustratorとPhotoshopは神器。まかせてくれたまえ」
(発音がネイティブだな)
倉田の神器にNative boy(仮)も追加しよう。
「で、納期はいつ?」
「何日で出来る?」
「無難なものは難しくない。 でも僕は僕のデザインしかやりたくない」
「おー、すごーい。 で、何日?  出来れば来週の頭には公開したいなーって」
納期は聞きたくないワードである。
どれだけ余裕をもって取り組んでもトラブル多発に、ダメ出し連発で追い詰められていく負のスパイラル。
気づいたときにはなんで頑張って早めに取り組んだのにこうなったと落ち込むほかない。
もっと助けてほしかった。
アラサーになっても言えなかった社会に放り出された子どもな大人の本音だった。
「……善処する。ただ選別してる余裕はないから、決定はそっちでやってくれ」
「そんなに作れるの?」
「一つで納得してもらえるほどデザイン業界は甘くない。作って作って、納得してもらうしかないからな」
たまにこういう人がいた。
歯を食いしばりながらも、やること全てに情熱を捧げる現実主義な怪物が。
私を叩いた大人たちでさえ、潰すことの出来ない現実主義な怪物が目をギラつかせていた。
「夢を見てる余裕はないんだ。 数打ちゃ当たる論法。嫌なら他当たれ」
こういうリアルな怪物に憧れておきながら、休みたいしめんどくさいが上回る私は大人にも子どもにもなれなかった。
小物。
何にもなれなかった虚しさを抱いて、リアル怪物に嫉妬しながら惰性に生きる日々。
見上げる小物が、小物同士で潰し合う。
大人って、社会って、子どもより子どもだ。
怪物を前に私は平伏し、敗北感にひらひら枯葉となった。
「ううん、お願いします。 色んなの見れるのは嬉しい。意外と現実的なプロ志向なんだね」
「……別に。黒崎くん直々の頼みだからね」
声が震える。
高校生相手に何を怯えているんだろう。
いや、若い高校生だからこそ怖い。
私は昔から若者が怖かった。
若者だった私も、アラサーになった私も、ずっと若者が恐ろしくて、それはこの先も変わらない根深いものだった。
「……変なやつ」
(君に言われたくないなぁ。そして未来でそれは恋するフラグ扱いされるから気をつけろよ)
「……よかった」
黒咲くんが安堵の表情を浮かべていることを私は知らなかった。
この表情を未来の黒咲くんが浮かべてなかったこともまた同様に。
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