ファクトな彼の愛し方

地野千塩

第1話 バラバラ殺人事件

 これは俺が探偵として関わった事件の記録である。

 いつもは浮気調査ばかりやってきたいたので、クライアントから「殺人事件が起きた」なんて呼ばれたら、ワクワクしてしまった。

 クライアントも警察を呼ばないのも何か訳がありそうで、ドキドキしながら現場に向かう。その後に警察に連絡すればいいのだ。夢にまで見た殺人事件の現場に早く行きたい。

 俺はミステリ小説が好きで探偵になった。ただ、今の平和な日本では浮気調査ばっかりで、毎日心はすり減らしていた。浮気相手も本妻よりブスで、自己肯定感が低いものも多かった。不倫相手もゲス男に不倫されていると思うと、何とも言えない虚しさを感じるね。

 不倫は確かに楽しいだろう。一緒に暮らして家事とかしなくていいし。育児も介護も必要ない。面倒くさい現実もないから、楽しそうだ。しかし、不倫男も不倫女も幸せになっているものは見た事はない。どこか皆んな不幸そうだった。やはり、楽しいだけの関係は、後で報いを受けるのかもしれないと思ったりしていた。

 結婚は現実的なものだろう。俺も五十過ぎで一人身なので、なんとも言えないが、ふわふわした恋人気分だけでは、やっていけないのだろう。子供や親の介護を抜きのすれば、少しは楽しい時間もありそうだが、それにしても価値観の違う男女がひとつ屋根の下で暮らす事は、夢みるだけでは難しいだろう。相手の決定や悪いところもある程度受け入れて許す必要もあるだろう。所詮、人間は完璧でもなく、夫や妻の悪い面も見て見ぬフリなんて難しいはずだった。

 話は脱線してしまったが、浮気調査は結婚の現実も目の当たりにし、想像以上に疲れた。夫婦を対象にしたカウンセリングなどを仕事にしている人は、かなり大変じゃないかと想像する。

 という事もあり、浮気調査以外の依頼に俺は胸を躍らせていた。ミステリ小説のように華麗に事件を解決したいとワクワクしながらクライアントの自宅へ向かう。

 駅の近くにある三階建てのマンションの二階だった。昔はよくラブホテルがあったビルだったが、今は改築され見た目は綺麗なマンションだった。ラブホテルである面影はないが、もしかしたら訳アリ物件としてすこし家賃も低いのかもしれない。一階にはちょっとしたロビーや自動販売機もあり、なかなか良さそうなマンションだった。

 クライアントの部屋の向かい、チャイムを鳴らす。すぐにクライアントは出てきた。平日の夜という時間だったが、クライアントはきちんとスーツを着こみ、清潔感を具現化したような男だった。

 年齢は三十半ばぐらいだろうか。髪の毛は前髪が軽いというか、薄くはなっていたが、きちんとセットしてあるので、清潔感が漂う。学校の英語の先生だと聞いていたが、まさにそんな雰囲気だった。名前は山岡優一といったっけ。名前の雰囲気と、男の雰囲気がピッタリだ。これが結城隼人とかだったら違和感がある。結城勇人はリア充で、女子にモテモテだろう。ああ、全国の結城隼人さん、ごめんなさい。それに山岡にも悪い事をした。こんな風に言うと、山岡がモテない人みたいではないか。まあ、実際山岡家からは女の臭いはしないが。手を見ても指輪はされていないし、玄関には女もの靴もない。

「探偵さん、待ってましたよ。嫁が殺されたんです。早く調査をしてください」
「わまりましたよ」

 そんな女っ気のない山岡だが、嫁が殺されたと主張していた。このワンルームマンションは、夫婦で住むのは、狭すぎやしないか。

「は?」

 そんな事を思いつつ、部屋に入ると、目が点になった。確かにワンルームマンションのフローリングの上には「死体」があった。手足が切断され、胴体と腰も切り離されていた。首も切られている。ただ、全く出血はしていなかった。するはずもない。「死体」は人間ではなく、人形だった。

 身長は小学生ぐらのサイズだった。金髪のツインテールで、青い目の人間だった。フランス人形ではない。いわゆるヲタクが好みそうなフィギアぽっさがある。アニメキャラか何かと思うが、俺はその界隈には詳しくない。人形のものと思われるフリルのついたワンピースや下着も脱がされて側に置いてある。単なる人形だが、性犯罪の後にも見えてしまい、良い気分はしない。人形だから、乳首の色も綺麗な肌色だし、脇毛もすね毛も一本も生えていなかった。もちろん、下の方もツルツルで、リアルに性犯罪を受けた形跡は無いようで、俺は何故かホッとしてしまう。

「あの、これ、嫁ですか?」
「嫁です。ミントちゃんです」

 山岡はそう言い、泣き崩れているではないか。本当に嫁を失ったショックを感じていそうで、俺も少し同情したくなる。

 とりあえず被害者の山岡をなだめ、事情を聞く。被害者が人形といえども事情を聞いていると、本当に事件調査をしているみたいだった。

 山岡が二次元のキャラクターの本気で恋をしてしまうファクトセクシャルという存在だと言った。海外では珍しくなく、同性愛者と同様に認められているらしい。

「ええ、そうですか……」

 俺には全くわからない世界だが、何か言ったら差別になりそうなので、話を聞く。そういえばヲタクの人が、推しキャラに「俺の嫁」とか言っていた。そのハイパーバージョンだと思えば、何となく理解はできる。何より、山岡がこのミントちゃんを愛しているのは伝わってくる。全てを理解できないが。

