シンデレラの次姉ですが、この世界でも私の仕事は他人の尻拭いですか?

鬼ヶ咲あちたん

十三話 そして、それからも

 派手な音をしてパッカーンと割れたあのくす玉の正体は、セオドアさまの記憶だった。

 ルークは確かにセオドアさまからソフィアの記憶を奪ったけれど、それを魔力には変換しなかった。

 あとほんの少しで魔力が全快できると分かっていたルークは、シンデレラが持ってくるという呪いの剣に賭けたのだ。

 ソフィアが自分からセオドアさまに名前を告げることがあれば、そのときに記憶を返したいと考えたルークは、それをくす玉にしてセオドアさまに自動追尾させていた。

 イルミネーションだけでなく、ラメ入りくす玉まで実装させてしまうとは。

 ルークには計り知れないパリピの才能を感じたわ。



 ソフィアを訪ねて来ていた白い動物たちは、セオドアさまの想いから生まれた魔法の生き物だった。

 人の感情には微量の魔力が宿るとルークが言っていたのを思い出す。

 心に積み重なり過ぎて、こぼれたセオドアさまの想いが、白い動物の形となってソフィアのところに届いていたのだ。

 最初は小さな蝶だった。

 ひらひらと、いつまでもソフィアについてくる白い蝶。

 日を追うごとに、コマドリになり、リスになり、鳩になり、猫になり――。

 あふれる想いの丈だけ膨らみ、大きくなり、最終的にはセオドアさまを乗せても大丈夫なくらいしっかりした白い馬になった。

 馬に跨って現れたセオドアさまのかっこよかったこと!

 筆舌に尽くしがたいとは、このことを言うのよ!

 白馬の王子さまを地でやってのけるとは、さすがセオドアさま!

 もうソフィアはメロメロだ。

 セオドアさまに夢中だ。

 あんな啖呵を切ってお城を出てきたけど、のこのこ戻るくらいには大好きだ。

 そんなソフィアを、スミスさんが温かく迎えてくれた。

 そして青みのあるティーカップで、香り高い美味しいお茶を入れてくれた。

 セオドアさまも、ジッとティーカップを見つめていた。

 初めて二人でお茶を飲んだ思い出のティーカップ。

 もうセオドアさまは白いティーカップも使えるけど、この青みのあるティーカップはこれからもたまに使いたい。



 ソフィアが王子妃の部屋に戻ると、騎士に階級が上がったシンデレラが扉の前で護衛をしていた。



「なんか複雑なことになってたんだって? ルークが教えてくれるまで、全然知らなかった!」

「ちょっとね……私がいろいろ考えすぎちゃったみたい」

「体によくないよ! 考えすぎるのは! そういうときは筋トレ! 無心になって筋肉を育てるの! 体にも心にも効くよ!」



 すっかり騎士団式が肌に合ってしまったシンデレラは、それからも脳筋なアドバイスをソフィアにしてくれるようになった。

 あの落ち着きのなかったシンデレラが!

 ソフィアはその成長に涙した。

 その日のうちに、グレイスと夫君にもお礼の手紙を書いた。

 実はあれから夫君が、ブルーベル王女の息の根を止めたソフィアの話を各国に広めたことに付随して、光を当てずに育てるかぶせ茶が世界中でブームを巻き起こした。

 しかもディランシア王国から輸入するのではなく、特殊な製法がつまびらかになったため、各自国元で作るようになったのだ。

 遠巻きながら、これは高級品としての輸出を目論んでいたディランシア王国への厳しい鉄槌となった。

 ソフィアはそこまで意図してなかったんだけどね。

 

 お城へ出戻ったソフィアに、反対の声を上げる者はいなかった。

 ソフィアが王子妃となることに難色を示していた高位貴族たちは、国王陛下に厳刑を言い渡され蟄居していたし、ソフィアが国を護るためブルーベル王女と対決したことは、国民の間でも語り草になっていたのだ。

 セオドアさまの体調がおかしくなり、ソフィアが城を去り、回復したはずのセオドアさまの様子がまたおかしくなり。

 お城の皆さんは気を揉んでいたようだ。

 ソフィアが戻ってきてくれて、安心したとたくさんの人から言われた。



 実はセオドアさまに聞いてみた。

 離れていた間、ずっと気になっていたことを。

 目の病気が完治してからの舞踏会はどうだったのか――。



「よく見えるな、と思ったよ。眩しすぎて、今までは令嬢の顔と名前が一致しなかったけれど、これで覚えられるってね。それだけだよ」



 誰かにときめいたりしなかったのかな?

