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拗らせファーストラブ〜アラサー女は死んだ初恋相手を助けるためにタイムリープする〜

星名 泉花

第4話-3「Beginner2010」





自宅に帰ってきた私は勉強机にかじりついていた。

ノートを開き、シャーペン片手に固まっている。

言い出しっぺのくせに、何をすると言ったアイディアは持っていなかった。

広報といったら無難に画像作ってSNSに流す、と思ったがこの時代はまだガラケーが主流。

スマートフォンはそこまで普及していない。

みんな様子見なのか、この時代にきて他人のスマートフォンを目にしていない。

そうなるとブログが思い浮かぶが、 今からやって人目に触れるものなのか。

考えれば考えるほど迷路に陥り、ぐるぐるとしていた。

太陽を中心に回る惑星になった気分だ。



「ええい! 思いつくことは書き出すのだ!」


シャーペンの芯をゴリゴリ削る勢いでノートにアイディアを書いていく。


ブログ、チラシ、メルマガ、イメージキャラクター、SNS、You○ube、ティックトーク、ショート動画、ライブ配信、映え……。


凡人発想に悲鳴をあげ、ノートに黒いぐちゃぐちゃした線の落書きをした。


(なんてありきたりな発想! しかも自分に出来るのってどれよ!?)


「ぴゃあぁ、私って役立たずだあ」

芽々めめ、さっきからぴゃあぴゃあうっさい。あたしの部屋にまで聞こえてるよ」


部屋の扉が開き、風呂上がりの姉・百々ももが機嫌悪そうに眉間に皺を寄せて入ってくる。

モコモコのパーカーとショート丈の羊みたいなパジャマである。

それだけかわいい衣装のわりに、バスタオルを頭に巻いておりズボラさが垣間見えた。

さすが姉、やることが同じである。

私はニタァと不気味に笑いかけていた。

百々ももはゾッとしながらも歩いてきてノートをのぞき込む。


「って、あんた何やってんの? 勉強じゃないよねそれ」


やばい、見られた。

サッと腕でノートを隠す。

この時代にまだ馴染みのない単語がズラズラと記入されている。

一見ただの呪文を書いた黒歴史である。

私は目を泳がせて笑って誤魔化す。


「あー、えーっと」

「落ちても知らないからねー」


そう言って百々ももはスマートフォンをいじりながら部屋を出ていこうとした。


「スマホ……」


私は立ち上がり、シャーペンを投げ出して姉の百々ももに突進した。


「おねーちゃん待って!」

「あぎゃー!? な、何!?」


タックルのように姉の腰に抱きついて拘束する。

そして食いつくようにスマートフォンを見た。


「おねーちゃんそれ、動画撮れるよね!?」


暴走する私に対し、百々ももは引いた様子で私を見下ろす。


「はぁ? カメラならついてるけど」


希望の言葉に私は光を見た。

百々ももから腕を離し、大きく腕を上げる。

別に出来ないわけじゃない。

この時代にまだ流行してないだけである。

写真の加工も動画編集も、やろうと思えば出来る。

未来のように手軽に出来るか出来ないかの差でしかない。

そして何よりユーザーがいないわけじゃない。

YouT●beユーチューブはパソコンで見る人もいる。

SNSは存在するし、ショート動画を貼り付けることだって出来るはずだ。

ガラケーでもm●xiミクシーとかは見れるはずだから画像広告さえ作れば宣伝だって簡単だ。


「ニヤニヤしてキモイんだけど」

「おねーちゃんかみ!」

「え、まじ? 神セブン入りできそう?」

「神セブンどころか、柱だよ! スマホ柱!!」

「柱?」


そんなこんなで姉に事情を説明した。

星祭りに人を集めて盛り上げたいと。

ボランティアを増やしたいと。

黒咲くんのことは伏せてやりたいことを暴走気味に語る。

最初は嫌がっていた百々ももも次第に真面目に聞いてくれるようになっていた。



「うーん、ショート動画をとって毎日アップするねぇ……」


あまりピンと来ないのだろう。

バスタオルを巻き直しながら考え込んでいた。


「編集とかどうするの? 写真はプリクラみたいに出来るけどさぁ」


百々ももの言葉に私は唸る。

自分もスマートフォンを使うとはいえ、どこまで技術が変化したかの実感がない。

ましてやアラサーになり、ショート動画を撮ったこともない。

自分を映像に残してSNSにアップすることは自殺行為に思えてならなかった。


(この時代のアプリってよくわからない。 気軽に編集ってのは難しいかぁ)


だが偏見があるわけではない。

自分がやらなかっただけの話である。


(まぁパソコンがあればなんとかなるか)


妙に楽観的に考えていた。

未来ではこんな思考をしなかったのに不思議なものである。

非現実的な状況にある種、理性が飛んでいるのかもしれない。

だから恥ずかしがることもなく、社会人になって身につけた謝罪スキルを発動させた。


「おねーさま、一生のお願いです。スマホを私めに貸してください」


実際、社会人の謝罪はこんなものではない。

声のトーンを変えて、女優のように表情をつけてひたすら低姿勢に相手が力尽きるのを待つ。

土下座どげざをしながら頼み込む私に百々ももはドン引きして声を荒らげていた。


「はっ? やだよ」

「何故に!?」

「いやいや、友達と連絡出来んやん!」

「ガラケーでも連絡はとれますぅ!」

「やめろアホ!!」


百々ももは足にしがみつく私を容赦なく蹴り飛ばす。

そしてウジ虫を見るかのように蔑んだ目をして睨んだあと、ドタバタと部屋から逃げていった。


「あぅ……」


私は床に倒れ込み、膝を抱えて丸くなる。

床に丸くなるのは久しぶりな気がした。

前途多難。

姉のケチ。


若き乙女が好きな人のためにがんばろうとしているというのになんたる冷酷さ。

心の中でブチブチと悪態をついていた。


「世の中うまくいきませんなぁ」


ボヤいても誰にも届くことはなかった。







翌日、結局発展させることは出来ず撃沈して朝を迎えた。

机に突っ伏して項垂れていた。

顔を横にしてポチポチとガラケーをいじる。

いまだに使い方が思い出せない。

●モードアイモードとか、なんだっけ。

すっかりメゲてへたり込んでいた。


「みんなおはよ~。ねー、これ見てよ!」


キャピキャピ代表・北島 麻理子 様。

優位な立ち位置から軽い足取りで、仲良しグループのもとに向かう。


手に持って見せていたのはスマートフォンだった。

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