自然派ママの異世界事件簿

地野千塩

8

 目が覚めたら、どこかのベッドの上だった。
窓の外を見ると、もう夕暮れ時だった。遠くの方に見える海辺では、オレンジ色の太陽が沈みかけていた。

 あたりを見渡すとベッドが二つあり、そに一つに私は寝かされていた。

 隣のベッドでは若菜さんがすやすやと眠っていた。

 改めてまじまじと若菜さんを見ると、シワもシミもないアイドルのような女だった。

 まつ毛が長く、艶々だ。マスカラを塗っていると思われたが、ダマもなき芸術的に塗られていた。

 眠っていても可愛らしい娘だ。

 息子はやっぱり若菜さんのような女性がタイプなのか?

 嫁がきたらこんな娘なのだろうか。そい思うと心のあちこちがチクンとしてしまった。やっぱり私の中で息子は、よちよち歩きの3歳児だ。

「おい、お前ら起きたか?」

 そこにブラッドリーは入ってきた。白衣姿で妙に板についていた。医者というのは、事実だろう。

「おはよう御座います!」

 呑気にいうと、ブラッドリーは顔を顰めた。渋い顔を見て思い出す。あの若い白いドレスの女性が死んでしまった。それで気持ち悪くなり、意識を失ってここに運ばれたというわけか。

「ここはどこですか?」
「ここは私の診療所だよ」

ブラッドリーは、椅子に座り、私の瞼や脈を勝手に調べた。本当に医者らしい。

「図太いな。本当にどこも悪く無さそうだ。肌艶も爪の状態も健康そのものじゃないか」

 なぜか悔しそうにブラッドリーは唇を噛む。

「そりゃ、健康に気をつけていますからね。というか健康マニアですよ。元いた世界ではあらゆる健康方法を試したり。向こうで歯医よりも味噌屋に金を払った方が健康になるってことわざもあるんですよね」

 うっかり失言したが、ブラッドリーは呆れたようすで何もいいかえさなかった。

「若菜さんは大丈夫かしら」
「少し過労状態だな。ストレスもありそうだ」
ブラッドリーは、若菜さんも顔色を確認し、カルテのようなものを書き込んでいた。

「大丈夫かしら、若菜さん」

 私も隣のベッドを覗き込む。

「まあ、死体なんて滅多に見ないからな。気絶して当然だろう」
「私も怖かったわ」
「お前は神経は太そうだがな」

 カチンとしたが、18の子供もいる既婚女性(未亡人だけど)が、いちいち腹を立てるのも馬鹿らしい。
 
 私はブラッドリーの毒舌を無視して、あの死体の事を思い出した。祖父母や親戚の死体は見た事あるが、目の前で死んでいく女を見るのははじめてだった。病気?事故?

 騎士らしき男の発言を思い出すと、まさか殺人?

 というかあの女性は誰?

 頭の中のはいくつもの疑問が浮かんでは消える。

「あのなくなった女性は誰ですか?」
「あの女はな、聖女様よ」

 ブラッドリーが聖女様に良い印象を持っていないのは事実だろう。というか女性全般が嫌いかもしれないが。

「なんで?綺麗な女性だったじゃない」
「あの女は自称聖女だよ。癒しの力で病気を治すとかいって、医者舐めてるわけ?」

 ブラッドリーが聖女様を嫌っている理由は察せられた。

 日本では聖女のような女はいないが、外国でがヒーラー能力のある女性がいる事は知っていた。医療技術がない時代が呪術で病気を治していたという説も聞いたことがある。

 ここは異世界。しかも息子が作った異世界だ。そんな不思議なパワーがあっても不思議ではない。といういあ聖女は「異世界ドキドキワクワクカフェ」にはチラリとしか出てこない。若菜さんのカフェに客としてやってきた描写がある。

 もしかして、息子は話の展開を変えた?そもそもこの世界に私がいる理由も全くわからない。

「あれは毒によって殺されたんだろうな」
「え、嘘……」

 ブラッドリーが平然としていた。まあ、医者は普通の人より死体についてよく知っているだろうが、冷静すぎる気がした。

「あ、わかった!あなたが聖女様を殺したんでしょ?」
「おいおい、探偵気取りも大概にしろよ。お前とずーっと一緒にいたじゃないか」
「それはそうだけど、別に探偵気取りじゃないし」

 あっけなく論破されると同時に、病室にドタドタと騎士姿の男が数人入ってきた。

 聖女様が死んだ現場にいたあの騎士も混じっていた。

 マントはともかく腰に剣をつけていて、筋肉質の男達の私だけでなくブラッドリーも圧倒されていた。

「な、何かい。君たち。ここは神聖な診療所だぞ!」

 まるで私や若菜さんを守るように立っていた。この姿だけ見ると、皮肉っぽく嫌味っぽい性格なのが信じられなくなった。いざというときは頼りになるかも。というかなぜか死んだ夫の面影を思い出し、少し戸惑ってしまった。
夫は、怪しいセールスや宗教勧誘が家に来たとき、よく力強く守ってくれた。

「宮崎若菜を逮捕しの来た!」

 騎士の一人が、書類を見せながらいう。そこには「聖女イザベラを殺した罪により逮捕する」とある。

 いつの間にか目覚めていた若菜は、泣きじゃくっていた。

「私じゃないわ!私は聖女様を殺してはいないわ!」
「うるさい!」

 若菜さんの必死の訴えも無視し、騎士たちは若菜さんを担ぎ上げて連行してしまった。手錠のようなものもつけられ、若菜さんは全く抵抗できなかった。

「ど、どういう事?」

 嵐のように過ぎ去った病室は、とても静かだった。窓の外はもうほとんど暗くなっていて、何かの野鳥の声は耳にやけに残った。

「ま、若菜が犯人だろう。毒を仕込めるのは、カフェの店員だけさ」
「そんなのって」

 私は信じられない。ブラッドリーのいう事も一理位あるが、あの若菜さんの叫び声は、どう見ても「無罪」「濡れ衣」と言った言葉しか思い出せない。

 ちょうどそこにまた誰かが入ってきた。

 また騎士が入ってくるかと身構えるが、燕尾服の初老の男性だった。たっぷりとしたそヒゲをたくわえ、いかにも上品そうな男性だった。

「柊さまでございますか?」
「え?私?」

 初老の男性に丁寧に言われ、思わず瞬きを繰り返してしまう。

「この方は我が家に代々使えている執事のブレンドンさ」

 ブラッドリーの説明に深く納得がいく。ブランドンさんは、いかにも執事という雰囲気だった。

「柊さま。お食事の準備が出来ましたよ。さあ、一緒にお屋敷の方に参りましょう」

 ブランドンさんに促され、私たちは屋敷の方に向かった。

 ブラッドリーの診療所は、彼らが住むお屋敷のすぐ隣にあった。

 若菜さんの事は気になるが、ブランドンさんによりと今日はマージョリーがみんなで夕食を取るように提案したというので、ありがたくその好意を受け取る事にした。

 異世界らしく不味いご飯?

 その事も私の好奇心を刺激させ、殺人事件だの若菜さんの事は、とりあえず横に置く事にした。

 それにお腹も減っていた。

 森からずっと歩いていたし、ちょっと筋肉痛だった。

 いざ、こい!異世界の料理!

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