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ファクトな彼の愛し方

地野千塩

番外編短編・桜井光子のその後

 合鍵もあるから、元夫の部屋に侵入するのは簡単だった。

 今日もおそらく同僚の小宮龍ニと飲んでいるはずだ。邪魔される心配はない。

 私の仕事はマッサージ師。リラクゼーションサロンでアロマオイルを使ってクライアントを癒している。見かけは癒し系の仕事だが、かなり肉体仕事。元夫の人形を破壊するのは、簡単だろう。

 ゴッドハンドと呼ばれたこの手だが、今だけは、元夫が大事にしている人形を壊す為に使う。

 あろう事か、元夫はこの人形を自分の妻だと言っている。そういう性的趣向があるらしい。元夫は「差別」という言葉をたてに一切の批判も許さない態度だった。もっともこちらには元夫の秘密を握った証拠はあるが、それを持ち出すのはあまりにもフェアじゃない。

 一応黒い手袋をはめ、元夫が愛している人間を破壊しはじめた。

 所詮、人形。

 ベキベキと壊していくが、さほど力はいらない。小学生ぐらいのサイズの人形だったが、いくら私が殴り、蹴り、引っ掻いてもキラキラな瞳をみせているだけだった。

「ごめんね」

 自慢のゴットハンドをこんな事に使うなんて。

 元夫の顔や娘の顔などが浮かび、人形を壊すうちに泣けてきた。

 こんなに元夫に執着している自分はおかしいのだろうか。それでもやめられない。

 一応、人形の服や下着は綺麗に畳んでおいた。人形とはいえ、同じ女に性犯罪みたいに見せるのはよろしくない。

 しかし、この人形。乳首も綺麗な肌色で、下の方も全く毛が生えていない。本当に綺麗にところを切り取った人形、いや、人間の欲望を押し付けた偶像に見えた。

「ごめんね」

 私の涙がこぼれ、人形の肌の上に落ちる。それでも、彼女は全く反応しない。人間を壊しながら、元夫がしている事がいかに哀しい事であるかわかる。

 そうした原因を作ったのは私。きっと夫婦だった時、彼を幸せにできなかった。

「ごめんね……」

 最後にもう一回謝り、元夫の嫁である人形は完全に破壊された。こうしてみると、バラバラ殺人事件の後みたいにも見え、ちょっと笑えてきた。泣いているのに泣けてきた。

 こうして私の犯罪は終わった。

 誰にもバレない完全犯罪になるだろうと思っていたが、元夫は探偵に調査を依頼したらしい。

 こうなったら仕方がない。探偵には全てを告白した。

 五十過ぎぐらいの冴えない感じの探偵だったが、事情を聞いて探偵は何故か涙を溢していた。

 確かに人形の話しかけ、嫁だと思うなんて、「気持ち悪い」でなく、哀しい。そうなってしまったのは、なぜ?

 やっぱり私のせい?

「奥さん、いや、すごい技術ですよ。一発で寝れました」

 その後、探偵はちょくちょく店に来るようになった。私の施術を気に入り、すっかり腰痛や軽い不眠を治ったという。

「いや、これはゴッドハンドです」

 だとい良いけど。

 この手で元夫の大事なものを壊した事は、後悔はある。

 ただ、あれから元夫はカウンセリングを受けるようになり、本格的に心の治療を始めたと聞いた。しばらく休職し、色々と自分を見つめ直すらしい。

 その方がいいかもしれない。実際、あの男は犯罪にも手を染めていたわけだし。

「奥さん、ありがとう」
「ええ。また来てくださいね」

 私は笑顔で探偵に話しかける。

 探偵の抜けた笑顔を見ながら、やっぱりこにゴッドハンドは、お客様の為に使おう。

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