 ミントちゃんは、「無職ニートが異世界転生しちゃった件!」という人気ライトノベルのヒロインだという。コミック化やアニメ化され、各種グッズも発売されている。このミントちゃん人形もオフィシャルで販売されているものだった。山岡はこのミントちゃん人形で満足しているようで、他にグッズは持っていないようだったが。

 部屋はシンプルそのもので、ベッドはダブルベッドだった。小さな食卓も置いてあり、椅子は二つある。もしかして、本当に夫婦もように生活しているのかと聞いたら、頷いていた。食器もおそろいのものが二つずつあるらしい。クローゼットの中には、ミントちゃんの下着や服も入っていて、ヲタクのリミッターを超えているではないか。

「そ、そうですか」

 そう言うしかなかったが、専門のサービスがあり、婚姻届けも出したそう。小さなチャペルで二人(?)で結婚式もあげたらしい。

「そこまでやって指輪はしていないんですか?」
「職場が学校ですからね。ミントちゃんと結婚した事は、職場では秘密です」

 なぜか山岡は、再びわんわん泣いていた。確かにここまで入れこむと、公にできないのは、苦しそうだった。また、警察に言わず、俺のような個人でやってる私立探偵を頼るのも理解できた。職業柄、人間には誰でも秘密がある事を知っている。

「俺はミントちゃんと永遠に一緒にいる事を誓ったんです」
「うんうん、それは素晴らしい気持ちだよ」

 話を聞くうちに山岡に感化されていた。是非犯人を捕まえると協力する事になった。ミントちゃんは人形だが、ここまで山岡が入れ込むと、別の生物のようにも感じ始めていた。

 ミントちゃんの「死体」を写真に収め、さらに詳しく山岡に事情を聞く。窓や部屋の鍵は閉まっていたので、密室殺人か。もしくは、合鍵を使っての犯行だろう。

 他に盗まれたものはないので、金目当ての犯行ではない。この状況を総合すると、合鍵を持っている人間は容疑者と見て良いだろう。動機はおそらく怨恨だが、ミントちゃんへの気持ちよりは、山岡への復讐心もあるそうだった。確かに山岡に打撃を与えるとしたら、ミントちゃんを壊すのが一番かもしれない。

「何か、合鍵を渡している人で恨まれている心あたりはないですか?」

 山岡の表情が変わった。悲しんでいる表情から、焦りなどが滲んでいた。こんな清潔感がああり、純粋そうな山岡が恨まれているとは、考えられないが、今は頭が変な人も多い。逆恨みされている可能性も考えられた。

「とりあえず合鍵を渡している人物は四人いますね」

 山岡はメモ帳に名前のリストを書いて渡してくれた。

「四人もいるのか……。うん、この桜井光子って女性ですね。ご家族では無いようですが……」
「これは元妻です」
「失礼ですが、何が原因で離婚を?」
「向こうはリラクゼーションの店をやってるんですは、仕事が忙しくなってね。子供もいるから、一応鍵は渡してるんだ」
「へえ」
「あとは家族と、仲の良い同僚だよ。この男もミントちゃんのファンでね、仲がいいんだ」

 いくら友達でも合鍵を渡すのはどうだろうかと思ったが、山岡は俺にも敬語を使うのをやめていた。ちょっと距離感に問題あるタイプかもしれない。中学の教師というが、一般的に世間知らずの人が多そうな職業ではあるし。その分、山岡は純粋に見えるので、悪いとは言い切れないものだが。

「まず、合鍵を持っている連中をあたってみますよ」
「お願いします。でも、学校にはこの件は言わないでくださいね」
「ええ。警察には言いますか?」
「いえません。しばらく有給をとって、ミントちゃんの葬儀をします」

 フィギアやぬいぐるみ専門の葬儀業者もあるらしく、俺はただただカルチャーショックだった。

「では、気を落とさずに。調査します」
「お願いします」

 こうして俺は、この奇妙なバラバラ殺人事件を調査する事になった。容疑者は合鍵をも持っている四人。

 ・山岡和美(山岡の母)

 ・山岡美穂(山岡の妹)

 ・小宮龍ニ(山岡の同僚・友人)

 ・桜井光子(山岡の元妻)

 果たして誰が犯人か?

 俺はこの現場を出た後、軽く近所の人間にもあたってみた。物音や人の出入りなどを聞いたは、収穫はなかった。

 ただ、時々車椅子のミントちゃんを乗せて近所を散歩したり、食事に行っているそうで、山岡は周囲から孤立しているようだった。

「別に差別なんてしないけど、ちょっと病んでるのかなとは思う」

 近所の人は言葉を選びながら語っていた。確かに誰にも迷惑かけていないので問題はないが、俺は少し切なくなってしまった。

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