お茶とケーキと謎解きと〜コージーミステリ短編集〜

地野千塩

夕暮れの裏庭ケーキ

 圭子は、客観的に見れば勝ち組主婦だった。夫は会社経営者で、大きな家に住んでいた。場所は、小麦町という小さな土地で、田舎の方だったが、何不自由なく暮らしていた。もっとも三十歳を超えても妊娠の気配はなく、夫は海外での仕事が忙しく別居状態ではあったが。

 そんな折、家の裏庭のガレージを改装し、カップケーキ屋を開く事を思いついた。独身時代はパティシエとして働いていた事もあり、そろそろ仕事をしたかった。家で専業主婦をやっていても暇という動機が一番大きかったが。田舎の広い一軒家にいると、それに孤独に押しつぶされそうだった。

 夫はすぐ賛成してくれた。去年、不倫が発覚してから、夫は異様に優しかった。不倫を反省しているのかしていないかは不明だが、とりあえず今は女の陰はない。

 圭子は夫の不倫相手は全て把握していた。もちろん、探偵を使ってのことだが、万が不倫相手と子供でも生まれてしまったら、大変な事になる。圭子の見た目はユルフワ主婦だったが、中身はそうでもなかった。

 こうして夫の許可を得た圭子は、ガレージを改装し、カップケーキ屋をはじめることになった。といっても営業は不定期で午後三時から夕方ぐらいまでしか売らない。近くに高校があり、部活帰りの高校生を主なターゲットにしたという面もあるが、きっちり戦略的に営業したいわけでもなかった。あくまでも暇つぶし、副業感覚だった。

 だからと言って作るカップケーキは手を抜かない。一番の目玉は、表面にうさぎ、クマ、猫などをチョコレートやアイシングでデザインした動物カップケーキだ。見た目も可愛く、SNS映えもするだろう。これはメインターゲットは高校生だ。あとは、プレーン、抹茶、ナッツ、チョコレートなどのオーソドックスなカップケーキも作る。これは主婦や老人がメインターゲットだ。この辺りの住宅はそういった人が多いし、三時のお茶のカップケーキは悪くない。和菓子ほど地味ではなく、ショートケーキより罪悪感を刺激されない。ナッツは入ったものや豆乳やおからのカップケーキも作り、ダイエット中の客にも食べてほしいと思ったりしていた。これはちょっと嫌がらせっぽい?

 しかし、副業感覚といえど味のこだわり、材料も良いものを取り寄せて使っている。夫のコネもフル活用し、金額も抑えられた。

 こうして圭子はカップケーキ屋をオープンさせた。店名は「裏庭ケーキ」。裏庭のガレージを改装してオープンさせた店なので、そういった名前にしたが、近隣住民や近所の高校生から好評を得て、順調に営業していた。

 狭い厨房で細かい作業をするのは、目や腰が疲れる部分もある。重たい材料を運ぶのも大変だが、お客様に「美味しかった!」と言われると嬉しい。贅沢な悩みだが、顧客からは毎日でも営業して欲しいと言われていた。さすがに今の生活スタイルで毎日営業するのは、難しい。不定期でゆるく働いているからこそ、このクオリティを維持できる所があった。

 もっともこんな仕事をしているお陰で、夫から不倫された心の傷はスッキリと癒えているところだった。副業感覚とはいえ、新しい商品を考えたり忙しく動いていると、夫の事など考えなくなっていた。

 そんなある日の事だった。裏庭ケーキの仕事を終え、クタクタに疲れながら、家に帰ると、ポストに手紙が入っているのに気づいた。送り手の名前も住所も書いてない。切手も消印もなく、郵便業者を経由しないで、直接投げ込まれたようだった。

 身体はバターや砂糖が染み付き、シャワーを浴びたい気分だったが、手紙を先に開けてみた。綺麗な桜色の便箋で、悪意があるものには、見えなかったが。

 想像通り善意の手紙だった。どうやら客からの手紙のようで、味の感想が長々と綴られていた。ファンレターというものだろう。

 圭子は嬉しくなり、さらにヤル気が出て来た。秋用に新商品を開発し、栗のカップケーキを作って商品化した。上にはモンブランにような渦状のクリームがトッピングされている。これも栗味だが、中の生地も栗がゴロゴロと入り、秋らしい一品だった。

