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拗らせファーストラブ〜アラサー女は死んだ初恋相手を助けるためにタイムリープする〜

星名 泉花

第3話-4「crossroad2010」




時間は流れ、放課後。

オレンジ色と群青色のグラデーションが美しい広い空が窓越しに見える。

都会ではなかなかお目にかかることのない絶景である。

誰もいない教室で私はようやく帰る準備をしていた。


(あーもー、先生に捕まったぁ。タダ働きただばたらきかよぅ)


頭の中で時給換算してしまうあたり、損得ばかり考えてしまう癖が見える。

働くようになって嫌な仕事も金のためと言い聞かせてきた結果、具体的な数字に置き換えるようになっていた。


(でも教師って大変だもんな。大学の友達が教師になったけど、ハードすぎて疎遠になったし)


それでも色んな仕事への理解を示すようになり、どう接するべきかの理性はあった。

とにかく迷惑をかけないよう、客であろうとスマイルは固定して適度に相槌を返す。

クレーマーや口調の荒い大人が多く、対応に病んでしまうと反面教師としてしまっていた。

気づけば八方美人が完成していた。

中身が伴わなくて結局職場不和を起こしたり、見下されるのが常々でもあった。

まわりは仕事を辞めたいと言いながら、マッチングアプリが流行り出すとひたすらに条件選別をするようになっていく。

出会いがないというのが大きな理由だが、下心として仕事から解放されたいという思いもあった。

すると必然的に条件で写真をスライドさせていく作業を繰り返す。


(私は面倒くさくてやめたけど)


誰にあっても気を使って、疲れてしまった。

興味のない相手にさえいい顔をして、ぶりっ子を演じてしまう。

そして付き合った人数はテキトーに言って、大学卒業してから余裕がなくなったと程よく相手なしと嘘をつく。

同じように相手も品定めをしているからマッチングなんてしない。

ヘラヘラ笑っていい顔してただけなのに、1回きりで二度と連絡をとらなくなる現実に落ち込む。

自分が好意を抱いていないのに、会った相手にサイレントさよならをされるとダメージを食らう。

結果、疲れて放置。

思い出した頃に退会手続きをしてアンインストール。

無条件にただ惹かれて好きなんて夢は叩き割れてしまうのだ。

そう、私は誰と会ってもいい顔をして、ヘラヘラして、自分から好きになることはなかった。


(誰にも惹かれなかった。結局、誰と出会っても黒咲くろさきくんと比較しちゃったんだよなぁ)


黒咲くろさきくんへ思いを募らせた日々。

そして黒咲くろさきくんを好きになった瞬間のトキメキが強すぎて、それより大きいものを感じたことがなかった。

黒咲くろさきくんのことを何も知らないくせに、ただ存在そのものが好きで好きでたまらなかった。

皮肉にも、何も知らないくせにだ。

未来の世界にあなたはもういない。


「あれ?  時森まだ残ってたの?」


教室の引き戸が開く。


黒咲くろさきくん!)


現れたのは少し疲れ気味の青白い黒咲くろさきくんだった。

私はドキドキしながら火照り出す自分を誤魔化すためにヘラっと笑った。


「先生にプリント整理頼まれちゃってさ」


断らない顔なんだろう。

さすがに諦めの域だ。

それでも優しい眼差しで見てくれるのが黒咲くんだった。


「時森えらいよな。勉強も頑張ってるし、困ってる奴は助けるし」

「そんなこと……」


よく手伝いしてたな、と思い出す。

同時に優しさや良心ではなかったことも思い出す。

全部、打算的な行動だ。

進学への内申点目当てだったのは建前。


(みんなにいい顔してただけだから)


何も変わっていない。

大人って、何をもって大人というのだろう。

私は私を生きていないし、誰も私を内側まで見てはくれない。

渋谷の交差点を歩いていると、すれ違う人々に歴史があるのに見えてこない。

私もまたその一人に過ぎず、誰からの関心も得られないものなのだ。

センチメンタルな気分は表情を暗くさせた。


「もう帰る?」


机に手を置いて、にっこりとしながらこちらを見てくる黒咲くろさきくん。

見透かすような瞳に頬が固くなった。


「う、うん。もう終わったから」

「よかった。なら一緒に帰ろうよ」

「え?」


何を言われた、と考えて理解に至るとゆでダコのように顔が染まる。

心の中で叫び、驚きに走り回っていた。



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