 きれいな顔をした令嬢とか、輝く髪をもつ令嬢とか……。

 卑屈なソフィアの考えを、セオドアさまは見通してしまう。



「またソフィアはお仕置きして欲しいの? そんな顔をしているときは、ろくなことを考えていないでしょ?」



 ソフィアはサッとお姫さま抱っこをされると、流れるようにセオドアさまの寝室に連れ込まれる。

 昼だろうが夜だろうが、お構いなしだ。



「ねえ、ソフィア、僕の心からあふれ出した白い動物たちが誰のもとへ通ったか忘れたの? あのときは顔も名前も分からなかったソフィアを想って、僕が心に溜め続けた気持ちを否定しないで」

「そういうつもりではなかったのです。ただ、私は自分の容姿に自信がなくて――」

「じゃあ、教えてあげよう。僕のソフィアがどれだけ可愛いかを。まずは優しい焦げ茶色の瞳から、肥沃な大地の女神を思わせる思いやり深いソフィアの瞳は――」



 こうして、ひとつひとつ、ソフィアが劣等感を抱き続けた地味な色彩を、セオドアさまは褒め称えてくれた。

 大好きだよと口づけを落としながら。



「流行は移り変わると言うけれど、まさかソフィアが時代の最先端になる日がくるとは思わなかったわ!」



 とは、グレイスの手紙の一文だ。

 かぶせ茶の製法を公にしてブームを作ってしまったことで、本人の与り知らぬところで時の人となってしまったソフィアは、時代を牽引する一流の女性として世界から注目された。

 ソフィアが着たドレスはどこのデザイナーのものだとか、今月の夜会でのソフィアの髪型はどうだったとか。

 極めつけは、『ソフィア王子妃になれるメーキャップ術』なる本がベストセラーになったことだ。

 愛され顔を完全再現! 貴女も王子さまを虜にしちゃおう! なるキャッチコピーがついている。

 シンデレラが買って読んだと聞いたので本を貸してもらったが、わざわざ彫りが深い顔をのっぺりに見せなくても……という感想しかなかった。

 喜んで読んでいたのはセオドアさまのほうだった。



「見てよ、この眉! なんて可愛い! ソフィアの眉そのものだ! ちょっと垂れ気味なところなんて、本当に完全再現だよ!」



 その後、スミスさんに『ソフィア王子妃になれるメーキャップ術』を買って欲しいとねだっていた。

 どうやらセオドアさまのお小遣いを管理しているのは、スミスさんらしい。



「そんな本を見なくても、ご本人が目の前にいらっしゃるではないですか」



 スミスさんはセオドアさまの考えが分からないという顔をしていた。

 もちろんソフィアにも分からない。

 

 セオドアさまのソフィアを想う気持ちから生まれた白い馬は、あの後もお城で飼われている。

 最初は小さな蝶だったが、今では馬にまで育った魔法の生き物。

 珍しいからと、ルークも見に来ていた。

 人の感情に宿る魔力は本当に微量で、それが形をとることになってもここまで大型にはならないし、そもそも動くものになるのが稀なのだとか。

 ソフィアはひょっとしたらガラスの靴も、こうして生まれたのかもしれないと思った。

 だってあれも生きているようなものだったし。

 代々魔法使いが受け継ぐのだから、なにかしら謂れはありそうよね。

 

 さて、ソフィアの物語はそろそろ幕を閉じる。

 前世は日本で中小企業の社長秘書をしていたソフィア。

 転生後はシンデレラの次姉になったと思って、ストーリーを踏襲しようと奮闘した。

 そこから曲がりくねったお妃さまの道を歩み、セオドアさまと恋に落ちた。

 それは今も続いている。

 締めくくりの言葉はやっぱりこれよね。

 ――そして、それからも二人は幸せに暮らしましたとさ。

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