 さっそくこの新製品についても手紙が入るようになった。しかも毎日。字や便箋の様子からして同一人物が手紙を送っているようだったが、送り主は不明だった。

 よっぽどこの新製品が中毒性があったのだろうか。確かに栗は国産の良い材料を使っているが。

 あまりにも毎日のように手紙が届くので、気になっていた。これは新種の嫌がらせだろうか。

「ねえ、手紙とか送ったりしてる?」

 常連の高校性、田代アイコに聞いてみた。見た目はギャルで化粧が濃く、ピアスもしてるJKだったが、コミュ力はありそうなので、噂を知ってるかもしれない。客として来たアイコにカウンター越しに聞いてみた。

「えー? 手紙?」
「うん、褒め殺しされてるみたい。毎日手紙届くのよ」

 アイコにそういうと、何かピンと来たらしい。

「そういえば店長さんの家にあたりに女がうろちょろしてるの見たよ」
「どんな女?」
「わかんない。地味そーな感じだった」

 それだけではわからないが、有益な情報だ。アイコにはカップケーキを一つおまけし、笑顔で帰ってもらった。

「あぁ、そういえば黒い服の女性がウロチョロしてたわ」
「本当?」
「ええ」

 次は常連客の久保井明日香に聞く。この辺りのマンションに住む未亡人だ。歳は六十過ぎが、この店のカップケーキをお茶菓子として楽しんでくれているようだ。週に一回程度抹茶やナッツのカップケーキを買っていく。上品な未亡人で、接客がしやすい人物だった。ついついこちらの事情を相談し、話を聞く。

「ありがとう、明日香さん」

 圭子は明日香にお礼を言い、店のスタンプカードに10倍多く押しておいた。

 その後も常連客に聞いた結果、どうやら地味な三十歳ぐらいの女が手紙を入れているらしい。実際にポストに手紙をう入れているのを見た人物もいた。これが謎の人物で間違い無いだろう。

 しかし、その特徴に当てはまる客は一人もいないのが問題だった。客はアイコのような女子高生、明日香のような老人が多い。三十歳ぐらいの地味な女性は、客にいたのか記憶にない。

 しかし、手紙にはケーキの味もちゃんと書いてある。妄想で書いたように見えない。

 ふと、夫の顔が浮かぶ。最近は夫は日本に帰ってきていたので、カップケーキの味見もよくさせていた。そういえば手紙が送られて来た時期と夫がいる時期が合致している。

 不倫相手か?

 しかし、探偵からは何の連絡もない。

 あ!

 探偵の顔を思い出し、圭子は声を出しそうになった。今の探偵は、三十歳ぐらいの地味な女だった。この女が不倫相手で、嫌がらせのようま褒め殺しの手紙を送っていた?

 あり得ない話ではない。

 さっそく探偵を自宅に呼び出した。客間にいる探偵は全身黒ずくめで、確かに地味だった。探偵が不倫をやってたとか笑えないが、彼女は全て白状した。

 驚いた事に夫とは中学の同級生で、当時も付き合っていたらしい。仕事中とはいえど、再会し、歯止めが効かなかったという。

 最悪な展開だ。雇っていた探偵が裏切っていたとか、ドロドロ漫画でもかけそうだ。

「でも彼から貰う奥さんのケーキだけは美味しくて。このケーキだけは罪が無いと思い、ファンレター書いてたんです。これで少しでも罪悪感が減ればいいなって」

 探偵はポロっと涙を流す。

 客間のテーブルの上には、こんなドロドロ展開など全く気づいてはいないであろうカップケーキがあった。あの新製品の栗のカップケーキだった。

「罪悪感なくなった?」
「う、いいえ。仕事の意識も低いなって気づいて、最悪です」

 探偵は再び泣いていた。客間の窓からは、もうオレンジ色の日差しが差し込み、彼女の顔に影を作っていた。もう夕暮れだった。

「まあ、ケーキでも食べる? このケーキあげるから、不倫はやめてくれるかな?」
「う、ええ」

 ついに探偵は頷いた。

 このケーキは、不倫をやめさせるほど威力があったとは。副業感覚で経営するのをやめて、本格的にお店を運営しようか。

 探偵は圭子の気持ちなど全く想像もしていないようだった。笑顔でカップケーキを食べていた。

「これからは、お金払ってお店に買いにきてね?」
「ええ」

 その言葉は本当で、毎日のように店に来てくれた。ついでに夫が仲良くなりかけている女の影も教えてくれた。さすが腐ってもプロだった。

 圭子は良い味方を得てしまったようだ。結果が良ければ、それで良いかもしれない。

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