お茶とケーキと謎解きと〜5分で読めるコージーミステリ短編集〜

地野千塩

毎日食べたいTKG

 私の住む玉生村は、田舎だった。両親は養鶏場を経営し、美味しい平飼い卵を生産していた。

 兄は、実家でとれた卵でフードトラックをしていた。卵スープやおにぎり、卵焼き、卵チャーハンなど様々な卵料理を提供し、テレビドラマのロケ弁もした事がある。

 ただ、最近兄も身体を壊し、仕事ができず、卵料理のフードトラックはどうしようかなと悩んでいるところだった。

 私はバツイチで実家に戻り、兄や両親の仕事を手伝っていたが、正直なところ、これからの選択に迷いはある。実家暮らしで子供部屋おばさん化していた。

 そんな折、家の前に卵が置いてあった。バスケットに、五つほど生卵が入っていた。実家で生産しているものとは違う。別に私は卵のプロではないが、形や色の雰囲気で何となく選別がつく。

 イタズラかと思ったが、ここは田舎。誰かのお裾分けだろう。今日みたいに野菜やお茶、手作りお菓子なんかが玄関の前に置いてある事も珍しくはない。

 問題は誰が置いたのか?

 バスケットの中をよく見ると、卵かけご飯専用醤油も入っていた。

 よく知ってる醤油だった。元夫と暮らしている時は、この醤油を使って毎朝、卵かけご飯を食べていた。

 私はTKGは美味しいと思っていたが、夫は飽きていたようだ。いつの間ファミレスやカフェのモーニングに行くようになってしまった。同時に女遊びも派手になり、不倫をはじめ、離婚。こうして今に至る。

「それにしても、誰がこの卵を?」

 夫は隣町でバーテンダーをやっていた。もうずっと音信不通だった。バーテンダーという職業柄、女は絶えないらしいが。噂は色々聞く。

 嫌な事を思い出しかけたが、バスケットをそっと持ち、隣の家の久我さんに聞いてみる事にした。農家をしているので、久我さんの家には野菜畑が広がり、キャベツが植えてあった。畑で仕事中だったが、久我さんに声をかける。

「祥子ちゃーん、どうしたんかい?」

 久我さんは気のいいおじさんで、事情を説明しやすかった。ただ、奥さんが噂大好きで、私の離婚もヒソヒソしているのは知っている。

「この卵が家の前にあったんです。知りません?」
「うーん、知らんな」

 久我さんは知らなかったようだ。

「あら、祥子さん。どうしたんです?」

 そこに朝の散歩中の及川玲子さんに声をかけられた。玲子さんは、この村一番の金持ちの未亡人。年齢は六十歳らしいが、美魔女。もっと若く見える。日焼け対策もしっかりしていて、日傘をさしてるせいで、優雅なマダムにしか見えないが。

「あら、卵? しかし、祥子さんの元旦那さんが、女の人と歩いているのをみたね。やっぱりバーテンダーってモテるのね?」

 玲子さんは、しばらく久我さんと噂話で盛り上がっていた。傷口を引っ掻かれた気分だ。田舎者は、噂が大好きだ。これは宿命だから、逃げられない。

 トボトボと家に戻ろうとしたところ、近所に住む小学生に声をかけられた。藤田五郎くんという十歳ぐらいの男の子だった。

「五郎くん、この卵知らない?」

 ダメもとで聞いてみた。
 
「知ってるよ。祥子さんの元旦那さんが、置いて行ったのみたよ」
「マジで?」
「うん。おじさんなのに金髪で、変な紫のスーツ着てた」

 それは、元夫の特徴に当てはまっていた。さっそく、元夫に電話をかけた。

「どういう事?」
「実はさ」

 元夫は、離婚してようやく妻が作ってくれたご飯の有り難みを実感したらしい。本当はまた二人でTKGも食べたかったが、今はもう他人。それでも、いてもたってもいられず、こうして卵と醤油だけ持ってきたという。

「何? 匂わせ女子? やり直したいの?」
「そういう訳じゃないけど、祥子にご飯作ってくれた事はありがたかったなーって。すまん、浮気しちゃって」

 こんな素直な元夫の声は初めて聞いた。もちろん、復縁なんかはしないけど、痛んでいた心の傷は、少し塞がった。

「養鶏場の娘に卵送るってどうなの?」
「はは、それは、気づかなかった」

 そんな会話をしつつ、閃くものがあった。兄のフードトラックで、TKGのサブスクをやったら、良いんじゃ無いか?

 元夫のような独身世帯も、毎日ちゃんと朝ごはんを食べられるし、リモートワークの人も便利ではないか?

 こうなったら、早く兄に相談しなければ。私は電話を切り、バスケットを担ぐと、走って家の方に向かった。

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