お茶とケーキと謎解きと〜コージーミステリ短編集〜

地野千塩

愛されパンケーキ

「私はパンケーキは嫌いだね。どっちかっておうと、このゼリーの方が好きだわ」

 そう語るのは、常連客の鮎川さん。元看護師らしいが、もう引退されて年金生活を送っているらしい。今年七十七歳には見えないぐらい元気で、この店に毎日のように来てぺちゃくちゃお喋りをしていく。

 私は小さなカフェを運営していた。元々両親が運営していた喫茶店を改装した。テーブル席は二組、あとはカウンター席四つの狭い、いやこじんまりした店だが、地元民の憩いの場所になっていた。まあ、これは私の実力ではなく、両親の人柄のお陰でもあるけど。お金のない人には奢ってあげ、時には泥棒も改心させた事がある両親は、娘の私から見ても懐は広いだろう。

 私もそんな両親の血を注いでいるか謎だが、お陰様で営業はできていた。目玉はパンケーキ。分厚く、鉄板焼きの上で提供されるパンケーキは、口の中がとりけるほど美味しい。自分で言っちゃうけど。店名も「愛されパンケーキ」だ。

 しかし、鮎川さんはこのパンケーキは嫌いらしい。サイドメニューのコーヒーゼリーやパウンドケーキを気に入っている変わり者。

「でも、なんでパンケーキが嫌いなのに、私のお店に毎日来てるの?」
「そら、このコーヒーゼリーが美味しいからよ」

 鮎川さんは、鼻の穴を膨らませてコーヒーゼリーを食べていた。服装も派手で今日は蛍光ピンクのシャツを着ていた。本当に変わり者だ。三十年生きていて、こんな人は見たことがない。まあ、こうしてカウンター越しに会話するのは、悪くはないが。

「うちのパンケーキ下げられちゃったよ。目玉商品下げられてる店長ってなんなんですかね」
「いいじゃないかい。私はこのゼリーが好きだ」

 鮎川さんはガハハと大きな声で笑っていた。

「そうね。こんな美味しいパンケーキやカレー、牛丼やステーキも嫌いっていう人いるものね」
「そうだろ。みんなに好かれるなんて絶対無さ。愛されパンケーキっていう店名、変えたらどうかね?」
「それは嫌よ」

 そんな風に鮎川さんに冗談を言い合うのが、日常の風景になっていた。確かに全員に好かれるのは、難しいだろう。鮎川さんの舌の好みに合わせて、あっさりとしたパンケーキを開発しても良いが、それはパンケーキと言えるものなのかわからない。例え嫌う人がいてもしっかりと甘く、ホイップクリームをいっぱい載せたパンケーキの方を貫きたいと思ったりした。

 そんなある日、店に異変が起きるようになった。開店前、朝に店に行くと、店の入り口にチラシが貼ってあった。単なるチラシじゃない。

「疫病騒ぎの中で営業するな!」

 赤い文字で書かれていた。筆跡を隠すためか、わざと定規をあてて書いた文字のようだった。

 私は首を傾げた。

 もう疫病は五類になり、マスクも自由になっていたはずだった。

 今更こんな嫌がらせ?

 ちなみに三年前、今より疫病が広がっていた時も普通に営業していた。私はこの疫病騒ぎは、データを見る限りはそう酷くは無いと判断し、アルコールもアクリル板も置いていなかった。もちろん、マスクも自由だった。おかげ陰謀論者、憂さ晴らししたい人、家庭内で居場所がない人がお客さんとして来てくれて連日大繁盛だった。

 そんな時でもなかった嫌がらせ。なぜ、突然?

