お茶とケーキと謎解きと〜コージーミステリ短編集〜

地野千塩

事件の後は美味しいモーニング

 山岡瑛美は、意識の高い女だった。仕事は、英会話スクールの会社を運営しているが、趣味は自己啓発書とビジネス書を読むことで、そこに書いてある事を律儀に実践していた。

 エリートは朝早く起き、ジョギングと筋トレをしていると書いてあった。さっそく瑛美も実践する事にした。

 正直なところ、アラサーという年齢で朝のジョギングはきつい。朝、起きるのも辛い。それでも意識は高い。どうにか無理矢理瞼をこじ開け、毎朝ジョギングをするようになっていた。

 雨の日は近所のジムに行き、鍛える。確かに朝に運動をしはじめてから、身体の調子もよくなり、ダイエットなんてしていないのに、頬もほっそりとしてきた。

 それにジョギングを終えた後、近所にあるカフェでモーニングを食べるのが楽しみになっていた。レトロな雰囲気の喫茶店と言いたくなカフェで、店長が一人で運営していた。瑛美と同じぐらいのアラサー男性が運営しているが、おっとりとほのぼのしたタイプで、笑顔を見ていると癒される。何よりモーニングセットが美味しかった。コーヒーを頼むと、トーストやヨーグルト、ソーセージなど食べきれないほど朝食がついてくる。店長は名古屋出身で、こういうモーニングが主流らしかった。

 モーニングを食べつつ、自己啓発書やビジネス書を読み、ノートパソコンで作業する。そんな意識の高い行動をしながら、瑛美は朝の時間に満足していた。カフェの客には、ライターや脚本家などもいて、自ずと刺激を受ける。カタカタとキーボードを鳴らしながら、意識をより高めていた。

 そんなある朝。狭い店内は満員だった。珍しく列もできていた。朝のジョギングの後の、お腹は限りなく空いていた。列に並びながら、瑛美のお腹はぐーっとないていた。

 ちょうど瑛美のお腹がなった時だった。店から一人の男賀飛び出していくのが燃見えた。

「食い逃げだ!」

 店長の叫び声も響くが、彼はすっかり腰砕けになり、食い逃げ犯を捕まえられる様子ではなかった。

「まちなさい!」

 一方、瑛美は素早く体勢を変え、食い逃げ犯を追う事にした。

 日頃鍛えているせいか、カフェのある商店街を駆け抜けても、さほど疲れない。日々の努力が報われる思いだった。

「まちなさい!」

 瑛美は鬼の形相で食い逃げ犯を追いかける。気づくと、商店街を抜け、川辺の土手まで出て来てしまった。

 食い逃げ犯は大学生ぐらいの男だったが、モヤシ体型だった。体力もなさそうで、川辺まで来たらバテていた。さっそく瑛美は、食い逃げ犯を捕まえた。

「警察いく?」

 瑛美は涼しい顔で問い詰めるが、犯人は顔を真っ赤にし、ぜいぜいと息を吐いていた。

「だめだ、もう」

 そう呟くと、犯人は事情を告白し始めた。親がカルト信者でお金がなく、ついつい食い逃げしてしまったようだ。犯人の服装や靴を見てみると、確かにくい裕福ではなさそうだった。爪の先も割れ、黒くなっていた。

 ちょうど、そこに店長が走ってやってきた。黒いエプロンは、半分脱かけていたが、気にしている様子はなかった。そして怒ってる様子も警察を呼んだ様子もなく、ちょっと困ったように笑っていた。

「事情はわかったけど、食い逃げはダメだよ」

 店長に優しく諭され犯人は泣いていた。思えばこういった貧困層は社会からの孤立も問題に見えてしまう。瑛美は意識の高い本を読み漁っていたので、あっさりと犯人を切り捨てて良いかわからない。生活保護など福祉も社会に必要だ。こういった弱者が自暴自棄になると、日本の治安は維持できない。瑛美は税金を払うたびにイライラしていたが、今は必要経費だとも思う。

「でもバイトも何にも決まらないんだよ」
「そっかぁ。だったら、うちで皿洗いでもする?」

 店長はそこまで親切でいいんだろうかと首を傾げたくなったが、犯人は号泣し、土下座して謝罪していた。北風と太陽ではないが、このまま警察に突き出さないで、よかったのかもしれない。

 こうして食い逃げ事件は幕を閉じた。こんな風に走った後に食べたモーニングは、いつも以上に美味しかった事は言うまでもない。サクサクトーストにてりてりと輝くいちごジャム。カリカリなベーコンに、半熟茹で卵。そしてデザートのヨーグルトフルーツ。走った分のカロリーは秒速で補給してしまったようだが、今日ぐらいは意識高いのもおやすみだ。自己啓発書もビジネス書の読書もノートパソコンでの作業もやめ、美味しいモーニングを楽しんだ。こんな美味しいモーニングを楽しめたなんて、早起きは三文の得だった。

 ちなみに犯人は店長のカフェでよく働き、一人暮らしの資金も為、親から逃げられたそうだ。仕事ぶりは瑛美の目からも丁寧で、皿を置く時も全く音をたてていなかった。

 店長は磨けば光る原石だったよと喜んでいた。北風と太陽は、たはり太陽の方が圧勝だったようだ。

 めでたし、めでたしといって良いだろう。

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