 そこに、ちょうど犬の散歩させている鮎川さんが通りかかった。飼い犬は柴犬でジョンという。飼い主と違いジョンは大人しく賢い犬だった。

「ジョン、この嫌がらせのチラシ書いたヤツ誰かわかる?」

 ジョンは小さな声で吠えていたが、知らないようだった。

「ちょ、茜さん。人間のこの私を差し置いて、ジョンに聞かないでよ」

 鮎川さんは、今日も派手なシャツを着ていた。中央にピンクのハートの絵が描かれ、生地は黄色い。水玉模様のスカートを履いている。頭にhサングラス。日本よりハワイにでも行った方が馴染みそう。

「だったら鮎川さん。この犯人知らない?」
「ふっ!」

 鮎川さんは待ってましたと言わんばかりに顔をニヤニヤとさせていた。この人は何か知ってる。

「おそらく犯人は石田さんよ」
「石田さん?」

 私はすぐに石田さんの顔が思いつかなかった。一分ぐらい考えてようやく思い出す。この近所に住んでいる未亡人だった。家に引きこもっているようで、病んでいるという噂を聞いた事がsるが。

「確か石田さんは、カルト信者なのよ」
「え? 本当?」

 鮎川さんはこんな話題でも声のボリュームを全く落とさない。むしろ大きい。道をいく通勤途中の学生やサラリーマン達がチラチラとこちらをみていた。

「なんかカルトの教義らしいわよ。この疫病を早く終わらせたら、徳が積まれて天国に行けるんですって。いやねぇ、そんな無駄な行いさせる宗教って」

 無駄と言い切ってる。鮎川さんは好き嫌いがハッキリとし、者多いもハッキリしてるから、どうも日本人離れしている。

「でも石田さんが犯人って証拠ないよ」
「大丈夫よ。私が吐かせてみせるわ」

 そう言い残すと、鮎川さんは走ってどこかへ行ってしまった。

「ちょ、待って」

 そうは言ったがもう遅かった。暴走している鮎川さんは止められない。確か鮎川さんは、この近所にできたカルト施設も追い出した過去があった。この問題は彼女に丸投げしておいた方が良いかもしれない。

 こうして通常通りにカフェを営業した。パンケーキを焼き、配膳し、テーブルを片付け、会計し、新しい客を迎える。今日は客が多く、へとへとだった。石田さんの事などすっかり忘れた時、彼女が来店してきた。もう閉店間際だったのでほかの客はいない。追い返そうとも思ったが、隣には鮎川さんもふんずりかえっていた。一方、石田さんは怯えたリスみたいに小さくなっていた。

 あまりにも怯えているので、真っ白になった髪なども痛々しい。

 とりあえず二人をカウンター席に座らせ、パンケーキをだす。鮎川さんにはコーヒーゼリーを出した。彼女はパクパクとコーヒーゼリーを食べていたが、石田さんは無言。それどころか突然泣き出し、店の前に嫌がらせのチラシを貼った事を謝罪してきた。

 動機はカルトだった。そういう教義らしい。鮎川さんの推理通りだった。鮎川さんは推理が当たった事をドヤ顔していたが、私は逆に申し訳ない気持ちになる。こういうものにハマってしまうのも、孤独や心の傷が原因だと聞く。一方的に責める気持ちにはなれなかった。

「私、いっぱい良い行いをして教祖に好かれたかったんです」

 泣きながら、そんな事を言うので、居た堪れない。

「石田さん、そんな好かれる為に自分を偽るのは無駄な労力よ」

 鮎川さんはズバっと言う。泣いてた石田さんも顔をあげる。ハッとしたような顔だった。

「そうよ。このパンケーキだって鮎川さんには嫌われてるの。逆にこのパンケーキが、人に好かれる為に別のものに変わったら、かえって嫌われると思うんだよね。媚び売ってるみたいで」

 鮎川さんに釣られて私もそんな事を言ってしまった。

 カウンターテーブルの上は、クリームが盛られた分厚いパンケーキ。ほのかに甘い香りも漂うが、堂々としていて、なんだかカッコよくも見えた。さすが私のパンケーキ。悪い部分は改善しても良いが、誰かに媚びを売る必要はない。

「そ、そうか」

 私と鮎川さんが何か言ってカルトをやめるかどうかは未知数だ。

 それでも石田さんは小さく頷き、パンケーキを食べはじめていた。

「石田さん、もう嫌がらせはしないわね?」

 鮎川さんが釘を刺すと、石田さんは再び頷いていた。

 こうして、小さな謎解きは解決し、幕を閉じた。鮎川さんはこの件で、推理をしたいと大騒ぎしていたが、そうそう毎日謎も事件もないものだ。

 でも、その方がきっと良い。何も起きない平和な日常に甘いパンケーキやコーヒーゼリー。これ以上幸せなものは、私は思いつかなかった。

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